第3話 六年前(2)


 バスを降りた所は周りが住宅地の小高い丘になっていた。


「ここが兄貴の住んでいるアパートらしい。」


 しばらく歩くと雨垂れの跡で汚れた外壁タイル張りの鉄筋コンクリート造のアパートに着いた。二人は狭いエレベーターを使って五階まで上がる。


 ……築さん……


 私の手には、彼の部屋番号の郵便受けに突っ込んであった『家賃滞納催促状』が握りしめてある。他にも水道、電気、税金の未納の通知や支払い表が沢山出てきた。


「やっぱり帰ろう。関わらない方がいい」


 そういって匠先輩は何度も引き止めようとしたが、私は構わず築さんの部屋の前まで向かう。そして、扉の外にある電気メーターが少しも動いていないのを見て不安になった。


 インターホンを押しても返答がない。


 ドアノブをゆっくり回すとドアに隙間が少し出来た。部屋の鍵は掛っていないようだった。

 一度ちらりと顔を伺うと匠先輩は肩を竦めてみせた。

 入ってもよい許可だと勝手に捉え、ゆっくりドアを開けてみる。が、部屋の中は明かりもなく真っ暗になっていた。玄関にサンダルが一足置いてある。

 この奥に彼が居ると思うと急に緊張してきた。


「築さーん…」


 玄関先から名前を呼んでみる。


 すると、部屋の奥でガタンと何かが倒れる音が聞こえた。確かに誰か居る。


「こ!…こんにちはぁー…い、いませんかぁー?」


 私は囁くような声でもう一度呼びかけてみた。


 ………。


 反応が無い。振り向いて先輩を見る。


「る、留守かな?」

「いやいやいや、何でここまで来ておいて!ドア開けて!何でそこでいきなり消極的になるんだよ!……おい!兄貴!居るのか?入るぞ!」


 横で様子を見ていた彼は中々部屋に入ろうとしない私に痺れを切らし、先導して部屋に入っていった。私も急いでその後に続く。


 一般的な1LDKの間取りだが、意外にも部屋の中は綺麗だった。


 いや、何も無い。という表現が正しいのかも知れない。引っ越した後のような、がらんどうのリビングだった。


「築さん?」


 カーテンを閉め切って暗くなっている室内を見渡すと、リビングの隣にもう一部屋あるのを見つけた。

 リビングが綺麗な事に少し安心した私は何となくその扉を開けてみた。


「……!」


 部屋の中を見て思わず息を呑んだ。

 その扉を開けて目の前に現れたのは壁一面の


 白。


 白の箱、箱、箱、箱、箱……


 大中小様々な大きさの小さなジオラマ


 それは天井に届きそうな程にうず高く高く積み重なり、また違う別の大きな建造物となっていた。


 まるでSFのような空想の世界か、

 あるいはダンジョンの遺跡にも視える。


 それらは色が付いていないからこそ幻想的で美しい。


 そして…


 白い箱の少し崩れている所に白い足首が覗いているのに気が付いた。その足の指が小さく痙攣している。


「築さん!」


 一瞬で現実に引き戻され咄嗟に足の見えた部分へ急いで近寄る。

 白い箱が崩れて雪崩を起こしても構わず埋もれた人物を掘り起こす。


「匠先輩!助けて!」


 後ろで同じく白い部屋を見て惚けていた弟に声をかける。先程の物音は箱が崩れた音だったらしい。二人掛かりで箱を退かすとようやくその姿、顔が現れた。


 築さんは……私の会いたかった想い人はベッドの手摺にロープを括りつけて首を吊っていた。

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