第376話 立つ鳥と黒い腕
もう2月なんだね。
高校生活も、あと残すところ1ヶ月ってなると、あっという間だったなぁ……って思うと同時に、なんか名残惜しいような気がしてきちゃうねぇ……。
私は部活を2回も変わるハメになるし、なんか、部活動ではロクな目に遭ってこなかった気がするよ。
「そんな事、ないでしょ~。自動車部は面白かったでしょ~?」
柚月がいなければね。
「なんで~、そうなるんだよ~!」
だって、コイツは最初から無理矢理私を部に入れるし、最初の活動日には悠梨と2人で人の下着を覗くし、第二練習場では単独事故起こして2年生の走行時間をおジャンにするし、ホントにロクでも無い奴なんだよ!
“ビシッ”
「痛いったら~!」
フンだ! 私は最近芙美香にまでサディスト認定されて気が立ってるんだ。目障りな奴はみんなこうしてやる!
大体柚月はマゾヒストなんだから、大人しく殴られてろよ。
「私は~、マゾヒスト部じゃない~!」
ハイハイ。
さて、もうこの部室やガレージに来られるのもあと僅かなんだよねぇ……。
部室の壁を悠梨が勝手に塗っちゃってさ、あの時もこっぴどく叱られたんだよなぁ……そう考えると、やっぱり自動車部でもロクな目に遭ってないよ。
さて、今日1、2年生は、県庁のある市の学校で開かれている交通安全技術大会ってのに出場してていないんだよ。
私らの県の学校って、バイクや車での通学を奨励してるから、こういう大会ってのも存在するんだよ。
去年までは、生徒会が貧乏くじを引いて出てたんだけど、今年は自動車部があるから任せちゃおうって魂胆で、押し付けられちゃったんだよね。でもって、ここで良い成績残せば、部費の増額も見込めるし、部員の交通ペナルティの車両通学禁止期間も、お目こぼしがあるんだから、悪くないと思うんだよね。
だから、今日は私ら3年生が、1、2年生に何かを残していこうと思ってやって来たんだ。
もう卒業制作は、セフィーロとブルーバードっていう2台の4WD車の製造と寄贈っていう形で果たしてるから、良いんだけど、それ以外で何か役立てることがないかと思ってね。
早速悠梨は、塗装ブースのガタを見つけて結衣と一緒に修繕に入ってるから、私ら3人で出来そうなことを探してるんだ。
「ちなみに、私は個人的に部に貢献するんだ」
なに優子? どんなことで貢献するっていうのさ。
え? お祖父ちゃんのクルーを寄贈していくんだって?
そうなの? もう、お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも使わないから、家に置いておけないって話になってるんだけど、走行距離も7万キロで綺麗だから潰すのは勿体なくて、どうしようかと思って燈梨と水野に相談したんだって?
そうなんだ。でも、GTEとクルーの立ち位置が似てきちゃうね。同じエンジン積んでるしね。
「まぁ、色々燈梨ちゃん達も考えてるみたいだよ」
ふーん、春からはもっと面白い活動をやって部員も増えると良いなぁ。
取り敢えず、部室とガレージを見回ったんだけど、部員数が多いから掃除とかも行き届いていて、私らに貢献できることは無さそうなんだよなぁ……。
整備や修理でもしたいところだけど、今日1日で出来る範囲って結構難しいんだよねぇ……。
取り敢えず、春先にやったきりになってた、ガレージにあるシンクの排水パイプの掃除でもしようか?
きっとそれなりにやってるとは思うんだけどね。
◇◆◇◆◇
いやぁー、結構詰まりかかってたね。
どうやらパイプ掃除はあまりやってなかったみたいだね。今度燈梨に言っておこう。
他にやることがないかを考えて、ガレージ内と外の車を見た時、1つだけ、気がついた事があった。
うん、これなら今日の時間でも充分できるね。
「なに~?」
柚月、これだよ。
私は、ガレージ内にあるGTEのワイパーを指さした。
「ゴムは~大丈夫みたいだよ~」
そんなところは、1年生が真っ先にチェックするでしょ。根元の話だよ。
私は具体的に指さしてみせた。ワイパーのブレードよりも下のアームの塗装が剥げて、銀色の地が露出していたんだ。
「あぁ~」
これって、地が出てると露骨に『ヤレてます』って感じがしちゃうでしょ? だから、これを綺麗にしておくと、同じ車でも5割増しで引き締まって見えるんだよ。
「マイ、ちょっと来て」
え? 優子なんだよ? これからワイパーアームの塗装に入るんだからさ、邪魔するなよ……って、ここは練習場じゃないか?
