第3話 宣戦布告

 帰り道。振り返れば今日も散々な一日だった。いい事といえば、さっきのショックで固まるセイラが見られたくらいか。

 嫌いな人間の不幸くらいしか、このアカデミーでミソラが笑うことがない。残りは四面楚歌な状況でじっと耐え続ける日々。

 だが、授業が終わればそれらから解放される。家に帰れば明日の授業までは何の気兼ねなく自由を満喫できる。大嫌いなクラスの連中と顔を合わせずにすむ。

 そのはずだった。

「そこのミソカス女!」

 背後からキンキンした声が浴びせられる。

 知っている声のような気がするが、ミソラは振り返ることなく放っておいた。

「無視すんな!」

 バタバタ足音を立てて、人影がミソラの前へ踊り出る。

 ミソラと同じ制服、普通に知っている顔。

 何のことはない、クラスの女子である。それも嫌いな部類の。尤も、ミソラの中ではほとんどの人間が嫌いな部類に該当してしまうのだが。

 名前はルナ。今日の授業で試験管割って、あのセイラからのお咎めのなかった女子。

「あんた、人が呼んでるのにその態度何なわけ? なめてんじゃないっての」

 ミソラは深いため息をついた。そもそもルナは「ミソカス女」とは叫んでいたが、ミソラの名を呼んではいない。呼ばれていないから反応しなかっただけの何が悪いのか。

「ルナちゃん、待って! そんなに走らないでよ!」

 足音と共に遅れてやってきたのはあのクラウディアだ。ああ、本当に鬱陶しいのが来た。

「クラウディア遅い! 私はこいつに色々言ってやらないと気がすまないんだから!」

 ルナは興奮したサルのように顔を真っ赤にして、キーキー叫んでいる。

「あんたに笑われたって、セイラちゃんすっごく気分悪くしてるんだよ! その無神経な言動を直ちに悔い改めなさい! 皆が迷惑しているんだから!」

「は……?」

 人をミソカス呼ばわりする無神経女に、無神経と罵られる事自体突っ込み所しかない。

「あのね、ミソラちゃん」

 興奮気味のルナをフォローするように、クラウディアが割って入ってきた。

「本人いないのに言うのもなんだけど……セイラちゃんね、エディン君のことが好きなのよ。ミソラちゃんは知らないかもしれないけど」

 いや、知ってるけど。

「セイラちゃんね、すっごく本気でね……いつも気が強いけど、あの子、ああ見えてエディン君の事になると繊細で傷つきやすいって言うか」

「だから私たちがセイラちゃんをフォローするの」

 ルナが威張るように胸を張る。

 アホらし。

 ミソラの脳内に浮かんだのはその4文字であった。

 やることなすこと意味不明。あのバカ女の恋とやらになんでこっちが気を遣わなければならないのか。

 バカじゃないの。本当アホらしい。どいつもこいつも本当にウザい。いなくなってしまえばいいのに。消えてくれればいいのに。あの女

「死ねばいいのに」

 心の中で渦巻いている不満がついミソラの口からこぼれる。が、よりによってこぼれた言葉が「死ね」なのはまずかった。

 次の瞬間「あんた最低!」の叫び声と共に、ルナに突き飛ばされ、ミソラは地面に転がった。

「謝んなさいよ! セイラちゃんを悪く言うなんて許さない! むしろあんたが死んじゃえばいいじゃない!」

「ちょ、ちょっとルナちゃん!」

 クラウディアが仲裁に入るが、ルナの怒りはおさまらない。

「前々から思っていたけどさ、あんたはバカでクズのくせに生意気なのよ! 散々足引っぱって、今日だって宿題ろくにしてこなかったし、火事にはなりかけたのに謝罪の一言もないし。悪い事したらごめんなさいって幼稚園児でも言えるわ! もう、本当ムカつく! 存在そのものがムカつくわ!」

「ルナちゃん! あなたも言いすぎだから! 落ち着いてって!」

 なおも食ってかかりそうなルナを、クラウディアが必死で止める。

 ミソラは地面に座り込んだままだった。なんだか立つのもバカらしくなってきた。何でこんな意味不明の癇癪につき合わされなければならないのか。

「ああ、そういうことか」

 突如、ルナが冷ややかな笑みを浮かべた。

「あんたもエディン君の事狙っているわけね」

 何故そうなる。

 さすがにこれにはミソラだけでなく、クラウディアも言葉を失った。

「けどありえないから。月とスッポンどころの騒ぎじゃないから。あの天才でイケメンなエディン君がセイラちゃんよりもあんたみたいなアホを選ぶわけがないから。天地がひっくり返ってもありえない!」

 鼻息荒げながらルナは、激しくまくし立てた。

「身の程を知りなさいよ! あんたはクラスどころかアカデミー始まって以来のバカで能無しのミソカスなんだから! いい加減この場で認めなさいよ! 自分はうちらとは違う才能のないただのアホだって!」

「は……?」

 さすがにこれにはミソラも反応せずにはいられなかった。

「ルナちゃん、だからさっきから言い過ぎだって……」

「いーの、こんなバカには自分がクズだって認識しないと治しようがないんだから。ほら、言って見なさいよ、この身の程知らず! 自分はバカです、って!」

 ルナは目をぎらつかせながら、ミソラを見下ろしている。まるで、腐りきったゴミを見るような視線だった。

 全くもって気に食わない。気に入らない。視界に入れるのも嫌だ。この女、本当、死ねばいいのに。

 ミソラはゆっくりと立ち上がった。そして、無言でルナを突き飛ばす。

「ミソラちゃん! ちょ、何してるの!」

 クラウディアが倒されたルナを助け起こそうとしながら非難の声をあげる。

「……る」

「えっ?」

「証明してやる」

 そう言うミソラの声には、怒りがしっかりと込められていた。

「証明してやる。本当に愚かなのは誰なのかを。あのエディンにも分からせてやる」

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