第372話 芙美香とくっころ
はぁはぁはぁ……まったくぅ、あれほど暴れるなって言ったのにぃ……。
もう、仕方ないから芙美香を後ろ手にして爺ちゃんの帯でタンスに結び付けてやったよ。
「舞華! 放しなさい! 後で酷い目に遭わせるわよぉ!」
もぉ、うるさいなぁ。
本来なら猿轡もしてやろうかと思ったけど、別に私は芙美香の“くっころ”が見たい訳じゃなくて、話が聞きたいだけだから、さっさと話を聞いてから解放しないとね。
芙美香は暴れても無駄だと分かって、ようやく話しを続けた。
車を買い替えようとして、目を付けたのは出たばかりのパルサーGTI-Rだった。当時としては珍しいコンパクトな4WDターボ車で、本来はラリーマシンとして開発された車だったけど、ジムカーナマシンと考えた際も大きな武器となる事は間違いのない車だった。
更に、ボンネットのバルジを除けば、コンパクトなハッチバックなので、両親を上手く騙せるという目論見もあったみたいだよ。
まったく、芙美香ったら、また親を騙して車買おうとしてるよぉ……ってまぁ、パルサーとシビックは同じクラスのライバル同士って言えばそうだけどさ、GTI-Rは別格で、2000ccのターボじゃん!
なんておぞましいんだろうねぇ……。
「舞華っ! 私はね、自分でお金出して買ってるのよ。親を騙して買わせてなんかないわよっ!」
また先読みされてるよ。
なんだろう、芙美香の気味悪さは優子にも通じるものがあるよね。優子の奴も人の考えてる事に先回りしてくる傾向があるけど、なんで私の周りにはこんなのばっかりなんだろうねぇ……。
余計な事言ってないで、続きを言ってよぉ……。
実際にパルサーを見に行ってみたそうだ。
この型からパルサーは以前からのチェリー販売に加えて、プリンス販売でも扱うようになってたから、家から一番近くにあったプリンス販売に行ったらしい。
でも、パルサーは出たばかりの上、GTI-Rはほぼ受注生産みたいな感じだったから、条件とかがあまり良くなかったらしい。
値引きができないから、ほぼ査定ゼロに近いシビックの下取りを何とか限界まで上乗せしても、まだちょっと手が届かないくらいだったらしい。
そこで芙美香は、考えを変えて180SXの見積もりも取ったそうだ。
当時シルビアは老若男女問わずに大人気だったが、180SXは、人気者に反目したくなるタイプの人や、女の人にもそこそこ人気だった。
芙美香もその“いかにも”って感じのスタイルが良かったんだって。
まぁ、そうなった時におじいちゃん達にどう納得して貰おうかっていう問題はあったみたいだけど……。
でも、タイミングが悪かったのだ。
商談した当時、ちょうど180SXはシルビアと共にマイナーチェンジをして排気量を1800ccから2000ccにアップした新エンジンに代わったばかりだった。
なので、やはり値引きといった条件面ではちょっと渋かったのだ。
ちなみに、シルビアの方が爆売れしていたから値引き幅が大きいのは知っていたけど、扱ってるサニー販売とモーター販売が近くに無かった事と、どうしても嫌なポイントがあったそうだ。
シルビアは爆売れしていたため、女子のユーザーがノンターボの上級版Q's系のAT車に乗るケースが多かったらしい。
「嫌だったのよ。そういうのと一緒に見られて、繁華街とかに乗っていくと即ナンパのターゲットにされるのが」
当時、シルビアに乗る女子が多かったため、ナンパ男の間では、軽や赤っぽい色のコンパクトカーと共にシルビアも要チェックだったらしい。なので、ナンパ男ホイホイのようなシルビアには乗りたくなかったのだそうだ。
でも、お母さんはお立ち台とかいう所の常連だったんでしょ? なのに何でナンパされるのが嫌だったの?
