第377話 黒い腕と黒い虫
ガレージに戻ると、既に柚月もアームを取り外していた。
「どうするの~?」
ぶっちゃけ、柚月の方はそんなに剥げてる訳でもないから、この後の工程をすっ飛ばしても問題ないんだけど、ここは足並みを揃えよう。
どうするかは、柚月だってプラモが得意なんだったら分かりそうなものじゃね?
「あぁ~、削って塗る~?」
そういう事。
まず私らがお手本を見せるから、柚月もそれに倣ってやってみてね。
まずは削りなんだけど……そうだな。
私はガレージ内を見回しているうちに、ふと思い出したことがあって、シンクの上の棚を開けた。
その中のある物を取り出すと言ったんだ。
これだよ、これ。
「スチールウール?」
優子が訊ねた。
そうだよ、台所なんかで使うスチールウールなんだけど、これが、ワイパーくらいの薄い塗料を剥がすのにはちょうど良いんだ。
紙やすりだと、物凄く細かい番手にしないと地金に傷が入って筋だらけになっちゃうこともあるからさ、家にあるならこれがベストだし、100均にも売ってるからね。
まずは、スチールウールでサビの酷いワイパーアームをスーッと擦っていったよ。
見てよほら、ボロボロとサビが落ちていって、輝く銀色になったよ。そして、どうせ全体を塗るんだから、段差になる上、剥がれやすくなってる元の塗装も剥いじゃおう……えいっ、えいっ!
どうよこれ!
「おお~!」
柚月が大袈裟に言うほど、ピカピカに輝く銀色だったんだ。
それじゃぁ、次は2人のどっちがやる?
「私がやる~!」
柚月がスチールウールをひったくるように取ると、擦り始めた。
さて、次の工程は洗浄ね。
柚月は作業しながら耳だけこっちに向けててね。
さっきの工程でサビや塗装は剥がれたけど、その粉が本体にたくさん付着してるから、ここからの作業で綺麗にするのと、表面の油分を取り除くんだ。
ここで登場するのが中性洗剤。
ぶっちゃけ、車の中に1本は欲しいよね。100均なんかで売ってるから、このお皿洗い用の中性洗剤は車のあちこちで使うんだよ。
「でもマイ、車のボディをそんなもので洗ったら……」
誰もボディ洗い用だなんて言ってないよ。
例えば洗車した後に内装を拭く時に、よく絞った雑巾に1滴たらすだけで、内装のくすみや汚れが落ちるし、樹脂部品の洗浄の時にだって使えるよ。
あと、オイル交換後に手についた油分を、取り敢えず飛ばす時にも重宝するし、お皿洗い洗剤最強説は、車に乗るものの基本と言ってもいいんだよ。
「でも~、マイは車に乗り始めた頃~、それでボディ洗おうとしてたじゃん~!」
柚月うるさいっ!
“バシッ”
「痛いよぉ~」
口じゃなくて手を動かしなさいよ! 手を!
それじゃぁ、早速ゴシゴシゴシ……、そして水で洗い流したいところだけど、既にサビが発生していた事を考えると、水洗いは避けたいから、よく絞った雑巾で拭き取っていこう。
……よしよし。
念のため、しばらく乾かしてから次の作業に入ろうね。
その間で、私はガレージの中を探し回ってみたよ。
◇◆◇◆◇
はぁはぁはぁ……。
やっぱり、徹底的な掃除が必要なのかもね。隅に固まってるオイル缶を動かしたら、黒い物体が飛び出して来てさぁ、上手く避けたからいいものの、あぶなく私のボディに着地するところだったよ。
「私の顔に止まったじゃないか~!」
知らないよ、それは柚月が避けるのが遅かったからだろ。
私は言ったよ『危ない! ゴキブリだ!』って。
まぁ、なんにしても被害が無くてなによりだよ。それに、柚月は虫にも愛されてるって事が証明できたじゃないか、これぞムシキングだね。
「全然~嬉しくないよ~!」
さて、必要なものは手に入ったよ。
ビニールひもに、つや消し黒のスプレー……と。
まずは、ビニールひもで輪っかを作って、ワイパーアームのボルト穴の所に通すんだよ。
そしてその輪っかを持ってスプレーで塗装するんだ。
こうすれば垂れない程度に薄く重ね塗りできるし、影になる部分が無いから、塗りムラも少ないでしょ。
「そうだね~」
そして、更に、輪っかを木の枝とかに引っ掛けておけば、乾燥するまで手がフリーにもなるんだよ。
「マイ、頭良いなぁ~」
まぁね!
