捨てる神に拾う神あり

第1話 白い箱


「先生!今年こそ片付けますよ!」


 今日は十二月三十一日の大晦日。

 今年は年末締め切りの仕事が立て込んで、仕事納めが随分遅くなってしまった。


 ここ白樺市にある小さな建築士事務所、「高梁一級建築事務所」で働くたった一人の従業員『東屋ありか』は和室で寛ぐ事務所長を揺らして起こした。


 まったく…


 彼は休みだからと昼を過ぎても寝間着のまま寝癖も髭もそのままで、まだ独身なのに休日のお父さんみたいだ。

 炬燵に入ってテレビの特番を眺めていた彼は不服そうに私の方を見る。


「えぇ…今から掃除?俺はもう休暇モードなんだが」


 そう言う彼の側には、ビールの空缶がトーテムポールのように積み重ねられていた。

 私はそれを上から一つずつ持っていたゴミ袋へ投げ入れる。


「掃除自体は今月入ってから毎日少しずつやりましたので大丈夫です」

「流石東屋。じゃあ後は何を片付けるんだ?」


 彼は欠伸を一つして胡座をかいた。


 ここ高梁一級建築事務所は、高梁築先生が経営している中小規模の物件を対象とした建築事務所で一階が『事務所』、二階が先生の『住居』になっている。私達はその二階部分を住処にして共同生活していた。


 先生と私、二人暮らし。


 その同居生活も六年も経てばすっかり慣れてしまった。

 初めは憧れの人と同じ屋根の下、色んな感情や期待に溢れていた気がしたが今はすっかり上司と部下、師匠と弟子、というビジネスライクの関係で落ち着いている。


 これが大人になるってことなのだろうか。


 毎日、一緒に彼とご飯を食べて、仕事をして、彼の『弟子』として隣に居ることが当たり前になっていた。

 私は以前からやりたかったことを彼に提案する。


「最近、物が増えてきたので減らしたいんです」


 事務所の倉庫が許容量を超えているのだ。

 口で説明するより実際に見てもらった方が早いと彼を一階の倉庫へ連れて行く。

 薄暗い倉庫の中は過去にやった物件の図面やら、測量器具やら、模型やらで溢れていた。そのうち重さで倉庫の床が抜けるのでは無いだろうか。


 私が今日その中で特に処分したいのは模型だった。白いスチレンボードでできたそれは実際に建ったもの、計画の段階で頓挫してしまったものが一緒くたになって積み重なっている。

 事務所の飾り棚には、またこれらとは別に計画中や建設中の模型もある。なので、私としては終わったものに関しては全て捨ててしまっても良いと思うのだが彼はそうでもないらしい。


「模型が一番嵩張るんで数を減らしたいんです。私が勝手に捨てたら先生怒るでしょう?」

「怒る」

「じゃあ先生、要るのと、要らないのに分けてくれませんか?私はそれを砕いていきます」


 そう言うと彼は年甲斐も無く子供のように眉をハの字に下げて私の顔をみた。


「捨てんの?」

「捨てます」


 容赦のない私に先生は「むむ」と唸る。


「じゃあ、始める前に一服……」

「分かりました。それでは私は先に砕いてますね」


 適当に模型を一つ持ち上げてみると誤魔化そうしていた彼は飛んで戻ってきた。


「駄目だっていってんだろッ⁉︎」


 そうして私の持つ模型を奪い返し、ぶつくさ文句を言いながら渋々倉庫に入っていった。

 倉庫の中はエアコンが無く、今日みたいな太陽の出ていない日はまるで外にいるかのようにひんやりして寒い。彼が風邪を引いてしまわないようにストーブを持ってこよう。

 取り敢えず、部屋の戸を開け放して勝手に閉まらないようにドアストッパーで抑えた。


「東屋は俺に対して厳しいよな」

「昔、先生が『俺を甘やかさないでくれ』って言いませんでしたっけ?」

「はぁ?そんなこと俺言ったか?」

「そうやって自分が言ったことすぐ忘れる……」


 これも毎度のことなので慣れている。

 彼は都合の悪いことはすぐに忘れてしまう。私は呆れつつ倉庫の奥で白い箱を見比べる彼の背中を眺めた。箱の隙間に埋もれるように座った彼を見てどこかデジャブを感じた。彼にふと確かめたいことが頭に思い浮かぶ。


「それじゃあ先生……六年くらい前……私が先生を拾った時のことは覚えていますか?」


 『拾った』という表現が適切かどうかは分からないがあの日、確か六年前の初夏だった。その時はまだ私は大学生で、狭い一人暮らし用のアパートに住んでいた。

 私の質問に一瞬彼の作業する手が止まる。

 しばらくの後、彼は「覚えてるよ」と、ぶっきらぼうに応えて断捨離の続きを再開した。



《白い箱》

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