第4話 下剋上計画開始
翌朝。ミソラがルナに言い放った事はあっと言う間にクラス中に広まっていた。
「マジかよ。エディンにまで喧嘩売るなんてどんだけ身の程知らずなんだ」
「身の程知らずどころかバカだわ。そんでもってムカつく」
「まあ、どうせハッタリだし放って置こうぜ。エディンだって相手にしないだろ、あんなの」
本人が同じ室内にいるのにもかかわらず、好き勝手言い放題である。
ミソラは席に座ったまま、机に広げっぱなしのノートの余白をずっと睨みつけていた。
ああ、うるさい。どいつもこいつも頭悪いくせにバカにして。
どうやって黙らそうか。こいつらに、自分が受けた屈辱以上の敗北感を味わわせるにはどうしたらいいのか。
目的を言うだけならば簡単である。人は自分より遥かに格下で、馬鹿にすらしているような存在に自分の地位をひっくり返される事が最大の屈辱となりうる。それも、相手がゴミやらカスやら人扱いすらされていない人間であるほど効果覿面である。
要はミソラが、誰もが認めざるをえないほどでかい功績を作ればいいのである。
では、どんな功績を残せばいいのか。
やはり、アカデミーの事なので、アカデミーに関した事柄でなければ効果がない。
となると、テストで1位を取るか、エディンみたいにレポートで表彰されるか。
だがテストはこの間やったばかりなので当面無いし、最下位からいきなりトップになっても、周囲は称讃よりも先にカンニングを疑うだろう。それに現実問題、エディンと真っ向勝負した所で勝算も薄い。
それならばレポートか。
だがそれもすぐ却下した。仮に称讃されたとしてもクラスの連中はミソラのレポート内容を読むだろうか。高確率でスルーされる可能性のほうが高い。
そうなると何が一番いい方法なのか。一目で凄さが分かるほど、インパクトの強い功績とは何か。
ミソラはうつむいたまま考える。周囲で騒ぐ雑音などもう耳には入らない。
そうだ。発明品だ。ミソラの目が見開かれる。紙切れに載った文章より分かりやすく、効果をその目で見れば一発でそれの良し悪しがわかる。
これで決まった。あいつらを惨めな気分に叩き落す計画が。
ノートの余白に「発明品」の文字を書き込み、ペンで何重にもぐりぐりと輪で囲む。むしゃくしゃした気分が一気に晴れた気がした。
よし、今日はいいことがあるかもしれない。実に晴れやかな気分でミソラは顔を上げた。
「?」
周囲を見回すと、教室にはいつの間にか誰もいなかった。もう授業が始まってもいい時間なのに。
どういうことだと考えていると、ミソラは次の授業が移動教室であったことを思い出した。
己の思想にどっぷりと浸かって、周囲の動きに全く気付かないのがミソラクオリティであった。
やることは決まった。後はそれをどう作るかだ。
昼休み、ミソラは昨日と同様屋上で食事をとり、一人空を見上げていた。
その傍らには、さっき購買部で買ったばかりの鍵つきのノートファイルが開きっぱなしになって置かれていた。
真新しいページには乱雑な文字とよく分からない図解らしき落書きがぐちゃぐちゃと埋め尽くされている。
題材は既に考え付いた。
注目を尤も浴びる題材。それは多くの人の夢とロマンが入ったもの。
ミソラがチョイスしたのは、空を飛ぶという「夢」。
もちろんこの世には、飛行機もパラシュートもグライダーも存在しているので、そういった乗り物を作っても仕方がない。第一、規模が大きすぎる。
それになんだかそういった乗り物は男臭過ぎる。やるならばもっと見た目が綺麗で可愛げのあるものの方がいい。
やっぱり自分自身がふわふわと空に舞っている様な、メルヘン路線がベストだ、とミソラは頬に風を感じながら考える。
風に乗って、何処までも高く、あの綺麗な青空を自由に飛べたら。
ファイルの新しいページに、ミソラはなにやら描き始める。
「これだ」
満足げに頷くミソラが描いた図面は、どう見ても棒人間の首から三角形が左右に1つずつくっついた謎の絵である。
この絵心の欠片もない図面を解説すると、彼女が描いたのは背中から翼を生やした天使である。
きっと他の連中にこんな物を作るといったら、間違いなく似合わないと笑われるだろう。
だが、だからこそやりたいのだ。誰もが羨むほどの美しい物を自分自身の手で作り出してこそ意味がある。
そうだ、どうせなら翼の色もありがちな純白ではなく、キラキラ輝く虹色にしよう。色があったほうが目立つし、インパクトもある。
ついでに、ボタン1つで翼が広がった方が素敵だ。
質量保存の法則を無視しまくっている演出を連中に見せたらどんな顔をするだろうか。
ミソラの妄想は、昼休み終了のチャイムが鳴るまで止まらなかった。
それから3時間後。
ミソラは図書館の本棚の前で悪戦苦闘していた。
やはり、彼女の背では高い位置にある本が取れないのである。
しかも棚にぎっちりと本がつまっているせいで、引っぱってもびくともしない。
この本が研究に必要だというのに! 無理な体勢のまま、ミソラは憤慨していた。台の上で背伸びしたまま、分厚い本に手をかけた状態で動けない。
数分ほどその状態が続き、やがて本がみしみしと音を立て始めた。よし、びくともしないと思っていたけど、このまま引っぱれば。
そう思ったとたん棚から本がすっぽ抜け、その拍子にミソラが台から落ちた。ワンテンポ遅れて棚にある本が、ミソラの身体に降り注ぐ。
大惨事だった。
幸い打ち所は良かったらしく骨が折れたなど大きな怪我はないものの、それでも痛いものは痛い。
「うぐ……」
ミソラは痛みを堪えながら身体を起こす。と、視界にすらりとした手が入ってきた。
「大丈夫か?」
顔を上げると、そこには青い男子用の制服に身を包んだ見知った美青年・エディンがいた。物音に駆けつけてきたようだ。
「起きられるか?」
容姿に釣り合う美声が、ミソラに向けられてる事に気づくまで数秒かかった。いつものクラスメイト達の罵倒や軽蔑の意志が一切混じっていない声に、ミソラの顔の体温が一気に上昇する。
「立てるから、いい」
ミソラは熱を振り払うように立ち上がる。とにかく散乱した本を片付けなければ。
「いや、お前の背でそれを片付けるのは無理だろ。俺がやっておくから必要な本を持って行け」
「う……」
うるさい、と言い返したかったが、エディンの言っていることは事実であった。背丈も、エディンのほうが40センチくらい高い。
ありとあらゆる意味で負けた気分だった。しかも優秀でちやほやされているだけでなく、美青年なのが腹が立つ。その気もないのに無駄に緊張してしまう。
だが、ミソラは負けるわけには行かなかった。エディンを上回る功績を作ることがミソラの最大の野望なのだから。
「こ、これで勝ったと思うなよ!」
「いや、意味が分からないし」
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