ここで注意点は、面倒だからって、つやありの黒、ましてやメタリックやパールの入った黒でなんか塗っちゃダメだよ。
「なんで~?」
うん、それじゃぁ、それを解決させるために逆質問だよ。
レースカーとか、軽量仕上げのボンネットにつや消し塗装が多い理由って、なに?
「カッコ良いから~」
ばかぁっ!
“ドスッ”
「痛いよぉ~」
当たり前だ! 真面目に考えろ!
おっ、優子先生の手が挙がった。
「日光とかの反射を防ぐため……かな?」
大正解~!
それでは、不正解の柚月さんの持ってたドリンク無料券が優子さんに移動し、優子さんの持っていたゲンコツ100発券が柚月さんに移動しました~。ピロリンピロリンピロリ~ン。
「納得できない~!」
勝負の世界は、非情なものだよ柚月。
まぁ、本題に戻るとそういう事なんだよ。
銀色のワイパーが、つや消し黒で塗装されるようになった理由もそこね。
だから、つやのある黒や、メタリックやパールの入った色で塗ったら逆効果になるんだよ。
パールやメタリックは論外ね。あれが反射して目に飛び込むと、目がチカチカして運転どころじゃ無くなっちゃうからね。
ちなみに、昔の車はワイパーを黒くする発想が無くて、レースやラリーのフィードバックで黒く塗る事を発見したんだよ。
だから、'80年代前半の車なんかは、普及グレードは銀色のワイパーアームで、スポーツグレードや上級グレードにはつや消し黒のワイパーアームが採用されてたんだ。
カタログの巻末の装備リストなんかに『ブラックワイパー』なんてわざわざ表記してたくらいだからね。
「そうなんだね」
そうなんだよ、優子。
だから、ちょっと前にわざわざワイパーのアームを銀色に塗ったり、ピカピカのカッティング貼ったりするのがいたけど、無知って怖いよね……って思っちゃった。
それって、カッコ良いと思って、ナイフや包丁の刃をネックレスに下げて歩いてるみたいなもので、百害あって一利なしなんだよね。
「ほぇ~」
「マイのそういう時の例えって、実際にいそうにないけど、妙に分かりやすいよね」
そりゃぁ、そういう事してるくらいあり得ないって例えなんだから、いそうな例え出しても仕方ないじゃん。
まぁ、先人の知恵や勝ち取った権利をむざむざ捨ててるって意味では、今時分、ムーバのケータイ持って街中を歩いてるくらい無意味って事かな。
「それ、使えないじゃん~!」
そういう事だよ。
レトロでカッコ良いつもりで持ってるのかもしれないけど、停波されてて使えもしないケータイに何の意味あるのってくらい、さっき言ったような改造には意味が無いって事だよね。
さて、そろそろ乾いたかな。
乾いたら、塗りムラがないかチェックして、今度は逆の要領で取り付けるんだよ。
そして、取り付けたらきちんと動くかチェックだよ。
「そりゃぁ~、動くに決まってるっしょ~」
へらっとしながら言った柚月だけど、キーオンにしてワイパーを動かしてみたら、助手席のワイパーしか動いていなかったよ。
「なんで~?」
きちんとスプラインに噛んでないからだね。
もう1回やり直してチェック……よしっ! 動いてるね。
そして、ナットをきちんと締め込んだところで、つや消し黒のタッチアップペイントでナットの塗装はげを塗ってやれば、この作業は完成だよ。
「やった~!」
それじゃぁ、今度は教習車のワイパーを付けちゃおう。
──────────────────────────────────────
■あとがき■
お読み頂きありがとうございます。
『続きが気になるっ!』『ワイパーの色について、勉強になった!』など、少しでも『!』と思いましたら
【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。
よろしくお願いします。
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