第371話 チャンピオンと生意気な挑戦者

 芙美香は、悶々とした生活を送っていたある日、自動車部の部員と付き合っている友達から聞いたのは、ジムカーナであった。

 これであれば、車に大幅な改造もいらないし、近県で行われているものに参加すれば、閉会式まで参加しても夜の早い時刻に家に戻ることも出来るので、親にそうとバレずに参加することも出来るのだ。


 調べてみると、近県で開催されてるものも多く、初心者歓迎の走行会もたくさんあったため、その中の1つでB級ライセンス取得と、ジムカーナ走行会のセットになったものに参加してみる事にしたそうだ。

 そこで、ライセンス取得と共に、ジムカーナの基礎を覚えると、ライセンスが来てからは、毎週のように近県で行われるジムカーナを転戦していったそうだ。


 最初の頃は、コースを覚えるのに苦労して、ミスコースで失格……という結果に終わる事も多かったが、走行前の完熟歩行中にしっかりとコースを覚えるように心掛け、更には風景をしっかり覚える事で、完走できるようになると、あとは本気で走るのみだったそうだ。

 シビックという車は、ジムカーナ向きのため、コツを覚えるとメキメキと速くなっていく事も楽しかったそうだ。


 大学の駐車場でイメトレしながら普段は練習し、週末はジムカーナ走行会に出場して腕試しをして、そしてジムカーナの本戦にスポット参戦する……という生活を送って1年ほどが過ぎると、芙美香の名は、その世界でもそこそこ知られていくようになったらしいし、実際、ジムカーナスペシャルのようなマシンと当たらなければ、ほとんどの場合は勝てていたそうだ。


 でもって、芙美香の自己評価なんてあてにならないと思うよ。

 なにせ、ほとんどがしょーもないウソだったんだからさ。

 名の知れた大学に現役合格はしてるけど、当人の言うトップ合格じゃなくて補欠合格だったし、中学の頃、陸上の全国大会で優勝したって言ってたけど、大会に出てはいてもベスト3に入れてなかったし。

 だから、これだって参加はしてても、勝てるのなんて、どうせ自分の格下の車ばっかりに勝ってたに決まってるよ。きっと、時代遅れのTE71型のレビンとかにしか勝てなかったんだよ……って痛っ!


 「アンタ、どうせ私がウソ言ってるとか思ってるんでしょ!」


 もう、いちいち叩くなよ!

 今度叩いたら爺ちゃんの帯かなんかで、そこのタンスに縛り付けるからね。


 再び芙美香の話を再開して貰った。

 そんなある時、大会での上位入賞の副賞として、現役チャンピオンのデモンストレーション走行に同乗できる機会があって、芙美香は自信満々でチャンピオンの車の助手席に向かったらしい。

 自分だって腕に覚えはあるし、現に今日の大会で入賞しているのが何よりの証拠だと。いくらチャンピオンとは言えど、自分との技量の差はわずかで、芙美香はそのわずかな技術の差を見て盗みとってやろうと。そうすれば、来年この時間に運転席に座るチャンピオンは自分になる……と信じて疑わなかったそうだ。


 そして、芙美香はやって来たチャンピオンの車を見て、不快感を覚えたそうだ。

 チャンピオンの車は、型落ちになったR31型のスカイラインだったからだ。

 大柄なボディと豪華装備に走った結果、『史上最低のスカイライン』とR30型のキャッチコピー『史上最強のスカイライン』を文字って揶揄された車だ。

 その大柄なボディは、特性上、高速クルージングのような場面では強みを発揮するものの、峠道や、ましてやジムカーナに持ち込むなど、正気の沙汰とは思えない、その車が来たので、芙美香は自分がバカにされているに違いないと思ったそうだ。


 しかし、アタックが始まると芙美香は度肝を抜かれたそうだ。

 大柄なR31がスパスパと向きを変え、パイロンのギリギリをタッチ寸前でスライドしていく様を、室内からしっかりと見たのだ。

 それまでの芙美香は、ジムカーナでは腕以上に適した車で走る事こそが勝負への鍵となると思っていた。なので、R31などでジムカーナに出場するのは、能力の無駄遣いだとしか思えなかったそうだ。

 そして、走行後に思った事をチャンピオンにぶつけてみたそうだ。


 思うんだけどさ、そう思ったからって、いきなり初対面のしかもチャンプに対してそんな事よく言うよね? だって『そんな車で走るのって、能力の無駄遣いだと思います』だよ? 芙美香って、そういう怖いもの知らずというか、負けん気が強いというか、空気読めないところがダメだと思うんだよねぇ……。


 そして、思った通りの事を言ったところ、チャンプは悲しそうな表情を見せた後で、自嘲するように笑いながら

『好きな車で、好きな事をできないのって悲しいよな……勝ち負けは結果で、過程を楽しめないとな』

 と言われたそうだ。


 芙美香は、更にその言葉に衝撃を受けたのだそうだ。

 それまでの芙美香の考えとしては、勝つためには好き嫌いなど二の次で、とにかく最強の車に乗る事が勝負の鉄則だと信じて疑わなかったため、目の前にいる男の言葉の意味が最初は理解できなかった。


 「信じられる? サンルーフが付いたR31でジムカーナしてるのよ。一番速度の乗るところで、オートスポイラーが作動するんだけど、次の瞬間、減速するから一瞬で引っ込むのよ。なんでこんな無駄の極みみたいな車で……って思ったわよ」


 妙に懐かしそうな表情で言うお母さんの表情は、何故か嬉しそうに見えた。


 でも、妙な既視感を感じるんだよなぁ、なんか最近、どこかで聞いた気がするんだよなぁ……R31に乗ったジムカーナチャンピオンの話。

 一体どこで聞いたんだっけなぁ?


 芙美香は話を続けた。

 その後もジムカーナを続けた芙美香は、速くなっていって、クラス優勝をするようになっていったんだけど、次々に新しくて高性能な車が出てくるようになると、ライバルでもなんでもなかった人間に肩を並べられるようになって、とても悔しい思いをするようになっていったそうだ。


 その頃には、芙美香は大学を卒業して働き始めていた事もあって、戦闘力不足が目立っていて、近々噂されているモデルチェンジが行われると2世代前になって下取りがゼロになってしまうシビックから、次の戦闘力の高いマシンに乗り換えようと目論んだそうだ。


 そんな時に、シビックのドライブシャフトにガタが出た事から、芙美香の野望に火がついて、車の寿命が近づいていて、修理が高額になると言って、おじいちゃん達に買い替えを承認させたそうだ。


 でもって、ドライブシャフトなんて消耗品じゃん! やろうと思えば自分で交換もできるし、新品で交換しても工賃抜きなら10万円以下でできるし、中古品だったら3万円とかでできるのに、車買い替えようなんて、なんて図々しいことを……痛っ!


 「小賢しいことばかり言って、私のやり方に文句付けてるんじゃないわよ!」


 うるさいやい! おかしなことだからおかしいって指摘してるだけだろぉ! そっちこそ、あれほど言ったのに、また殴りやがってぇー! 今度という今度は許さないんだからね。

 えいっ! とぉっ! やぁっ!


──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『ジムカーナチャンピオンの正体って?』など、少しでも『!』と思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。 

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