ミソラ・カスタムの逆襲

最灯七日

第1話 研究室のミソカス

 ミソラ・カスタムは皆から役立たずの愚鈍なグズと評されていた。

 実際、彼女はクラスの中で一番成績が悪く、皆の足を引っぱってばかりだった。

 何度それを指摘し、改善を促しても直る傾向が一切見られず、とにかく何をやっても要領が悪い。

 更に悪い事に、彼女自身がそれを認めようとしなかった。

 いくら周囲に苦情や悪口を言われても、それを受け止めようともしない。なので周囲との溝はどんどん深まるばかりだった。

 役立たずでひねくれ者の、ボサボサ頭のチビ。それがミソラ・カスタム。

 時々意地の悪いクラスメイトから「ミソカス」と悪意を持って略される事もある。

 それでも彼女はめげないよう、必死だった。

 いつかこいつらを見返してやろう。見返した後にこいつらを立ち直れないくらいにバカにしてやろうと。それだけを夢見て。




「いい加減にしてよ。あんたって本当に最低だわ」

 研究室にヒステリックな声が響く。

 クラスのグループ研究で、各自資料を持ち寄ると言う分担になっていたのだが、ミソラの集めた資料だけ圧倒的に質も量も不十分だったのである。

「あんた以外の皆は忙しい中データ取ったり、レポート作ったりしてたんだよ。なのにあんたのこれは何? こんなのあってもなくても変わらないじゃない。つーか、使えない」

 続いて机をバシッと叩く音が響く。

 ミソラは机の上にばら撒かれた資料と何もない床を交互に見ながら、唇を噛んで耐えていた。目の前でわめいているクラスメイトのセイラの方は見ようともしない。

 これだから共同研究は嫌いだ。皆と協力して1つの研究をするにしても、何が悲しくて嫌いな人間と組まなくてはいけないのか。どうせこの女が偉ぶって命令するだけなのに。

「あー、もういいわ。あんたは資料室から実験器具取って来て。データの整理なんてあんたにはさせられないから。ほら、ボサッとしてないでさっさと行って!」

 有無を言うまもなく、ミソラは研究室の外へ放り出される。

 室内からはこちらをバカにするような笑い声が聞こえてきた気がした。




「あの女死ねばいいのに。死んじゃえばいいのに」

 ミソラは仕方なく実験器具を取りに行くべく、長い廊下をとぼとぼと歩いていた。

 ここ最近はずっとこんな感じだ。

 いや、それは嘘。ミソラがこのアカデミーの古代技術研究クラスにはいった時からずっとこうだったのが正解。

 皆は国家レベルで見ても将来有望なエリートに対して、ミソラだけが完全に落ちこぼれ。あまりの出来の悪さに放校処分の危機も何度かあった。

 そもそもこんな場違いな所にミソラがいること事態が不思議なのだが、彼女の場合、クラス選抜の試験に何度も落ち、それでも全く懲りずに試験を受けようとするものだから、丁度定員割れした時期に熱意を買われてクラス入りを許可されたのである。

 そのときは念願のクラスに入れて大喜びのミソラであったが、日が進むにつれて表情が乏しくなり、口数も減り、話しかけてくる人も減り、今では完全にいらない子扱いをする周囲をひたすら憎み続ける毎日である。

「あ」

 廊下の掲示板の前で足を止める。校内新聞が更新されていた。

 そのトップには『エディン・クリエート、金属成分抽出技術の論文を発表』と書かれてある。

「……またか」

 エディン・クリエート。ミソラのクラスメイトにして、ミソラとはありとあらゆる点で正反対の男。つまり、天才と称されるほど優秀な人物で、クラス中の人望を集めていて、おまけに長身のイケメン。世の中というのは全く以って不公平なものである。

