第7話

花壇にいた私を、お兄様のご友人たちが見つけてくれたそうだ。



三日間、高熱が続いた。

長い間冷たい雨に打たれたからと、前世の記憶と今の記憶との混ざり合いが激しかったからだ。


29歳の大人の私が8歳の子供になるなんて無理よ、無理……。という羞恥心などそんなものは、どこかにぽいっと放り捨てた。

私は、8歳の子供なのだと何度も何度も脳へと叩き込んだ。洗脳したのだ。今の私に恥ずかしさなんてありはしない。


これで、心置きなく家族へ甘えられるはずだ。


……はずだった。


私は、私に激甘であるキラキラな美丈夫二人になすすべなく撃沈したのだった。


恥ずかしさはここにあった。

甘えるとは奥深いものである。


うん。私の今世はとても幸せだ。



診察に来てくれていたお城のお医者様に、「あの高さから落ちて打ち身程度で済んだのは、すごい幸運と奇跡に恵まれたことだ」としみじみ言われた。


なんてことだろう。

あんなに動けないほどの痛みがあったのに、どこかの骨すらも一切やっていなかったとは。

悲劇的な雰囲気に酔いしれていたのか……。

なんとも言えない気持ちに私は、下唇をきゅっと噛んだ。


お医者様は「とりあえず、あと二週間はベッドで安静にしていてくださいね。それから、何かあればすぐに呼んでください」と後は侍医のおじいちゃん先生に引き継いで、お城へと帰って行った。




「私の名前は、ティアナ・リンドヴェイルです。お兄様の名前は、ユリウス・リンドヴェイルです。お父様の名前は、ギルフォード・リンドヴェイルです」

一番始めの診察で、記憶障害が起きてないかの確認のために、自分と家族の名前を答えていた。

その答えを、今、目の前にいる白髪の男の人に、この一週間会うたびに毎回言っている。もう、挨拶代わりになっている気がする。

白髪の男の人は、解呪もすることが出来る数少ないすごい呪術師らしい。


彼の白髪の頭はいつもボサボサで、服はシワだらけのものを一部分だけ着崩している。

彼の中での自信たっぷりの「おしゃれ」がそこにあるらしい。

だから、「おしゃれでしょ」と満面の笑みで言われてしまえば、たとえわかることが出来なくても「そうですね」と答えてしまう。

同じだとは思われたくないので、今度どう答えればいいかお父様に相談しようと思っている。


そういえば、今日で安静にしていてねと言われていた最終日だ。

ベッドにはいるが、安静だったのだろうか。主に精神面で、安静ではなかったような気がしてならない。



白髪の彼の話し方はとても軽い。

軽く話しながらも、細い目をもっと細めて観察してくる。無言でじっと見つめられると、なんだか少し怖い。


「うーん、おかしいなぁ」

そして、今日もまた左足を見ながら首をかしげている。


何がおかしいのだろう?

いつもその理由を言ってくれないから、毎日不安が積み重なっている。

やっぱり、安静とはほど遠い。

キリキリと痛み出した胃のあたりを押さえている私に「そもそもね」と軽い口調で話し始めた。

今日こそちゃんと説明してくれるようだ。


「アレって、あんな丸裸のむき出しの状態であるものじゃないんだよね。普通の術者なら、アレ絶対に隠すものだし。アレ辿れば自分がやったのがすぐにバレるし、しかも、かけた呪いを自分に返されちゃうし。だから、この術者バカなの? って思ったんだけどね」


「アレとは?」と疑問に思う私を置き去りにして、左足をじっと見続けながら彼の話は続く。


「アレがきれいさっぱり、消えちゃっているんだよね。アレを辿れば簡単だったのに。あー、時間はかかるけど、こっちの枝から辿るかなぁ」


……。

もしかして、アレってアレのことかしら?

私の左足に絡みついていた、ちょっと太めの糸のようなアレかしら?


……言えない。

犯人がわかるアレを腹立ち紛れに叩き切ったなんて。言えない。


青褪める私を目を細めながら、

「君がいろいろ話すのを躊躇うのは、噂のせいなのかな?」

と問う彼にいつもの軽さはなかった。




それは、仲が良い友達との二人だけの秘密の内緒話のつもりだった。


「あのね、わたし、ふしぎなものがみえるの」

本当は、とても口では表現出来ないほどの不気味なものなのだが「ふしぎなもの」とオブラートに包んで言った。


私が彼女に言った内緒話は、面白おかしく誇張されていき、その噂はあっという間に広がっていった。まさかのまさかである。


その頃、ちょうど第三王子殿下の婚約者候補選びが始まるところだった。


お父様からは何も聞いてはいなかったので、候補者選びのことは全く知らなかった。しかしそんな私が、どうやら有力候補だったらしい。


婚約者ではなく、あくまでも候補ではあるが、それに選ばれなければその先はない。有力候補を蹴落とすチャンスが転がってくれば、それに飛びつくのは当然のこと。噂が巡る速度は早かった。


それから行く先々で「公爵家のかまってちゃん」と笑いながら私に聞こえるように、こそこそと言われ始めた。


噂のせいで、お父様とお兄様に迷惑をかけてしまうことに泣きそうになった。

否、すでに泣いていた。

見つからないように自分の部屋でこっそりと。


そこへお父様が来てくれた。

すごく忙しいはずなのに、来てくれた……。

「遅くなってすまない。もう、大丈夫だ」

お父様が私を優しく抱きしめながら、そう言ってくれた。


じわりと目の奥が熱くなり、さっきよりもっと涙が溢れていく。

激しく泣き出した私の背中をお父様はずっと撫で続けてくれていた。


それからすぐに噂は消えていった。


私は、お父様の許可を得てお茶会などへの出席をやめた。



お父様は優しい。お兄様も優しい。

絶対信じてくれる、大丈夫なことなんてわかっている。でも、怖いのだ。

視えることを伝えて変わってしまうかもしれないことが、怖いのだ。


目の前のこの人にも、視えることは伝えていない。でもこの人は、きっと気がついていると思う。


黙りこんでしまった私を特に気にすることもなく「君の家族なら大丈夫じゃない? 君の言うことならなんでも信じそうだし」と軽く言った。



中々伝える決心がつかないまま過ごしていたある日、お兄様が友人に会わないかと声をかけてくれた。


やっと助けてもらったお礼を言うことができるんだと嬉しかった。


お兄様に抱きかかえられて、ワクワクしながら談話室へと向かった。


左足が動かないことがわかってから、移動はいつも、お父様かお兄様に抱きかかえられて運ばれている。

二人がいない時は、車椅子なのだからそっちがいいかなと言ったらすぐに却下された。

早く、杖が欲しいなと思う。



談話室には、綺麗な赤い髪のとても可愛らしい顔立ちの人がいた。

ご友人ではなくて、お兄様の恋人だったのね!と期待を込めてお兄様を見れば、苦笑いを浮かべていた。


「はじめまして、リンドヴェイル嬢。私は、ルーカス・ヒルデバールです」


……男の人だった。

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