第2話 粉砕される高望み

 その後、クラス中から罵声を浴びせられた上、実験器具の片づけを全て押し付けられたミソラは、教室の机の上でぐったりしていた。

 そして、やっぱりクラウディアはかばうどころか手伝ってくれさえしなかった。元々期待などしていなかったけれど。

「おーい、先日のレポートを返すから、番号順に取りに来い」

 担任教師の声に、ミソラはゆっくりと身体を起こす。

 確か古代魔術に関するレポートだ。結構頑張って書いたものなので、最高評価は取れなくてもそこそこいい線をいくのではないか、とミソラは予想していた。

「ほら、ミソラ・カスタム。お前の分だ」

 手渡しで返却されたレポートを、ドキドキしながら、そっと覗く。

 ……見たとたん、頭をガンと殴りつけられたような気分になった。

 評価はCマイナス。一番下の評価、つまりいつもどおりの結果だった。

 そしてコメント欄には「要点がまとまっていない」と一言書いてあった。

「なあ、評価どうだった? オレBプラス」

「僕も同じ。エディンは?」

「Aプラス」

「すっげー。さすがだな」

 横から男子達の会話が聞こえてくる。ミソラとは全く次元の違う内容の会話が。




 昼休み。一人の食事を終えたミソラは、屋上で寝そべりながらぼんやり空を眺めていた。

 この一人でいられる時間と場所が、彼女のささやかな安らぎであった。

 断じて誰もお昼に誘ってくれないとか、食堂で一人でいると友達がいない可哀相な人だと思われるのが嫌と言う訳ではない、というのが本人の弁である。

 ぽかぽか陽気の晴れた空には、黒い鳥の群れが見える。その横には消えかけた飛行機雲の線がうっすらと浮いている。

 ああ、空はいいな、とミソラは思った。

 ちょっと綺麗な色を出せば、自然の美とか言われてちやほやされるし、好き勝手に天気が変わっても過度に罵られる事もないし、世界中の誰からも「いなくなって欲しい」と言われる事もない。

 その中を、あの鳥の群れのように飛んで行けたら楽しいだろうな。落ちたら痛そうだけど。

 誰からも文句を言われず、時に美しいと称えられる無条件に絶対的な存在。

 あんな存在になれたら。

 途方もなく無茶な考えだが、ミソラの羨望は本物であった。そこまで行き着くプランなど全く考えてもいないのも彼女らしいが。

 午後の授業の時間が迫ってきたので、ゆっくりと身体を起こす。

 あいつらのいる場所に顔を出すのは苦痛だけが、そんな理由で授業をサボるのはもっと気に食わなかった。




「お。ミソカスじゃん」

 教室に向かう途中で、ミソラはクラスの男子と出くわした。

「この間のテスト結果、張り出されたぞ。おめでとう」

「おめ……なんで?」

「行けばわかる」

 男子生徒はニヤニヤと笑っていた。そこが何か引っかかるが、ミソラはパタパタと掲示板の方へ向かう。

 前のテストも、その前のテストも結果は惨敗だった。

 さっき返却されたレポートほど力は入れていなかったが、おめでとうと言われるのであれば、今度こそ期待していいのだろうか。いや、いつも通りの結果であればめでたくも何もないはずだ。きっとびっくりするほど順位が上がったとか、そういうプラスになる変化があったのだろう。

 掲示板の前へ行くと、ミソラは張り付くように結果順位表から自分の名前を探す。

 トップはあのエディン。次いでセイラ、クラウディアの名が続く。

 上の方にミソラの名はない。まあ、高望みはよくないな、と上から下へと1つ1つ見ていく。

 ない。ない。ない。ない……あった。順位表の一番下に。

「連続最下位記録更新おめでとう!」

 またもやぬか喜びであった。一瞬で心臓がぺちゃんこになった感覚に襲われる。

「ま、現実は甘くないこったな」

 男子生徒のいうことは極めて正論である。だが、正論だからなんだというのだ。

 人をここまで馬鹿にして。あいつもいつか何らかの形で仕返ししてやる。ミソラは唇を噛みながら教室へ戻っていった。




「ねえ、エディン君。今日返って来たテストなんだけど」

 放課後。妙に甘えた声で、美形の男子生徒に話しかけているのはあのセイラだった。

「物理の問24なんだけど、答え何にした? どうしてもそこが分からなくて」

 ミソラに対しての態度とは180度違う上に、声も1オクターブは違う。誰がどう見たって、エディンの気を引きたいのが見え見えだった。

「そこはテキスト第三元の最後のページの応用だ。隅に載っていただろう」

 エディンはセイラの態度には全く気にする素振りもなく、さらりと対応する。

「そっかー。あの公式を使えばよかったのね。さすがエディン君」

 セイラは頬を少し赤らめながら、自分でも(※あくまで本人が)可愛いと思っているこれでもかと言わんばかりの笑顔をエディンに向ける。

「あ、あとこの問題もなんだけど、定義がいまいち分からなくて」

 しかしこの女も性悪なくせに、男の前では媚びた動物みたいだよな、と二人の様子をミソラは遠目から眺めていた。

 客観的に見てもエディンは頭脳明晰、容姿端麗という高物件である。ミーハーな女子が放っておくはずがない。その中でもセイラは群を抜いて積極的であり、彼女の友人達もそれを応援している感があった。

 が、いくら応援してもどうにもならないのが恋というものである。

「お前の頭なら人にきかなくても少し考えれば分かるだろう。大体なんで俺に聞くんだ? 悪いがこっちとしても余計な時間を割きたくないんだが」

 うんざりと言いたげな顔でそそくさと教室を出て行くエディン。

 セイラはショックで固まっていた。ざまあ。ミソラは忍び笑いをした。

 そこへセイラの目線がミソラの方へ向けられ、「何笑ってんの!」とヒステリックな怒鳴り声が教室中に響いた。

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