第373話 代理とかじり跡

 あのさ、そのジムカーナのチャンピオンって、お父さんの事でしょ?


 「なんで、その事を知ってるのよ?」


 芙美香は不意に言われた事実に動揺して、前にめりになったため、タンスがガタっと音を立てた。


 優子が前に見せてくれたんだよ、当時の雑誌の記事をさ。

 お父さんが、全勝でシリーズチャンプになったって話と、黒/銀のR31と同じ色のカルタスを使い分けて盤石だって話だったよ。


 「そうよ、ジムカーナのデモランで初めて会って以降、常に絶対倒してやろうと思ってた目標だったからね」


 なるほどね、それで分かったよ。

 お父さんは芙美香とジムカーナの同乗走行でたまたま会った後で、芙美香にストーカーのようにつけ狙われてたって訳か。

 お父さんみたいな朴訥な田舎の人が、なんで芙美香みたいな都会に汚され切った暴力女と一緒になったのかずっと謎だったけど、これで納得だよ。


 「なんなの、その気味の悪い笑いは? 本っ当に親子揃ってサディストなんだからっ!」


 ちなみに、私はアンタの子でもある訳なんだからね。そうやってサディストサディスト言ってると、ブーメランが突き刺さっちゃうよ。


 芙美香は続きを話しだした。

 ジムカーナでチャンプであるお父さんを打倒する目標を持ちつつ、芙美香はサーキット走行会などにも出るようになっていったらしい。

 とにかく、できる事にはすべて手を出して技術を手に入れたかったらしいよ。


 そして、芙美香自身もそんなに車漬けという訳ではなく、当時の普通のイケてる女として、あちこちで遊んでいたらしい。お立ち台とやらにも上っていたし、六本木や当時はまだチーマーの街というイメージだった渋谷なんかにもしょっちゅう遊びに行っていたらしい。

 それで、たまたま当時ブームで、友達に誘われた事もあって、誘われるまま、何の気なしにやって来たこの街で、芙美香はお父さんに再会したんだってさ。

 当時芙美香は、ここを隣の県と勘違いしていたから、お父さんがいた事にビックリしたんだってさ。

 ウン、そうなんだよ。この街を隣の県と勘違いしている人って多いんだよね。山を越えると別荘地として有名な隣の県の集落に至るから、東京の人とか、そこの一部みたいに勘違いしてるしてるんだよね。そうか、芙美香もそうだったのか、だから私が子供の頃『向こうの集落とは、違うんですからねっ!』とか口うるさかったのか。


 それで、たまたま再会した時、友達の車がスタックしちゃって、それをお父さんが1人で脱出させてくれたんだってさ。

 普段は物静かで頼りなく見えるお父さんの、頼りになる一面を見せられた芙美香は、すっかりつり橋効果で、もう一度会っても良いかなって思ったんだってさ。


 でもって、なんでこの芙美香はこうも上から目線なんだよ。助けて貰った恩人に対して『会ってあげても良いかな』ってさ。


 「別に当時はそのレベルだったのよ。それに、目的はこの辺の峠道だったからね」


 当時、おじいちゃん達が、芙美香がクルマ漬けになってる事を物凄く心配してたんだって、だから芙美香はサーキットやジムカーナに行き辛くなっちゃってたんだって。

 だけど、お父さんと付き合ってるって事にしちゃえば、ジムカーナにも行けるし、会いに行くって事にしてこの辺の峠道を走ることも出来るって考えたんだって、酷い女だね芙美香って、お父さんの純情を踏みにじって、クルマ遊びするための口実に使うなんて。


 「どうせアンタ、私の事をずる賢い女だとでも思ってるんでしょう! でもね、当時はジュンも……お、お父さんも納得してたの!」


 芙美香は私から目線を逸らしながら、吐き捨てるように言った。

 お父さんはお人好しだったので、芙美香の話を聞いて『だったら、俺の所に行ってるって言えば良いよ』って、言ってくれたんだって、それで、おじいちゃん達が、芙美香につきあってる男なんていないんじゃないかって疑ってた時も、わざわざ挨拶に行ってくれたんだってさ。


 でも、それで逆に引っ込みがつかなくなっちゃって、2年ほどその状態が続いた後で、結婚しなくちゃならない流れになってたんだってさ。


 「父さんも母さんも『そろそろ、真剣に考える時期じゃないか?』とか言い出して。私、その段階ではまだジュンとは手も握った事も無かったのによ」


 酷いな芙美香、2年もお父さんをもてあそび続けて。

 そしてお父さんも凄いな。最初につきあってる男だって、芙美香の家に挨拶しに行った時、爺ちゃん達もついてきたらしいよ。そりゃぁ、おじいちゃん達も結婚前提の真剣交際だって思うわな……。


