幕間 仲間激おこ

 魔術師オイゲンは、つい最近勇者ホルストたち率いるパーティ『鉄槌アイゼンハンマー』の一員として補充されたばかりの新入りだ。さる事情でソロ狩りを満喫し、気がつけば四〇を超えていた。この歳になって初めて組むことになったのが、まさか勇者一行だとは。


 オイゲンを含めた三人は、ファウルハーバーの城下町で宿を取っていた。


 三人分の酒と食事を手配し、オイゲンはおっさんなりに新米として気を遣う。


 勇者がブランケンハイムから戻ってきて、事情を説明した後である。


「あんたバカじゃないの!?」


 仲間の女ドワーフが、勇者の顔にジョッキの水をぶちまけた。


 勇者が、仲間の一人を追放したと言ったからである。


「まあ、いいじゃんカミラちゃん。強いボディガードも雇ったって、勇者も言っていたし」


 オイゲンが、ホルストのフォローに回った。


「よくない! サヴの偵察能力があったから、これまで乗り切ってこれたのよ! 魔王以外の悪だって、サヴがいなければ見落としていたわ!」


 カミラは、オイゲンの意見に反論してきた。

 やはり、新入りの言葉などには耳を傾けてくれないか。


 オイゲンは、彼ら勇者パーティでやっていけるか不安に思った。


 勇者ホルストは、魔王討伐の人を任されている。

 さっきの短気な僧侶は、カミラ・エクスナーという僧侶だ。


「あんたを雇ったのだって、そもそもサヴが仲間の一人に裏切り者がいるってわかったからなんだから!」

「そうなんだ?」


 聞けば、ホルストのパーティは事あるごとに揉めていたという。その発端が、前任の魔術師だったらしい。その男は、魔王と繋がって勇者たちを分断することが目的だったらしい。


 サヴというニンジャの少年が、その魔術師の悪事を見破ったという。


 真実を知ったホルストは、戦闘の末に魔術師を追放した。


 その補充要員が、オイゲンというワケだ。


「あたしはその魔術師が生理的に嫌いだったから、相手にしなかったけれど、ホルストはバカだから信じちゃっていたのよ」


 バカ呼ばわりされてか、ホルストが立ち上がる。


「仕事はしていただろ?」

「役割を果たしているからって、人間性まで肯定してはダメよ! 危うくパーティが半壊するところだったのよ!」

「王国に認められた人物だっていうから、信用していたんだ」

「その認められたやつを殺して、あいつはパーティに入っていたのよ! それを察知したのがサヴでしょ!」


 サヴは、加入予定だった人物が海で死体となって発見されたのを確認し、魔術師が怪しいと睨んだ。魔術師が王国と関わろうとしない点も、疑っていたとか。


「その子、見る目あるんだね?」

「でしょ? あんた見込みあるわね」


 それより、ホルストの人を見る目が壊滅的すぎる。


「サヴってかわいいのよ。うちのマスコットだったの。作るお料理も美味しいの。それを、何も理由を語らずに追い出しちゃうなんて」


 カミラの嫌味が止まらない。


 バツの悪そうな顔になって、ホルストは黙り込む。


「ところでさ、そのニンジャくんはなんでクビになったの? めっちゃ優秀じゃん」


 オイゲンは、事情を尋ねてみる。


 しかし、相変わらず固く口を閉ざし、ホルストは黙秘権を行使している。


「おおかた、『かわいいから自分の目の届く場所においておきたい』とかじゃないの?」


 ホルストが、酒を吹き出しそうになった。


「ちょっと……あんたマジなの?」

「ゲホーッ! そんなワケないだろっ!」

「じゃあどうしてよ?」

「言えない、事情があるんだよ」


 ホルストの言葉を聞きながら、オイゲンはなんとなく察した。


「多分さぁ、極秘任務とかやらせているんじゃない?」

「なによ、その任務って」


 やけ酒を煽っていたヘルマが、こちらの意見に耳を傾ける。


「オレらが戦う魔王ってさ、回りくどい作戦とか練ってそうじゃん。仲間に刺客を送り込むくらいだからさ」

「言われてみればそうね」


 半信半疑だったカミラも、真顔になった。これまでの経験がそうさせたのだろう。


「だしょ? なら、こちらの戦力を一旦削っちゃって、仲間割れしたって偽装するんだよ。そしたら魔王軍だって、油断するじゃん」


 これは作戦なのではと、オイゲンはカミラに説明する。


「どうだか。ホルストにそんな知恵が回るとは思えないけれど?」

「ホルストの提案じゃなかったら?」


 ジョッキを持ったまま、ヘルマが硬直した。


「まさか、サヴのアイデアだってこと?」

「そうそう! それそれ!」


 手を叩き、オイゲンはヘルマを指差す。


「だってサヴちゃんって、ニンジャなんでしょ? いわゆる斥候スカウトの上位互換じゃん。だから、相手を欺くなんて朝飯前なワケよ。孤立したと思わせて、相手が調子に乗ったところで一網打尽! とか考えていても、おかしくないんじゃね?」

「それもそうね! サヴの側から『追放してくれ』って打診してきた可能性を見落としていたわ」



 チョロいなー。

 オイゲンは、腹の底からそう思った。これは、仲間割れが起きても仕方がないかもしれない。



「まあなんだ。オタクらが何を考えているのか知らんが、のってやんよ」


 ホルストにそう告げて、オイゲンは眠ることにした。歳を取ると、酒が回るのが早い。




「実のところ、その子を手元に置いておきたいって方が正解なのかもねー」


 誰もいない廊下で、オイゲンはひとりごつ。


(第一章 完)

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