「嫌に決まってるでしょ! そんなつもりもない時にハエみたいにしつこく付きまとわれるのなんて。良い女は、常にフェロモン撒き散らさないの!」
マジ引くわー。
芙美香め、言うに事欠いて自分で良い女って言うか?
私はちょっとドヤ顔になって言ってみた。
でもさ、その良い女ってプライドも、今じゃこんな山奥の田舎で、娘にタンスに縛り付けられてるんじゃ意味なくない?
「このぉ! マジでムカつくわ。私をこんな目に遭わせたのは、アンタとジュンだけなんだから! 親子揃って本当に恐ろしいサディストねっ!!」
え? ジュンって、お父さんの事でしょ?
それが芙美香をこんな目に遭わせたサディストだってぇ?
ははーん、分かったぞぉ。温厚なお父さんと暴力女の芙美香が、なんで夫婦でいられるのかが。
お父さんはドSで、Sに見える芙美香はMっ気があるんだ。
って事は、これからの芙美香の御し方は分かったぞぉ。
私は冷たい目で見下ろしながら言ってみた。
いいから、早く続きを……
すると、芙美香は怯えたように目線を逸らしながら話し始めたよ。
でも、その時に言われたのが『今だったら、スカイラインの方が安くできるかもしれないです』という言葉だった。
まぁ、私にも何となく分かるよ。R32の標準車は評論家や雑誌のベタ褒めとは裏腹に全然売れなかったからね。
しかも、あの車の初度登録年月を見ると、前期型の終盤だからさ、思い切り値引きが期待できる頃じゃん。
出かかりのパルサーや、マイナーチェンジ直後の180SXよりも安くはなるかもしれないね。
それで、芙美香の話に戻ると、そう言われた時に、ふと脳裏に以前、同乗走行したチャンプの事が思い浮かんできて、スカイラインで奴を倒せば、鼻をあかす事ができる……とその瞬間、思ったらしい。
そして次の瞬間、見積もりを取って、本格的に条件を詰めていたそうだ。
それで、あのスカイラインは買われたらしい。
ちなみに赤にしたのは、ディーラーの担当者が、おじいちゃんを説得するためには、大人の女性っぽいレッドパールにすれば印象が違うからと言ったかららしく、芙美香のセンスでは黒にしようと思っていたらしい。
「当時、スカイラインの2ドア系には白の設定が無かったからね……」
と言っていた事から、第一希望が白で、第二希望が黒だったようだ。
あと、サンルーフを付けたのは、チャンプのR31についていたからで、イコールコンディションにしてやろうと思ったからだそうだ。更にエアロ系のオプションがたくさんついていたのは、値引き条件を多くするために、オプション値引きを引き出すためだったそうだ。
それから数ヶ月かけて、買ったばかりのR32に慣れて、ジムカーナで速く走れるように自己流の特訓をしたそうだ。
勤め先のトラック用の駐車場に通っては、古段ボールをコースに見立てていたらしい。
やっぱりシビックからだと、大きいのと、前が重すぎるので、どうしてもイメージした通りには動けなかったけど、反面パワステが付いているので、切り遅れない点が良かったそうだ。
R32でも徐々にタイムが上がっていき、往年のシビックのタイムに遜色ないところまでになった頃、遂に因縁のチャンプとジムカーナ場で再会したそうだ。
それで、どうだったの?
「その時は、負けたわよ。シビックのタイムに追い付いても、向こうは私の往年のシビックのタイムよりも更に速かったんだから……」
えっ!? 『その時は』って、まさかその後も戦ったわけ?
「当たり前でしょ、負けっぱなしで終われるもんですか! 17回目でようやく1勝できたんだから……」
あぁ、やっぱりしょーもないよ、芙美香ったら、17回もよく挑戦するよね。敵視されたチャンプも可哀想だね……。
でもね……。
私はその時、思い出したことがあったので口を開いた。
──────────────────────────────────────
■あとがき■
お読み頂きありがとうございます。
『続きが気になるっ!』『舞華の思い出した事って?』など、少しでも『!』と思いましたら
【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。
よろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます