幕間 魔術師オイゲンの素顔

 ロバルト山付近の街にある冒険者ギルドに、魔術師オイゲンは現在待機している。


 ギルドの受付が、オートマタの残骸をホルストに提供した。


「これ、ゲーアノートじゃない!」


 冒険者ギルド死体を見て、ホルストもカミラも呆然としている。


「なんだ、そいつが例の?」

「例のゲーアノートよ。まさか、オートマタだったなんて」


 魔王の配下を倒した後、ヨートゥンヴァインにてゲーアノートを発見したという情報が入った。ヨートゥンヴァインまで戻ろうとしたところ、ギルドにゲーアノートの死体が運ばれてきたのである。


「やっつけたのは、【ガチ恋無用】? えらくぶっ飛んだ名前ね!」

「ドレイク族とも、仲良しみたいだね?」


【ガチ恋無用】なる一団の活動書を見て、オイゲンも舌を巻く。 


「そいつら、何者なの? 邪神の力を備えたドラゴンにも、勝っちゃうなんて。どこまで強いのよ?」


「やったのは、サヴだ」


 勇者ホルストは、恋した友人の名を口にする。


「うそでしょ。サヴが?」

「こんなマネができる人間を、オレは一人しか知らない。サヴで間違いない」

「まさか。サヴって、こんなに強かったの? ニンジャとはいえ、諜報任務がメインだったじゃない?」


 半信半疑といったカミラに対して、ホルストは確信を持って首を振った。


「カミラ、お前は知らないだろうが、サヴは素で戦うと俺より強いんだ。よく土をつけられたよ」

「冗談でしょ?」


 まだカミラは、ニンジャが勇者より強いとは思っていない様子である。


「どうして、あたしとは戦ってくれなかったわけ? 逃げているのかと思ったわ?」

「ケンカをする理由がないだけさ。無益な争いは好まない主義だからな。ゲーアノートを追い詰めたのも、サヴなんだぞ?」


 このオートマタの話になって、ようやくカミラも信じる気になったらしい。


「言われてみれば、そうね。ゲーアノートを敵と見なし、戦う理由があるのって、サヴくらいよね」

「ああ。だからサヴで確定だ」


 報告書を見ながら、カミラがハンと短くため息をついた。


「ねえ受付さん、サヴから何か連絡は?」

「【ガチ恋無用】様からですか? これといって、ありませんね」


 ギルドに伝えるべき情報が、遅れている可能性がある。この街にしばらく滞在して、もう少し様子を見ることになった。


「おやおや、勇者さま御一行ではありませんか」


 まるまる太った男性が、こちらに手もみで近づく。


「あなたは?」

「お初にお目にかかります。わたくし、ヨートゥンヴァイン出身の貴族で、エチスンというものです。お迎えに上がりました。本日は、我が別荘でお休みください」


 ほほう、エチスン……。


「ここへは、どういったご用件で?」

「取引です。ここでは海産物への輸出に」


 エチスンの案内で、山奥にある屋敷に招かれた。贅を尽くした宮殿といった感じである。


 お茶が運ばれたが、オイゲンは口をつけずに話を振る。


「ところでエチスン卿、ヨートゥンヴァイン王国の第二王子の結婚式は、盛大でしたな」

「……は?」


 まったく関係のない話を振られ、エチスンが呆気にとられている。


「なんでも、甘いものが苦手だという王子のために、シーフードパスタを固めてウェディングケーキにして振る舞われたとか」

「え、ええ。そうでしたな。どうしてその話を?」

「申し遅れました。わたくし、ファウルハーバーで男爵をしておりまして」


 名乗って、オイゲンが自身の身分を証す。


「あ、ああ! どこかで見た顔だと思いましたぞ! オイゲン男爵。王子の結婚式にご出席されておりましたな!」


 オイゲンの言葉に、エチスン卿が白々しく相槌を打つ。


「あんた貴族だったの、オイゲン?」

「まあね。地元じゃちょっと顔が知られているよ」

「それで、ウチのパーティにもすんなり入れたっとコト?」

「だいたい、そんなところかな? ねえ、ホルスト?」


 オイゲンが話をふると、ホルストが抜刀した。カミラが掴んだお茶のカップを切り裂く。


 取っ手を斬られたカップが、派手に床の上で割れる。


「ああ。エチスンとかいうヤツが偽貴族だってこともな!」

「な、なんのことですかな、オイゲン卿?」


 まだ、言い逃れできると思っているのか、エチスンが作り笑いを浮かべた。


「とぼけるな。お宅では、飲むと泡立つお茶を出すのか? 洗剤でも入れたか? 違うな。洗剤はこんなに臭わない」


 床に溢れたお茶が、白く泡立っている。異臭まで放ちながら。


「それにな、王子の結婚式は、内々で行われた。ごくごく親しい王族か、親族以外は入れなかったんだよ!」


 あのとき、式場にエチスンなどは出席していない。それを知っているのは、本物のエチスンだけ。


「俺たち勇者一行も、ボディガードとして外で待機していた。式典の内容は知らない。しかし、出席者の名簿はチェックしていたからな」


 ホルストに剣の切っ先を向けられ、エチスンは悪態をつく。


「男爵とやら、貴様もただの貴族だろうが! ならばなぜ、式の内容を知っている?」



「オレが、【ごくごく親しい王族】だとしたら?」



「なっ?」


 オイゲンは、腕にはめた王族の紋章入りのブレスレットを掲げる。


「それは、ファウルハーバー王国だけに装着を許された腕輪!」

「我が名はオイゲン・ファウルハーバー。国王の弟さ」

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