第4話 これから(1)
「で?先月の合コン初参戦はどうだったの?」
三時限目の『建築計画学』の講義を受けようと東屋が教材を広げていると前の席に座るボーイッシュな女子、西野陽子がニヤニヤ笑みを浮かべながらこちらを振り向いてきた。
健康的な焼けた小麦色の肌に敢えて黒に染めたのショートボブの彼女は、同じ大学で出来た友人の一人だ。
一ヶ月前、陽子とは『ロードバイクで行けるところまで行ってくる』とふと突然思い立ち、飛び出してしまったっきりの再会だった。
彼女もその合コンに誘われていたのだが、行く前に自分探しの旅へ旅立ってしまっていたので事の顛末は知らないでいた。
「『都市工学科』の先輩達と飲みに行ったんでしょ?お持ち帰りされたの?」
「陽子…それが聞いてよ。」
私が答える代わりに隣に座っていたもう一人の友人、北川水希が前のめりになりながら陽子に話しかける。
「お持ち帰りどころじゃないわよ!まさかアリカがこんな積極的な子だなんて知らなかった!」
「なになに?」
余計なことを言わないようにと水希の口を押さえたが、その何倍もの力で払いのけられてしまった。この小さな体のどこにそんな力があるのか。
彼女は小さくて可愛くて守ってあげたくなるような女子だ。だけど、陽子にはいつも二人は親子のようだといつも揶揄されてしまう。
私と頭二つ分違う身長差だけでなく、水希はパステルカラーやピンク、フリルが付いた服装を好むため、それが地味で背の高い私との親子感を助長させてしまっている要因らしい。
「この一ヶ月の間、毎日合コンであった先輩のとこに通ってたのよ?」
「まじか」
陽子は面白そうに目を輝かせたが、対する水希は面白くなさそうに頬を膨らませた。
「私という女がいながら他の男に浮気するなんて許せない!」
「どういうこと?」
流石に突っ込まずにはいられない。
水希はどうやらタイプの男性に巡り会えなかったらしい。横に座る私の腕をぐいと引っ張って甘えてきた。
「やっぱり水希にはアリカしかいないってこと!背も高いし~イケメンだし~……あーぁ、アリカが男だったら彼氏にしたいのに。」
「どういうこと?」
それ褒めてる?
「おぉい、水希。アリカの邪魔したらダメ!」
陽子は私の腕に抱きついた水希を引き剥がすとシッシッと手で払う。
「で?その先輩とは上手く行きそうなの?」
「日曜日、一緒に出かけたんだってぇ~」
「展開早!何しに行ったの?デート?」
「水希も詳しく知らない。ちゃんと報告して」
テンションが上がる陽子と下がる水希。
その対比を眺めつつ先週の出来事を簡潔に説明しようと考える。
正直。
今までずっと我慢していたが顔が緩んでしまって仕方がなかった。
このことを誰かに話したくて、聞いて欲しくて仕方がない。
「実は……先輩のお兄さんと一緒に住むことになりまして……あ、今日講義終わったらすぐ帰るね」
「「???…どういうこと⁉︎」」
二人の悲鳴に近い声が講義室中に響き渡った。
◇◇◇
講義を終えると教授が部屋を出るより先に私は講義室を後にした。
大学から自転車で10分の場所に借りているアパートがある。築20年木造二階建ての106号室。南向きの東西に長い建物の一階東側、一番角の部屋が私の住処。
「ただいま~…」
鍵を開けて中に入るも部屋はしん、として静かだった。間取りは1DKの一人暮らし用の部屋だ。扉を開けて直ぐにキッチンダイニングがあり、トイレと脱衣所の扉、そして突き当たり奥がリビング兼寝室。
つい先日までは返事がないのが当たり前だったが今は違う。居るはずの居候に声を掛けたつもりだったのだが幾ら待っても返事は返ってこない。
「帰りました~」
リュックを置いて再び声を掛けるがやはり返答はない。玄関には古い汚れたサンダルが置きっぱなしなので出掛けてはいない筈だが。
……まさか……
私の居ない間にまた首を吊ったりしてはいないだろうか。
首吊りは紐が掛けられる場所であれば手摺りやドアノブなどの低い位置でも可能なんだと匠先輩は言っていた。不安になってスニーカーを脱ぎ捨てると慌ててリビングへと向かう。
「おかえり」
「ぎゃっ」
脱衣所の前を通ると突然引き戸が開くものだから、驚いた猫のように飛び上がって対面の壁に肩を打ち付けてしまった。
「ぎゃあッ⁉︎」
しかも、出てきた彼を見て二度目の奇声を上げる。
居候は風呂上がりなのか腰にバスタオルを巻いただけの状態だった。
「ちょっと築さん⁉︎」
私は彼の名前を呼んで非難した。
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