第374話 父と娘と歴史

 あースッキリしたぞ。

 芙美香め、いつもいつも証拠もなく私を殴りやがってぇ、いいザマだったよ。タンスに縛り付けられて、猿轡されて、ダルマみたいに転がっちゃってさ。


 次の日の朝は、芙美香にどんな復讐されるのかと思ったけど、拍子抜けするくらい何もしてこなかったよ。

 代わりにお父さんが、妙にニコニコしながら私にサムズアップしてきたんだけど、一体何があったんだろう?


 いつもそうなんだけど、私に関しては、お父さんに相談した方が上手くいく事が多いんだよね。

 子供の頃、サンタさんのプレゼントの手紙にシルバニアファミリーが欲しいって書いたら、芙美香の奴は『サンタさんも舞華のわがまま聞いてたら財政破綻するでしょっ!』とか言って怒りやがったけど、お父さんは買ってくれたし、自転車の時も、兄貴のお下がりのロードレーサーなんか嫌だって言ったら、お父さんがMTB買ってくれたんだよね。


 芙美香は『舞華はパパっ子のフリして、お父さんを騙して憎らしい』とか言うんだけど、そんな事はないよ。

 むしろ、芙美香が意味もなく私に厳しいだけなんだよ。兄貴はあんなに甘やかしてたくせにさ。


 そう言えば、あの2日後にお父さんがアルバムを見せてくれたんだ。

 昔の写真なんて、見せて貰った覚えが無かったんだけど、確かにお父さんの見せてくれた写真の中には、黒/銀のR31とカルタスが写っていて、その後ろにはグレーの鉄仮面が写り込んでいた。

 お父さんの話だと、それは爺ちゃんの鉄仮面だったらしいよ。


 他にも結婚したばかりの頃だという写真では、確かにR32の後期の4ドアと、今の私のR32が一緒に写ってたんだよ。どうやら、家にあったR32はガングレーだったんだね。


 「ラストオーダーの日の発注締め切りの時間ギリギリに決めたから、恐らくR32のタイプMとしてはラストの個体だったんじゃないかな?」


 って言ってたよ。


 ちなみに、その段階でR33の内見資料とかを見せられていて、お父さん的にはR33でも良いかなって思ってたみたいだよ。

 特にダークブルーとグレーのツートンカラーなんて、今まで乗ってたR31やカルタスの黒/銀をイメージさせていいなって思ってたんだって。


 「だけど、芙美香が嫌だって強烈にゴネてな。それで32にしたんだ。父さんは、同じ型で同じグレードの車が2台あっても仕方ないだろって思ったんだけどな……」


 だってさ、やっぱり芙美香の奴がしょーもない事を言ってたんじゃん。

 でもって、その後R33に乗ってたんだよね? ホラ、写真もあるよ。白の後期型の4ドアで、ホイールナットが5個だからGTS25tタイプMだね。


 「芙美香が、R32を全損させたんだ。遊馬を迎えに幼稚園に行く途中で、裏道のドライブインの跡地にドリフトで突っ込んで、残ってたドライブインの建屋まで崩しちまったんだ……」

 

 お父さんは、苦々しい表情で言った。


 あぁ、裏道のドライブインの跡って、結衣が立木にぶつかったところじゃん。

 そうか! 芙美香があそこにドライブインがあったってよく言ってたのは、自分がぶっ潰したからだったんだ。


 私は興味が湧いてきて、お父さんにそのドライブインについて聞いてみた。

 お父さんが免許を取ってしばらくは、ヘアピンカーブの頂点にドライブインがあったんだって、話によると崖ののり面に建っている奇妙な形の建物で、3階建てなんだけど、駐車場から入ると最上階の3階になってて、そこが展望レストランになってたんだってさ。

 だけど、メインの道路が開通してお客が来なくなっちゃったから、平成4年頃に廃業したんだって。


 お父さんが2枚の写真を見せてくれた。1枚目はまだ営業していた頃に駐車場で撮ったもので、若いお父さんが金色と黒のツートンカラーの妙なクーペの前でポーズを取ってるよ。しかもフロントグリルには逆文字で『TURBO』だって。

 え? お父さんの最初の愛車、サニーターボ・ルプリだって? サニーってお爺さんの車じゃなかったの? 昔は、若者が乗る車だったんだって?

