第9話 師匠と弟子(1)
ーー築さんと一緒に暮らし始めて最初の休日が訪れた。
遅い朝食を終えた後二人は部屋着のままダラダラと新しい住処探しを始める。彼はパソコンで、私はスマホでそれぞれ違うサイトを手分けして探す。
「二人暮らしなら最小限2LDKもあれば問題ないだろうな。だけど、プラス事務所って言ったら3LDKか?結構家賃馬鹿にならないんじゃないか?」
「うぅーん、それに出来れば大学から通いやすい所がいいなぁ」
白樺市は比較的そこまで家賃が高くない地域だが、彼が言うような物件だとそれでも今住んでいるアパートの倍以上してしまう。
何かいい物件は無いかとスマホの画面を睨んでいると、突然画面が着信と共に通話に切り替わる。
見てみると“匠先輩”からだった。
そういえば、築さんを引き取った後からしばらく彼に会っていない。というか、会いに行ってない。
あれだけ一ヶ月毎日通いつめたのに我ながら薄情な奴だと思う。
途端に申し訳なくなってベッドに寝っ転がっていた上体を起こすと、座り直してから通話ボタンを押した。
「も、もしもし?」
『あーもしもし?今いいか?』
電話に出た先輩の声は意外と普通だったので少し安心する。
『兄貴まだお前んとこ居る?変わってくれないか?アイツ携帯すら持ってないから連絡つかなくて。』
「分かりました。……なんだ。てっきり『なんで俺に会いに来ないんだ』って言われるかと思いました。」
『自意識過剰。それ思ってんのお前だけな。俺はむしろこの一週間平和に過ごさせて貰ったわ。……あー、でもまた来週どっかで会いに行こうと思ってるからよろしく』
「はい、連絡待っています。」
一旦通話口から耳を離すと、パソコンとにらめっこしている築さんにスマホを渡す。
「築さ……じゃなくて……先生、匠さんが変わってほしいそうです。」
しかし、彼はスマホを一瞥しただけで再びパソコンの方へ向いてしまった。
「今、そんな気分じゃない。」
「だそうです。」
『諦めんなよ。……いいよ、スピーカーにして。』
匠先輩の言う通り、スピーカーに切り替えて築さんに聞こえるよう机に置いた。
きっと匠先輩は兄のことを心配して……
【てめぇッ!クソ兄貴!】
「⁉︎」
突然、割れるような音量に鼓膜がキーンとなる。
【いつまでそこに居付くつもりだこの野郎ッ!】
先程の穏やか声とは一変して、彼は頭が痛くなる程の大声で兄を罵倒する。音量を下げてもその勢いは止まらない。一方の築さんは慣れた様子で微動だにしなかった。
【金が無いならさっさと実家に帰れ!】
【東屋に手ェを出してみろ⁉︎ブッこr
ブツ
「うるさい」
結局一言も発しないまま築さんは通話終了ボタンを押してしまった。その一連の流れに唖然とする。
不仲だと言っていたがここまでだとは想像していなかった。私にも妹が二人いるが、仲は良い方だ。
男兄弟というものはこんな感じなのだろうか……
いや、彼らが特殊なだけだろう。
高梁兄弟の新たな一面を見てしまった気がする。
「連れてこられた時に、アイツにここの住所バレてんだよな。何故か前の住所もバレてたし……」
彼は面倒くさそうな顔をして髭の伸びかけた顎を撫でた。
「バレると良くないんですか?」
「……実家とは縁切ってるんだ。一方的にだけど。もう十年、いや十四年くらい帰ってない」
……絶縁?
「そう……なんですか……」
言葉に詰まってしまった。
次に掛けてあげるべき言葉が見つからない。
もっと、話を掘り下げるべきなのか、それとも同情の言葉なのか言おうとして結局やめた。
掘り下げたところで彼の気持ちを受け止めきれる自信がなかった。私はついこの間二十歳になったばかりで、彼に比べたら子供でまだまだ未熟だ。彼には彼の事情があり、友達でも恋人でもない私に出来ることなんてないのだ。
『師匠』と『弟子』……か……
なんだか距離を感じる……
結局、彼の家族について話を聞くことが出来ないまま会話は終了し、お互い黙々と引っ越し先を探している間に日は暮れてしまった。
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