#10

帰り道。すっかり日は傾き、夕日が校舎を赤く照らしている。4人はいつも通りのくだらない話をしながら別れるポイントの駅まで帰った。今日はいつもより箱庭の会があったせいか、延長戦でゲームの話に花が咲いた。



なつみ 「じゃあね~。」



高校の最寄りの駅。

なつみは、みはる、ちあき、ふゆかに別れを告げ、1人電車に乗り込む。



なつみ (おっ、ラッキー。全然人いないじゃん。)



なつみ、車内に入ると一番端の席に座り、壁面にもたれかかる。



なつみ (さ~、ノアのSSR新規ボイス確認しよう。)



なつみ、ブレザーからスマホを取り出し、乖離の箱庭を起動する。



ノア ≪あっ、おかえり!≫



ノアの顔がぱっと明るくなる。

電車、ドアが閉まりゆっくりと動き出す。

なつみ、ノアをタップする。



ノア ≪えっ、俺の魔法が見たい・・・?うーん、どうしよっかなぁ。っ、別にできないわけじゃねぇから!≫



ノアをもう一度タップする。



ノア ≪俺の得意魔法?攻撃魔法かな、遠隔系の。ま、俺も立派なヴァミラード寮生だしね!≫



タップする。



ノア ≪俺とロイドならどっちが強いかって?断然俺!あんなまっすぐ馬鹿に負けるわけないじゃん。≫



タップ。



ノア ≪俺の魔道具は鋏!家が美容院だから一番馴染み深いんだよね。≫


なつみ (そうなんだ。新情報。)


ノア ≪今、意外って思った?≫



タップ。



ノア ≪髪濡れたまま寝るなよ。≫


なつみ (あ、そういえばこのセリフは既存であったな。なるほどね、家が美容院だから髪に対してうるさいのか。)



なつみ、電車の揺れがだんだんと心地よくなってうつらうつらし始める。



ノア ≪この間の飛行術の小テストで、ロイドがさぁ~。≫


なつみ 「・・・。」


ノア≪・・・なに、眠いの?なら、一緒に寝ちゃう?・・・なーんてなっ。≫



なつみ、ノアのそのセリフを最後に意識が途切れる。



ノア≪え、マジ!?おーい!≫




***




次にナツミが目を覚ました時、一番最初に目に移りこんだのは見覚えのない天井だった。



?? 「・・・ん・・・うん・・・?」


ナツミ (どこ、ここ?いつの間にベッドで寝てたの・・・?)



ナツミ、ゆっくりと身体を起こそうとする。



?? 「痛っ・・・!」



ナツミ、身体を起こそうとすると全身に激痛が走る。



ナツミ (っ・・・!なにこれ、全身が痛い。)



ゆっくりと覚醒し、次第にクリアになっていく視界で自分の身体を見てみると全身が血の滲んだ包帯でぐるぐる巻きになっていた。



ナツミ (どうなっているの・・・?)



やっとの思いで身体を起こす。白の清潔なベッド。そこには寝ている時は気がつかなかったが、ベッドの両端に2人の青年が突っ伏して寝ていた。



?? 「・・・。」


青年 「ん・・・。」



ナツミが起きたことにより青年の一人が目を覚ます。



青年 「!」



青年とナツミの目が合う。



ナツミ (誰、この人・・・?)


青年 「・・・。」



くせ毛で顔立ちの整った青年。



ナツミ (待って、見覚えがある。もしかして・・・。)



ナツミ? 「ノア・・・?」


ノア 「っ!」



ノアと呼ばれた青年は声をかけられると今にも泣きだしそうに顔を崩す。



ノア 「クレア・・・!」


ナツミ (え、今あたしのことクレアって呼んだ・・・?・・・そうか、あたしは乖離の箱庭の夢を見ているんだ。え、最高じゃん。しかも、あたし今クレアちゃんなんでしょ?は~、夢なら覚めなくていいわ。)



徐々に覚醒する頭で周りを見渡す。等間隔に整列された空の白のベッド、薬品の匂い。風になびくカーテンから覗く月のあかりは真っ暗な部屋を気まぐれに照らしている。



ナツミ (保健室かな。ノアがここで寝てるってことは、もう一人今も寝ているのはロイドだな。)



視線をノアに戻すと、ノアはゆっくりと手をナツミに伸ばし、左頬に触れた。しかし、その感触はどこか鈍い。



ナツミ (・・・?)



ノアと同じようにナツミも自身の顔の左側に触れると、感覚の鈍みの正体が分かった。顔の左側がすべて包帯で覆われている。



ナツミ (そういえば左目見えてない。)


ノア 「・・・。」



ノア、とても辛そうな顔をしている。ナツミ、くすっと笑って。



クレア 「どうしてノアがクルシそうなの?」


ノア 「・・・だって・・・。」


クレア 「あたしはダイジョウブだから。」


ノア 「どこが・・・!」


クレア 「本当に、ダイジョウブなんだって。」


ナツミ (だって、クレアちゃんには自然回復の能力があるから。死ななければこのくらいの怪我いくらでも“直せる”。)


クレア 「ねぇ、ノア。カーテン開けてくれる?」



ノア、立ち上がると風に揺らめくカーテンをカラカラと開ける。

真っ暗だった部屋にいきなり光が差し込み目が痛くなる。それにも慣れると、美しい月が窓から顔をのぞかせ、光を降り注いでいるのが確認できる。

ノア、再びベッド脇の椅子に座る。



クレア 「ありがとう。」



ナツミ、もう一度月を見上げる。月光の淡い光と呼応するようにクレアの髪も淡く光を帯び始める。



ノア 「っ・・・!」



驚くノアにナツミは人差し指を口の前に持っていき優しく微笑む。



ナツミ (・・・すごくきれいな光景だな。何か歌いだしたくなっちゃうくらい。何歌おうかな。短い曲で、穏やかで、優しい歌・・・。)



カーテンを開けたことによりやわらかい風がまっすぐとクレアに触れ、髪をなびかせる。



クレア 「君が代は 千代に八千代に さざれ石の いわおとなりて 苔のむすまで~♪」



歌い終わると同時にクレアの髪の輝きが落ち着きを取り戻す。



ナツミ (ここで国歌って選曲やばいかな?でも、あれ意味的にはかなりいい曲だし。それに知らないよね?)



ナツミ、そんな考えを誤魔化すように左目の包帯を取り始める。



ノア 「お、おい・・・!」



赤に染まった包帯を取ると、そこには血に濡れていたことが嘘みたいなクレアの陶器のように美しい肌が現れ、ゆっくりと目を開けると右目と同じようにエメラルドの瞳がのぞかせた。



ナツミ (うん。見える。)


ノア 「・・・。」


クレア 「治癒、昔から得意なの。人のは難しいけどね。あ、歌は関係ないよ?あれは・・・そう、おまじないみたいな感じだから。」



ノア、唖然としてクレアの顔の左側を優しくなでる。



ノア 「本当にもう大丈夫なの?」


クレア 「うん。ダメなときはちゃんと言うよ。」


ノア 「よかった・・・。」


クレア 「シンパイしてくれてありがとう。」



そこで再びナツミの意識は途切れる。





***




なつみ 「ん・・・。」


なつみ (寝てた・・・?)


なつみ 「やばっ!今どこ!?」



電車内。車内には誰もいない。どこかの駅に止まっているのか電車は動いておらず、ドアが開いてる。



なつみ (寝過ごした~!!)



なつみ、慌ててスマホをポケットに突っ込むとドアが閉まる前に電車から飛び出る。そして、反対方向の電車が出るホームまで移動する。



なつみ (今の電車急行だった・・・。まぁ、一駅乗り過ごしただけだからまだセーフかな・・・。結構長く寝てた気がしたからこれで乗り過ごしたのが一駅分ってラッキーだったってことにしておこう。これより先の駅、隣の市になっちゃうし。)

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