第385話 隠し球と遊馬のメッセージ

 あの後、帰り道で寄った解体屋さんで悠梨が目的のR33の改造車を見つけたんだけど、結局陽が落ちてきたので、翌日に持ち越しになって、日曜日は午前中から解体屋さんに行くハメになっちゃったんだ。

 残念なことに左前がぶつかっていて、インタークーラーも一緒に潰れちゃっていたので使えなかったけど、柚月が見たら純正だったから別に潰れてても問題なかったんだよ。

 でも、そこに繋がるパイプがアルミ製の社外品だったから、それとラジエーターの整風版もついてたからって、それを外してた。


 そのパイプを外しているのを見て、私はふと思ったことを言った。

 あのさ、私らの車って前置きインタークーラーにした方がプラグの上を跨いでまたいでるパイプが無くなって、プラグチェックしやすいんじゃね?

 すると、悠梨と一緒にパイプと格闘している柚月がニヤニヤしながら


 「マイ~、ホントにそう思う~? じゃぁ、これ見てみてよ~」


 と言って、隣にある紫色に塗られたR32の解体車を指さした。

 バンパーいっぱいにせり出しているインタークーラーが見える事から、間違いない個体だね。

 私はおもむろにボンネットを開けて、エンジンを見ると納得してしまった。

 あぁ、そういう事ね……と。


 そのR32のプラグカバーの上には、デーンとパイプが跨がっていて、途中まで純正と同じレイアウトになった後で、突然曲がってエンジンを再び跨ぐようにしてインタークーラーへと接続されていた。

 その根本を辿っていくと、純正の空気を採り入れるタンクの出口が、プラグ側を向いているためにこういう現象が起きている事が分かった。


 「マイ~、分かった~? サージタンクの向きが変わらない限り、難しいんだよ~。しかも、そのパイプ形状が複雑なせいで~前置きはレスポンスが悪くなるしね~」


 柚月が補足した。

 うん、見ていると何となく理解できるよ。

 純正のサージタンクとかいう物の口の向きのせいで、凄く複雑な取り回しになっている前置きインタークーラーのパイプは、長くて曲がりくねってるから、細かい動きに対応し辛くなっちゃってるんだよね。


 なるほど、私の車の今後についてもヒントになったぞ。


 悠梨はおじさんに、今日の話とタービンの話をしていた。


 「おぉ~、沙和子のR32な。確かにあれはタービンが変わってる。アレを味わっちゃうと、ノーマルのR33じゃ辛いな」


 と言って、少し考え込むと


 「よぉ~し! おじさんがなんとかしよう。ただし高いぞ」


 と言って、片手を開いて見せた。

 5万かぁ……確かに、ここではなかなか見られない価格だね。でも、柚月が小声で


 「ショップなら~、タービンのチェックだけで、そのくらい取られるよ~」


 と言ったので、やっぱり爆安なんだよね。


 結局悠梨は、おじさんにお任せして、いつものようにある時払い分割にして貰ってたよ。

 今日もサラッと言ってたから聞きそびれちゃったけど、なんであのおじさんは水野の事を下の名前で呼ぶんだろう? そしてなんで水野の車の仕様を知ってたんだろう? 

 あ、そろそろバイトの時間だ。柚月、行くよ。



 月曜日に水野に車を返却した時に、今回の狙いについて訊いてみた。


 「他意はないぞ。色々な仕様を知って、今後の参考にして欲しいだけだ」


 水野曰く、あの車で色々とやっていくと、あるところで壁にぶち当たる時が来るそうだ。

 その際に、どこに不満があって、どうするのかを決めてやっていくのと、闇雲に上を求めてさまよい続けるのでは、時間とお金のかかり方が大きく変わってくるので、その参考資料として貸してみせたのだという。


 「この手の車遊びは、バランスを求めて長く楽しむか、バランスを崩したものに刺激を求めて……を繰り返すかだ」


 水野はいつものような一本調子でボソッと言うとフッと笑みを浮かべたように見えた。

 

 教室に戻るとLINEがきた。

 あれ? 兄貴からだよ。

 あぁ、そう言えば、水野のR32に乗った後、私の車の仕様について訊いたんだったね。

 最近、少しは分かるようになったんだけど、兄貴の書いてくる用語には難解なのが多いね……あぁ、ちょうど良いところに豚……じゃなかった、柚月がいたよ。


 「マイ~、なにか言った~?」


 いや別に、それよりも柚月、これの意味って分かる?

