第1章

第1話

 唐突な悪寒を覚えてくしゃみを吐き出す。


 岸本ダイスケは口元を拭いながら、低い唸りを漏らした。

 日曜日の真昼間。梅雨明けから急に強くなった日差しの下で駅前の喧騒を掻き分ける。春の装いでは暑さを感じるほどの気候でどうして悪寒など感じたのか。そんな疑問も露と消え、シャツの襟元をぱたぱたと泳がせる。


「大丈夫かい?」


 隣を歩く幼馴染が苦笑を交えて見上げてきた。ダイスケは生返事でそれに答える。


「誰かが噂でもしてるんだろうね」


 天童ミコトはその童顔と小柄な体型から新中学生とも見紛う容姿をしているが、言動の端々から垣間見える成熟した雰囲気と発育の良い胸のおかげでなんとか歳相応、つまり高校一年生に見えないこともないという絶妙なアンバランスの持ち主である。こうして肩が触れ合うような距離で歩いていても、二人の身長差からミコトの肩はダイスケの肘のあたりまでしかない。最近知ったことだが、ミコトが外出の際にポニーテールを結うのは少しでも身長を高く見せたいがためらしい。


 二人して額の汗を拭う。

 休日に家にいるのも暇だからという理由で街に出てきたものの、高校生の財布事情では見境なく遊び回るわけにもいかず、結局行くあてもなく歩き回るという、つまるところ、いつも通りの休日だった。

 必死の受験勉強が功を奏してそれなりの高校には進学できたが、通う場所が変わったことを除けばダイスケの日常が受験前と大きく変わったわけではない。ミコトが同じ高校に進学したこともその理由の一つだ。登下校するのも、休日に出掛けるのも大抵はミコトと一緒だった。


 ダイスケの交友関係は狭い。そもそもが社交的な性格でないし、人を惹きつける何かを持っている訳でもない。友人と呼べる同級生の数はミコトを含んでも片手の指で足りるほどであり、その数はダイスケの人望をそのまま表していると言ってもよい。


「で、どこに行くんだ?」


「どこでもいいよ。ダイスケが決めてくれ」


 このやり取りも今日で四度目だ。


「どこでもいいが一番困る」


「事実なんだからしょうがないじゃないか。ボクとしては、日が暮れるまでこのままぶらぶらするのもやぶさかではないしね」


「不毛だろ、そんなこと」


「そう言うんだったらダイスケの行きたいところに連れていってよ。どこだろうと文句は言わないからさ」


 いつも穏やかに微笑んでいるようなミコトは、今もその表情を崩さない。顔のつくりは幼いにも拘わらず、纏う雰囲気はやけに落ち着いている。気取っている風な灰汁がないから余計にそう思わせるのである。昔は歳相応容姿相応に幼かったはずなのに、とダイスケはたまに考える。ミコトがこのようになったのかいつからだったか。

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