「こっちなんて酷いよ」
優子が指さした教習車の運転席のアームは、GTEのを通り越して真っ茶色になっていた。
あぁ、塗装はげを放っておいてサビちゃったんだね……。
私は、サビた位置を指で弾いてみて様子を見てみた。
表面サビだけだね、よしっ、こっちも一緒にやっちゃうよ。
柚月、ちょっと私は優子と教習車のアーム外すから、柚月はGTEのをお願いね。こっちを外したら、そっちに行って一緒に塗装するから。
「おっけ~」
よし、そうと決まれば優子、ちゃっちゃとやるよ。
ワイパーのアームは、根元のナット1つで留まってるんだけど、ナットを外すだけでは取れないんだよ。
「どういう事?」
ワイパーって動いてるでしょ? もし、普通のボルトナットだけで留まってたとしたら、アームに対して動力のロスが出ちゃうし、動いているうちに緩んできて、アームが飛んで行っちゃう危険性だってある訳だよ。
なので、ステアリングと一緒でスプラインっていうギザギザに嵌まってるんだよ。このスプラインから外してやらないと、外れないんだよ。
「どうやってやるの?」
ワイパーのアームって、掃除とか交換の時に立てられるように根元にバネが入ってるんだよ。だから、それを利用して、ワイパーを立てるための折り目の所を上からグイグイと何度も押してあげると、少しずつ浮いてくるんだよ。
「分かった! ステアリング外す時の要領だね」
そういう事。
えいえいえいえいえいえいえいえい……。
“ガコッ”
ホラ、外れた。
「こっちも取れたよ」
よしっ、さしもの優子でもこのくらいは外せるね。
「うるさいよ!」
それじゃぁ、今度はワイパーをブレードごと外して、外したブレードは窓の所にでも置いていっちゃおう。今回の作業では使わないから。
「なんで、先に外さなかったの?」
今の作業やってて分からなかった?
スプラインから外すのにガシガシと押し付けてた時に、ブレードより先が無かったら、アームの鉄とガラスがガンガンぶつかり合うんだよ。下手したらフロントガラスが割れちゃうからね。
「このアームって、どっちがどっちなの?」
うん、自分一人で作業するなら目印を付けるなりして覚えておくっていうのが一番だし、もし忘れたとしても、アームに書いてある場合が殆どだよ。
「そうなの?」
大半の車の場合、メーカー名とかが打刻してある付近に、DとPってなってる場合が多いよ。
「Dはドライバーで運転席側だろうけど、Pって?」
パッセンジャーの事だろうね。
乗員や乗客って意味だから、後者の意味で使ってるのかな?
ナットを、無くさないようにさっきのネジ山に噛ませておいてから、柚月に合流しようよ。
「待ってマイ、このナットは塗装しないの? 剥げてるよ」
良いところに気がついたね優子。塗るよ。
だけど、塗った後にまたレンチ当てて締め込むと、やっぱり剥げちゃうでしょ? だから、締め込んだ後に塗るんだよ。
「そうか! でも、なんでマイはこの作業にそんなに詳しいの?」
それはさ……兄貴のヤツの影響だよ。
アイツはさ、いつもいつも車をぶっ壊しては、同じような年式の車を引っ張ってきて乗ってたから、大抵車が来て最初の作業はこれをやってたんだよ。
「そういう事なんだね!」
優子、兄貴のシンパはやめた方が良いって、何度言ったら分かるんだよ。
兄貴はいつも芙美香に怒られてたからね。『そんな事気にするよりも、車自体を壊さない事を考えなさい』ってさ。
「マイはね、お兄さんの凄さが分かってないんだよ! 勿体ない!」
あーあー、聞こえない聞こえないー!
──────────────────────────────────────
■あとがき■
お読み頂きありがとうございます。
『続きが気になるっ!』『この作業って、本当に効果があるの?』など、少しでも『!』と思いましたら
【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。
よろしくお願いします。
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