第2章

第13話

 アツが異能に目覚めたのは、まだ幼き日だった。

 身の内に生まれた異能は、それが何であり、どのように用いるのかをアツに教えてくれた。呼吸をすることに訓練が必要ないように、異能者は自らの異能を意のままに操ることができる。それは当時四歳だったアツも例外ではなく、自分が得た力の如何を理解してしまった。

 その気になれば岩を破砕し、大木を容易く薙ぎ倒すほどの力。


 だがアツは、その力を他言せず自身の中に隠した。

 彼女は聡明だった。世間は異能者を受け入れない。その存在を認識させまいとする何らかの力が働いていることを察していた。

 彼女の育った環境が影響していたのかもしれない。出生間もなく事故で両親を亡くした彼女は、親戚に引き取られることもなく、養護施設で育つことになった。彼女のいた施設は決して明るい施設ではなく、共に育つ子ども達との交流もほとんどないも同然。異能に目覚めたアツはさらに周囲と距離を置くようになり、友人と呼べる子どもは一人としていなかった。


 それは小学校入学後も同じだった。同学年の児童達に比べて精神的に成熟ないし逸脱していたアツが、クラスメイトと対等に付き合えるはずもない。アツの態度は時に周囲の反感を買うこともあったが、彼女は向けられる悪意を歯牙にもかけなかった。それどころか彼女が持つ異様に大人びた雰囲気は、いつしか周囲から距離を置かれる要因になっていた。


 アツは、孤独だった。自身が選んだ結果とはいえ。

 こんな人生など望んでいなかった。家庭環境に恵まれず、奇妙な力を得てしまったがために誰とも解り合えない。


 積もる不満を晴らすために、深夜に施設を抜け出しては思うがままに異能の力を振るうのが日課となっていた。

 アツの中に眠る力は、紫電と雷光に姿を変えて迸る。雷光を纏った肉体は強靭になり、人間とは思えぬ強度と身体能力を得る。それは、幼い少女が持つには余りにも強大な力であった。

 ただ、その力を開放している時だけは、ありのまま、歳相応の自分であれた気がした。


 そんな小学校生活を続けて一年あまりが過ぎた頃、アツの人生に転機が訪れる。

 その日もアツは、施設を抜け出していた。施設から徒歩数十分の場所に、老朽化によって閉鎖された武道館がある。アツのお気に入りの場所だ。ここならば人目を気にすることなく、存分に異能の力を振るうことができた。

 壁に空いた人一人が通れるほどの穴から、武道館に忍び込む。この穴はアツが殴り空けたものだ。分厚いコンクリートで覆われた壁だったが、雷光を帯びた拳はいとも容易くそれをぶち破った。


 建物で最も広い屋内競技場。囲む観客席に人はなく、落とされた照明は広い暗闇を作り出していた。アツの身体から迸る雷光が、競技場を明るく照らす。

 誰もいない競技場で、今夜も一人猛り舞う。そのつもりだった。

 アツが競技場に入って感じたのは気配だった。紛れもない人間の、しかし異質な気配。

 先客だ。

 この時アツが覚えたのは、自分の領域を侵されたことに対する不快感だった。


「こんばんは」


 競技場の隅々に響き渡る声で、先客は一言の挨拶を述べる。

 白い長衣と、長く煌めく金髪。全身から白い燐光を放つその姿は、まるで神話に描かれる女神が如く。

 いくつか年上に見える目の前の少女に、アツは自分に宿る力と同質のものを感じ取った。


 異能者だ。


 アツの胸に去来した想いは、本人にも度し難いものだった。嬉しかったのかもしれないし、悔しかったのかもしれない。激昂していたようにも、感激していたようにも思える。

 アツの中に満ちて、混ざり合い、行き場を失った強い感情は、迸る蒼き雷光となって解き放たれた。出会えた異能者に自分の全てをぶつけんと、身体が自ずと動いた。


 生まれて初めて、心から笑えていることを自覚した。

 白い燐光は女神の抱擁が如く、猛々しい雷光を受け止める。

 アツとウェンディの出会いは、激しい光の中で果たされた。

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