第7話 これから side築(4)
「じゃあ……東屋。しばらくこの金は俺が預かっておく。借用書は今日中に書いて渡すから……しばらく世話になる」
「わぁい!……じゃなくて、よろしくお願いします。」
「……。」
不安だ。
彼女を信用するしない云々の前にこの子が将来まともな大人になるのかが不安だ。
人の心配より己の心配をしろよ、という突っ込みは置いておいて、彼女は昔の自分を見ているようで危なっかしい。
東屋はバグっているのか初期値から俺への好感度がMAXな上、自分を利用してくれとまで言ってきた。
普通そんなこと一回りも歳の離れたおっさんに言うか?
それとも単に危機管理能力が乏しいのか?
曇りない眼で見つめてくる彼女をよくよく観察する。
テーブルに肘をついて見つめてくる彼女の顔は、可愛いというより美人の部類に入る。最近20歳になったばかりだという彼女は、確かにまだどこか垢抜けていなくて幼い。だが、数年後には化粧も上手くなって良い意味で化けるだろう。何より身長が平均的な日本人女性より高く、フェチでは無いのについついその柔らかそうな腿とすらりとした長い足に目がいってしまう……ではなく
……今は早くこの奇妙な同居人との生活に慣れなくては。
頭を振って邪念を払拭する。
伸び過ぎた前髪が鬱陶しく最終的に手で払う。
俺を失意のどん底から手を差し伸べてくれている聖女のような彼女を如何わしい目で見てはいけない。年上として、これ以上彼女の荷物になる訳にはいかない。
彼女を『女性』として見るからいけないんだ。このまま只何となく同居生活を始めてしまえば、俺が彼女を泥沼に引き摺り込むことになってしまうだろう。
「俺に金と住む場所を貸してくれた礼がしたい。……何がいい?」
「えっ、いいんですか?」
東屋は何を期待しているのか目を輝かせる。
「因みに俺の家事炊事能力は小学生並みだからな。やっても構わないが期待はするな」
「威張っていうことじゃないような……じゃあ……」
彼女は顎に手を添えて考える素振りをした。
「……築さんとデートがしたい」
「却下」
「えぇ?何でもするって言った癖に!」
「自ら泥沼にダイブしようとするな。しかも『何でもする』なんて一言も言ってない。この僅かな会話の中で話をねつ造するな」
「そうでしたっけ?」
東屋はトボけて首を傾げた。全く油断も隙もない。後で言った言わないの世界にならないようにちゃんと決まり事は紙に書いておくのがいいだろう。
借用書を書こうと思って準備をしていた紙切れを一枚テーブルに置いてペンを持つ。
「特に無いなら俺から提案するぞ」
「“特に無い”じゃなくて、“特に何も出来ない”では?」
「うるさい。……お前、建築学科なんだってな。将来はどうするつもりだ?」
「将来?」
「提案なんだが……講義のある時間以外、俺のアシスタントとして働くのはどうだ?学校で習うのも大切だが、実際に業務として体験すればより理解が深まると思うし、就職後も役に立つかもしれない。まぁ、早く言えばインターンシップだ。異論は認める」
東屋は呆けた顔で俺の顔を見ている。
「それから……今から俺のことは名前じゃなくて『先生』と呼べ。短い間だが、俺達は師弟として接しよう」
……そう、彼女は俺の『生徒』だ。
借金を返済してアパートを出て行くまでの間は彼女の為に働こう。彼女を『生徒、弟子』として接すれば間違いも起きない筈だ。
そうだ。そうしよう。
それが一番お互いの為になるだろう。
これは俺の中のケジメだ。
「築さんのアシスタント……ってことは……つまり、築さんはまた建築士として働くってことですか?」
「んんー、暫くは在宅でCADオペして日銭を稼ぎながら仕事が貰えればやるって感じかな?」
というか俺には線を引くことしか能が無い。
彼女を上手く利用しようと思い、このような条件を提示してみたが都合が良すぎたかもしれない。
「まぁ、詳しい話は俺の仕事が決まってから…「やります!」
東屋は食い気味で応える。
「いや、もう少し条件とかバイト代とか業務内容を確認してから応えようか?」
「“先生”のアシスタントやります!」
だめだこりゃ。
別に騙すつもりは無いが、彼女はもう少し人を疑うということを知った方が良いだろう。
「それと、あの……もうひとつやりたいことがあります」
「なんだ?」
東屋は崩していた姿勢を正すと正座をして俺を真っ直ぐに見た。
「先生、早速ですが……引っ越ししませんか?」
「引っ越し?」
「ここじゃなくて、もっと広い所を探してそこで仕事を始めませんか?この部屋は二人暮らしには狭過ぎるので……そこで一緒に暮らしましょう!」
「引っ越しかぁ……」
確かに八畳に二人暮らしは狭すぎるし、お互いにプライベートスペースは必要だ。何より金の出さない俺が彼女にとやかく言える立場ではない。
「利便の良い所がいいかなぁ」
ただ、それとなく希望は伝える。
《捨てる神に拾う神あり》
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