 私はスマホを柚月に渡してみせた。

 柚月はそれをじっくりと読むと、わなわなと震え出した。

 

 どしたの柚月、そんなに衝撃的な事が書かれてたの? それとも、もしかしてクスリが切れたの?


 「クスリなんてやってない~!」


 それじゃぁ、どうしたのさ?

 え? 私の車の諸元が、あまりに凄すぎてその不条理に震えてたんだって?

 なに言ってんのさ柚月。柚月の家の方がGT-Rがあるから良いじゃん! なに? そういうのとはまた違うって? 私にも分かるように言いなさいよ。


 柚月からスマホをひったくって、その内容を見ていた優子も驚いた表情になり


 「ええっ!? マイのR32って、そんな事してたの?」


 と言って驚き、そして次の瞬間


 「さすがマイのお兄さん。やっぱり一味違うよね」


 と言ってうっとりしていた。

 あぁ、兄貴のシンパの優子は手に負えないよね。

 あんなカークラッシャーに心酔していると、いつの日か優子までカークラッシャーになっちゃうからね。


 すると、優子が言った。


 「マイには、やっぱりお兄さんの偉大さが分かってないんだね。あのR32は一度エンジンを降ろしてオーバーホールした上で、ポート研磨とピストンからクランクシャフトに至るまでバランス取りして組み直してるんだよ!」


 いや、だからその意味が分からないんだよ。

 オーバーホールは分かるよ。分解整備の事でしょ。

 でも、後の用語が分からないよ。


 ポートはエンジン内の通路みたいな所で、本来量産車のエンジンは機械成型されるから、若干バリが出たり、出来上がりにバラつきが出るんだけど、それを手作業で磨くのがポート研磨だって?


 そしてピストンは、機械成型されるから、その重量には若干のバラつきが出るんだけど、それだとエンジンのレスポンスが落ちるから、一番軽量なピストンに重量を合わせるのがバランス取りだって?


 「しかも~そのピストンも純正品じゃないし~」


 そうなの?

 それから、ピストンに限らずクランクシャフトやコンロッドっていうピストンの下側の部品までバランス取りしてあって、徹底的にレスポンスが追及されてるんだって?


 「あぁ、だからマイの車だけ高回転まですんなりと回るのか」


 結衣が言って、更に優子が言った。


 「しかも、その上でタービンもF1タービン使ってるし!!」


 え? なにそれ? 兄貴のLINEには『タービンはRX6』って書いてあったよ。だから、RX-7用の間違いでしょ……って痛っ!


 「なんでマイはそこまでバカなの? 悲しくなっちゃうよ」


 いや、優子の言ってる事の方がいちいち意味が分からないよ。

 どうしたの悠梨?


 「だから、F1タービンっていうのは通称で、正式名はRX6タービンなんだよ」


 そうなの?

 その昔、F1マシンにツインターボで装着されて1000馬力を叩き出したっていう凄いタービンなんだって?


 「つまりは~、マイのお兄さんは~、それを封印してるんだよ~。だから、ステップアップするには~、それを解放するだけってこと~」


 みんなの話によると、兄貴はそれをコンピューターの設定と、燃料を供給するインジェクターを替え、ブーストコントローラーをつけることによって開放できるようにしているらしい。


 話を総合すると、兄貴はあの車にまだ隠し球を仕込んでいたから、私の車にはまだ伸びしろがあるって事なのね。

 

 正直、それ自体は楽しみなんだけど、私自身がまだこの車にそんなに不満を感じてない今の段階では宝の持ち腐れなんだよね。

 まぁ、折角あるんだから1回味わってみたいなとは思うけど、それが果たされるのは一体いつになるんだろうね。


 ただ、兄貴が前に言っていた『この車には、走る楽しさの原点が、低くないバランスで詰まってる』っていう意味は分かった。

 あの兄貴がいう『低くないバランス』ってのは最低このくらいなんだよね。

 

 ──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『舞華の車って、そんなに凄いことがされていたの?』など、少しでも『!』と思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。 

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