第6話

 アルビノの男が青陵高校に到着したのは、ダイスケがそこを通過しておよそ十分後のことであった。

 青陵高校の正門前で、電灯に照らされた校舎を見上げる。日本の学校に良く見られる箱型の校舎は彼にとっては物珍しい。ドイツの伝統的な西洋建築によって造られた校舎とはまた趣が異なり、好奇心が擽られる。彼は故郷を発ってから世界各地を転々とした後、この日本へとやってきた。この街に来るのは二度目、実に五年ぶりである。


「なんのつもりですか、ラタトスク」


 男の背後から、少女の声が投げられた。平坦な中に厳しさを含んだ声。肩越しに振り返った男が見たのは、二つの小さな姿であった。

 一人は、この街の私立中学校のセーラー服に身を包んだ少女。男をラタトスクと呼んだ方だ。ショートボブの髪が眼鏡をかけた幼さの残る顔を縁取っている。百九十センチ近い身長の男とは四十センチ以上も差がある。無表情の奥から聡明さを垣間見せる少女に、男は好感を抱き、また自身の娘を想起した。


「はじめまして、と言うべきですか。ヘイムダル」


 少女は視線だけで答える。

 ヘイムダル。北欧神話における虹の番人を表す少女の二つ名は、男の耳にも届いている。ここ一年でにわかに頭角を現した新進気鋭の異能者。千里眼を持つと言われる彼女は、背負った使命から〝黄昏の監視者〟とも呼ばれている。


「あなたとは五年ぶりですね。スルト」


 男は身体ごと振り向き、もう一つの影に視線を向けた。

 背丈こそヘイムダルと同じほどであるが、全身を覆う漆黒のローブのせいで容姿の一切が視認できない。被ったフードの中はどの角度から覗いてもただの闇しか映らない。何も知らぬ者が見れば、顔のない人型に見えることだろう。

 炎の巨人の名を持つこの影は、二つの異名以外の一切が不明である。ヘイムダル同様、その使命から〝黄昏の守護者〟の異名を持つ。この世界に長く身を置く男ですら、スルトに関しては知らないことばかりであった。


「挨拶は結構です。質問に答えて下さい」


 ヘイムダルの愛想のない事務的な言葉振りにも、男は微笑を崩さない。


「と、仰いますと?」


「とぼける必要はありません。どのような意図で対象に接触したのかと聞いているのです」


「ほう。これはこれは」


 男は心底から感心した。つい先程のでき事であるにも拘らず、彼女達の対応の迅速さは驚愕に値する。尾行されていたわけではあるまい。監視対象と軽く言葉を交わしただけでこんな状況になるとは思いもしなかったと、男は自身の認識の甘さを自省する。


「なるほど。大したものです。ヘイムダルの二つ名は伊達ではないということですか」


 二つの小さな影から向けられる警戒心は尋常ではない。一触即発とも言える張り詰めた空気が、男の端整な顔に張り付いた微笑が困惑気味のものに変わる。自らの評判が良いものでないことは理解しているが、こうも敵意を露わにされては流石に悲哀を禁じ得ない。


「落ち着きなさい。お二方」


 戦意を隠さない二人を両手で制し、


「私にあなた方と事を構える意思はありません」


「その言葉を素直に信じられるとお思いで?」


 塩対応である。当然だ。対象を監視し、守護する。それがこの二人の仕事なのだから、男の様に対象に近寄る者を疑うのが責務とも言える。それが異能者ともなれば尚更のこと。

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