 でも、そのサニーの背景に写ってる景色から見て、あの場所なのは間違いないみたいだね。

 確かに、サニーの後ろに1階建てに見える建物があって、入口に展望レストランって書いてあるよ。まぁまぁ、人も車も来てたんだね。

 2枚目の写真は、R31の前でお父さんが缶コーヒー飲んでる写真なんだけど、背景に写る建物が、かなりボロボロになっていて、ガラスも全部割れて、外壁も一部無くなってるんだよね。しかも、前の写真と違って、駐車場がかなり鬱蒼としてるんだよ。


 「ここは、崖側から吹いてくる風がかなり強いのと、周辺が鬱蒼としてるから、手入れしてないとあっという間に建物はやられるし、土地も草木に呑み込まれちまうんだ」


 だって。

 なるほど、2枚目の写真から更に年数が経ってるはずだから、もっとボロボロになってるところに、芙美香がR32で突っ込めば、そりゃぁ、崩れちゃうよね。


 「あれは本当に危なかったんだ。もし、建屋が残ってなかったら、何十メートルも下に落ちたんだからな……」


 お父さんが、かなり力なく言っていたよ。

 もう、芙美香ってば、兄貴の事なんかとやかく言える立場じゃなかったんじゃん!


 次は、R34の25GT-tの後期だね。

 色はグレーみたいだけど、なんかR32からR34までの車のスパンが妙に短くない?


 「R33は芙美香が壊したんだ。ブーストの上げ過ぎで、中の羽がイっちまった。それが、エンジンに入ってエンジンごとブローしたんだ」


 また芙美香の仕業かよぉ……ホントにあの芙美香は、お父さんの車を何台壊せば気が済むんだよぉ。

 そして、R33の後期型に関しては悠梨が言ってたけど、タービンの羽根が樹脂に変わってるから、下手にブーストを上げると中の羽根が粉々になって、その上でエンジンに吸いこまれちゃって、最悪はエンジンごとブローするから、ノーマルタービンでのブーストアップはご法度だって……なのにやっちゃったのかよぉ、芙美香め。


 それで、エンジンを直そうと思って見積もり取ろうとしている時に、もうR34も終盤に入って全く売れてないから、凄くサービスするって言うんで、R33はジムカーナ仲間にエンジンなしの状態で売って、R34を買ったんだって。


 その頃には、芙美香もマーチに乗っていたから、今度こそ、潰される心配は無いってお父さんも思ってたんだって。

 そしたら……


 「親父が壊しやがった!!」


 今度は爺ちゃんかよぉ!

 その頃、お父さんに辞令が出て、単身赴任で名古屋に行ってたらしいんだ。

 それで、名古屋は運転が危ないからって、お父さんは向こうにスカイラインを持っていかずに、パルサーの中古車に乗ってたんだって。


 そしたら、爺ちゃんが夜な夜なスカイラインを乗り回してたんだって。

 芙美香には乗るなって言っておいたから安心しきっていたお父さんは、まさか爺ちゃんが乗り回しているとは思わず、ある日帰省したら、スカイラインが無くなっていて、履かせてたホイールだけが残されてたんだって……。


 どうやら、爺ちゃんが今は閉鎖された林道に乗って行って、横転させたらしいよ……。


 それで、お父さんは個人的には、V35型に追加された3500ccの6速MTのセダンが欲しかったらしいんだけど、芙美香が妊娠していて、2人目の子供が生まれる事と、このカークラッシャーどもにエサを投入するとロクな目に遭わないという事が分かったので、単身赴任から戻るまではこっちに車は置かない事にして、帰ってきてから出たばかりのラフェスタにしたんだってさ。


 それにしても、これを聞いて家の車の遍歴が分かると共に、芙美香と爺ちゃんが実はとんでもない経歴の持ち主だっていう事が分かったぞ。

 なんか、初めてお父さんと車の話をした事で、分かった事があったぞぉ……。


──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『沢渡家の隠された秘密はこれだけなの?』など、少しでも『!』と思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る