 彼はこれ以外にも多くの論文や研究結果を発表し、しかもそれらは国家レベルで貢献している。

 ミソラは記事の概要を流し読みすると、エディンの顔写真を睨みつけた。

 見ていろ。こんなのよりももっとすごい功績を叩き出して、ぎゃふんと言わせてやる、と心に誓って。




 今から気の遠くなるほどの大昔。

 この国には魔法使いと呼ばれる人間がいて、彼らの力によって独自の文明を築き上げていた時代があった。わかりやすく言えば超古代文明というやつである。

 現代に生きる学者達は、それらを解明すべく古い遺跡や文献など、ありとあらゆる資料を追い求め、現代の知識と科学力を以って次々と古代の技術を再現していった。

 ミソラ達の所属するアカデミーのクラスは、その研究を行なう学者の卵集団である。

 天才・エディンのように、技術そのものの理論を確立させる者もいるが、ほとんどの者は学者達のサポートの為の検証データを集める事が日課となっていた。




「うぐぐ……」

 資料室に着いたミソラは、悪戦苦闘モードに入っていた。

 目的の実験器具セットは高い棚の上の方にあり、彼女の小柄な背丈では台の上に乗って背伸びをしても届きそうにないのである。

 あの女、こうなると分かっていて取りに行かせたな。

「わ!」

 無理な体勢によってバランスを崩し、ミソラは顔面から床に落ちた。

 ……全部あの女のせいだ。

「ちょ、大丈夫? ミソラちゃん!」

 顔を抑えながら声のする方を見ると、入り口にクラスメイトのクラウディアが立っていた。

「っていうか、実験に使うやつはそこじゃなくてその下にあるやつだよ。この前先生が場所を変えるって言ってたじゃない」

 クラウディアは室内に入ると、棚の下から大きなケースを引っ張り出した。

「ミソラちゃんはそっちを持って。重いからせーの、で持ち上げるよ。せーのっ!」




「それにしても、セイラちゃんもちょっと酷いよね」

 研究室へ戻る道中、クラウディアはこちらを気遣うようにそう話しかけてきた。

「根は悪い子じゃないんだけど、ちょっと言い方がきついのが玉に瑕なんだよね」

 ミソラは眉間にしわを寄せながら黙ったままだ。

 荷物が重いというのもあるが、何よりも不快なのは、横にクラウディアが居る事であった。

 クラウディアはセイラほどこちらを敵視しないしヒステリックでもないのだが、親切ぶった上から目線と面倒見てあげている感が見え見えの態度が、嫌で嫌で仕方がない。

「あんな言い方しなくたっていいのに。ミソラちゃんもよく耐えられるよね」

 そう思うなら面と向かって止めればいいのに。文句を言う割には一度もかばってくれた事なんてないくせに。

「でもミソラちゃんもやらないといけない事はやらないとだめだよ。一生懸命やってるのは分かるけど」

 絶対分かっていないだろう。見え透いた嘘を言うな。

 ミソラは深いため息をついた。

「あ、ほら落ち込まないで。ちゃんとしっかりやればセイラちゃんだって認めてくれるよ、きっと。」

 今のは落ち込みではなく、うんざりと言う意味のため息だ。

 ついでに言えば、あの女と仲良くなるくらいなら死んだほうがマシだ。

「ミソラちゃん? さっきから黙っているけど、大丈夫?」

「……別に」

 何で黙っている事が異常前提で喋っているんだ、この女。

 ミソラは早く研究室へ着かないかな、と思った。研究室へ戻った所でまたセイラのヒステリックな罵声を聞く事になるんだろうけども。




「きゃあ!」

 パリンという音と共に、ガラスが飛び散った。

「あーあ、やっちゃった……ごめん、セイラちゃん。試験管落としちゃった」

「大丈夫? すぐホウキ取ってくるから、触っちゃだめだからね」

 セイラは掃除道具を持ってくると、テキパキとガラスを片付ける。

 なんだ、あの態度。

 ミソラは横目でその様子を見ながら、軽く悪態をついた。

 明らかに自分と他の人とではセイラの態度が違いすぎる。

 試験管を割ったのがミソラであれば、例えわざとでなくても罵倒されるのは間違いない。

 おそらくクラウディアがセイラに強く出ないのも、クラウディア自身が彼女にきつく物を言われた経験がないからであろう。

 そんなことを考えていると、ミソラはイライラしてきた。

 イライラしすぎて、目の前にあるアルコールランプの状態には気付かないくらいであった。

「ちょっとミソラちゃん! 火! 火! 焦げてる! 早く消して! ってなんで吹き消そうとするの! あー、もうっ!」

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