第13話 ストレス side築(2)



 外に出ると日差しが痛いくらいに暑い。

 さっきの服装に白いシャツワンピースを重ね着した東屋が俺の後から部屋の鍵を閉めて出てきた。


 張り切って外に出てみたものの、この辺りの土地勘はまだ無い為、東屋の隣を付いていくしか無かった。


 この周辺は学生が多い。時たま学生らしき若者が俺達の横を自転車で過ぎていくが、東屋はおっさんと横に並んで歩くのは嫌じゃないのだろうか。


 自分が酷く浮いているような気がしてならない。


「こっちです。」


 10分くらい歩いて脇道に逸れると東屋はとある建物の敷地に入っていった。


 掲げられた看板を読んでみると『純喫茶 浪漫』と書いてある。


「ここが私のバイト先なんです。」


 カランカランと入口のドアに付いた鈴が鳴ると奥から東屋と年の同じくらいの娘がやって来た。


「いらっしゃいませ~……ってあれ?アリカじゃん。今日はシフト入ってないよね?」

「お疲れ様。うん、今日はお客さんで来た」


 黒のエプロンに白シャツを着た彼女は後ろに立つ俺に気が付くと営業スマイルを作る。


「いらっしゃいませ。お客様一名様でしょうか?お煙草は…」

「え?」

「え?」

「……。」


 東屋がキョトンとするのに合わせてバイトもキョトンと俺と東屋を見比べた。どうやら俺達は同伴だと思われなかったらしい。


「まさかひょっとして”例“の…?」

「例の?」

「あ、いやっ、なんでもありませんっ!先生、あっちのテーブル席に座りましょう!水希、アイスコーヒー二つお願いっ」


 東屋が慌てて水希とかいうバイトの口を塞ぐ。やっぱり他の奴に俺の事を話していたらしい。なんて説明しているのかは分からないが、水希を見る限りあまり印象は良くないようだ。


 そりゃ学生のヒモになるおっさんなんて良く思われないか。


 早めに彼女を口封じをしておいて良かった。俺のせいで、彼女の評価を下げるようなことになって欲しくはない。



 店のマスターらしき人がカウンターに立っていてコーヒーカップを磨きながら「いらっしゃい」と俺達を一瞥する。


 それを通り過ぎて、水希は俺達を店の一番奥のテーブル席に案内した。


 二十坪程のその内装は、全体的にレトロな雰囲気だ。


 タイル張りの広いカウンター席に、天井からはステンドグラスのランプがいくつも垂れていた。

 人工革ソファーの客席が四席あって、飾り棚には海外製のヴィンテージ食器が綺麗に飾られてある。

 部屋の奥にはロートアイアンの手摺が付いた螺旋階段があり、二階に続いているがおそらく住居部分だろう。


 壁にかかった鳩時計はもう少しで十六時になろうとしていた。


 客はカウンター席におじいさん一人とソファー席におば様二人が1組居るだけだった。


 暫くして水希がアイスコーヒーを運んできた。「ごゆっくり~」とグラスをテーブルに置く水希の俺を見る目が怖い。

 目を逸らして置かれたグラスを見る。大きめのグラスにはコーヒーが並々と注がれていて結構量がある。俺はそれをストローを使わず一口飲んだ。


「ここのコーヒーはアイスも美味しいんですよ」


 確かに彼女の言う通り、癖が少なく飲みやすいコーヒーだった。薄いわけではなく含むと風味が口の中に広がってブラックなのに少し甘い気がした。香りも良い。


 コーヒーを今まで眠気覚ましとしてしか飲用していなかったが、禁煙したことにより死んでいた味覚と嗅覚が戻ってきたように思う。


 何より先程までイライラしていた気持ちが落ち着いてきた。


「……何にやけてるんだ、変な奴だな」


 向かいに座る東屋は嬉しそうに俺を見つめていた。


「先生とデートだ」

「はいはい」


 今度から仕事に疲れたら自宅でゆっくりコーヒーを淹れるのも良いかもしれない。それなら彼女も一緒に楽しめるだろう。



《その人といることは、一人でいる時のように自由で、しかも、大勢でいる時のように楽しい》

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