 結婚して、ここに住むようになってから、お父さんはR31とカルタスを売ってR32の4ドアに買い替えたんだけど、芙美香は、そのままR32に乗り続けてたんだって。

 でもって、R32が2台あるより、カルタスが残った方が良くない? って思ったんだけど、芙美香が言うには、芙美香のR32はまだローンが残っていたのと、お父さんのカルタスは、エアコンやパワステもない2名乗の本気のジムカーナ仕様だったから、その後を考えると使い物にならないっていう判断になったんだって。


 そして兄貴が生まれて、3歳になった時、芙美香はこのR32から降りたんだって。

 兄貴が大きくなるにつれて、R32だと手狭になるし、お父さんが4ドアに乗ってるからだったらしい。

 ジムカーナも以前と違って、チャンピオンを狙うために全戦出場って訳じゃなくて、夫婦で時間の空いた時にスポット参戦……みたいになってたし、1台の車でダブルエントリーもできたから、2台の必要は無くなったんだって。


 芙美香のR32は、お父さんの知り合いの中古車屋さんが買い取ってくれて、その後、芙美香の思い出の中だけで生き続けていった……ハズだったんだ。

 まさか、10年以上を経た後で、再会するとは思わずに。


 「遊馬が、あの車を持って来た時は驚いたわよ。まだ生きてたんだって……」


 どうやら、兄貴があの車を持ってきたのは全くの偶然だったらしい。

 兄貴は単純に程度の良いタイプMを探していたら、あの車に行きついただけで、家に持って来た際にも“もしかしたら”と思ったのは、芙美香だけだったらしい。

 なので、芙美香は助手席のドアを開けて内装をくまなく見たらしい。


 「あったのよ。3歳の遊馬がかじった跡が……」


 兄貴は小さな頃、かじり癖があったらしくて、リフォームする前の壁とかには、確かにかじったような跡があった気がする。

 それがR32の内装にも残っていて、それを見て芙美香はこれが自分のR32だと確信したそうだ。


 兄貴の話によると、このR32は別荘で使われていたらしくて、年間で数ヶ月しか使われていない状態を続けていたらしい。

 だから、冬場なんかは未使用でガレージの中に仕舞いこまれていて、全く痛んでなかったんだって。

 別荘の持ち主が亡くなって、相続した息子も車が好きだったので相続して維持してたんだけど、経営している会社の資金繰りが上手くいかなくなって別荘ごと手放すことになって放出されたんだって。

 

 それを知った芙美香は悩んだらしいよ。

 兄貴の今までの車の使い方を鑑みるに、あっという間にあの世送りにされるのは間違いないだろう。

 それを思いとどまらせるために、全てをカミングアウトするべきかって。


 そんな時に、兄貴が東京に行く事になって、あのR32は納屋に仕舞いこまれた。

 芙美香は安心すると共に、この後、この車をどうしたらいいものかで悩んだんだって。

 その頃には、お父さんもR32の正体に気がついていて、置いておいても痛むんなら、私に乗らせておいてから、どうしたらいいか考えれば良いんじゃないかって言ったんだって。

 

 なるほどね、だから芙美香は兄貴が帰省した時に、この車を放って帰ろうとすると怒ったのか、『この車を動かなくしたら承知しませんからねっ!』とか言ってさ。

 これで分かったよ、この車に関する謎がね。


 「ちょっと舞華! これで知ってる事は全て話したわよ!」


 芙美香は手をバタバタさせて、早く解くようにジェスチャーした。

 分かった、ありがとー。

 私は、タンスの上の引き出しからタオルを出すとねじり鉢巻きの要領でクルクルッとねじった。


 「なにする気? ……っぐっ」


 ハイハイ芙美香ちゃん。口の奥でしっかり嚙んでね。

 芙美香に猿轡を嚙ませると、私は仏間から出て廊下にいた人物に向かって呼び掛けた。

 お父さーん! 仏間でお母さんが呼んでるよー。


 「むぐぐぐうぅぅ……」


 悔しがる芙美香を尻目に、私は仏間を後にした。



──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『芙美香はこの後どうなっちゃったの?』など、少しでも『!』と思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。 








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