第12話

 事が起こったのは、深夜だ。

 昨晩と同じく、ダイスケは外を出歩いていた。胸のざわめきは全身に及び、とてもベッドで横になっていられる精神状態ではなかった。

 明日が休日と言うこともあり、昂った自身を鎮めようと深夜の住宅街を徘徊する。身体を動かしていると多少は楽になる。が、所詮は気休めに過ぎない。


 やがてダイスケは公園に立ち入る。住宅街においても辺鄙な位置にある深い林のある広い公園だった。夜も更け、蝉の鳴き声も聞こえない。灯りのない公園の闇は深く、普段ならば決して近づかない場所だろう。それでもダイスケは、何かに引き寄せられたかの如く暗闇の中を進んでいく。


 風が生い茂った雑木林を揺らす。幽霊の一つや二つ出てきそうな雰囲気だ。もしミコトが隣にいたら、ダイスケの腕を抱えたまま震えていることだろう。そもそもこんな所に入る前に引き返すに違いない。そんな光景を想像して、ダイスケは乾いた笑いを漏らした。

 夜の温い風は優しかった。汗ばんだダイスケの肌を撫で、熱を冷ましてくれる。


 その風、空気が一変してダイスケに牙を剥いた。電流の様な刺激が全身に突き刺さる。

 思わず足を止めるダイスケ。その額に一斉に汗が浮いた。

 風に揺られて踊る草木の音は、既に止んでいる。


 この感覚。この空気。この時ダイスケは確信していた。

 あの少女だ。質量があるかと錯覚するほどの鋭い視線。それに込められた殺気が、ダイスケの背を突き刺している。それに呼応してダイスケの感情も同質化していく。


 振り返った先、白の長衣を纏った少女が佇んでいた。

 一見するならば幽霊にも見紛ったかもしれない。だが、彼女が放つ圧倒的な存在感が、それが誤りであることを訴える。


 闇に溶けるような黒く長い髪。同色の瞳は切れ長で凛々しくありながらも、負の感情に塗りつぶされていた。年齢はダイスケの同じほど。同年代の少女しては長身であり、すらりとしたしなやかな肢体は、美しくも獰猛な猫科の獣を想わせた。

 真一文字に結ばれた唇、吊り上がった眉、暗い眼光。その全てに、ダイスケへの隔意と、敵意と、殺意が顕れていた。


 得体の知れない感情を向けられ、ダイスケは気圧されている。にも拘らず困惑や恐怖に勝る精神の昂りがダイスケに精一杯の虚勢を張らせていた。ダイスケもただ無言で立ち、少女を睨みつける。

 ダイスケと少女が囲むこの場は、夜の公園に相応しくない異様な雰囲気に変貌した。それはさながら決戦場。一触即発の空気であった。


「ワルキューレ・ジークルーネ」


 その声が彼女のものであると理解するのに、ダイスケは一瞬の間を要した。空を抜けて天に響き渡るかのような、透き通ってなお力強い声だった。


「山音アツ」


 彼女が次に発した五文字の言葉。

 少女の名。

 その五文字を、ダイスケは反芻する。


 火花が散るような破裂音が鳴った。何の音かと疑問に思う前に、その音の出所は明らかになっていた。

 少女の肩に、腕に、腰に、脚に――蒼い雷光が表れては消える。雷光の明滅に合わせて電撃の破裂音が断続する。

 驚嘆の声も出せないほどに、ダイスケは呆然自失だった。


「岸本ダイスケ」


 少女が拳を握り、自分の名を呼んだ。


「あなたを殺すわ」


 雷鳴にも勝る轟音と共に、少女の纏う雷光が膨れ上がった。

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