第370話 母娘と闘争心

 夕飯を食べ終わり、しばらくしてからリビングに行くと、お母さんがテレビを見ていた。

 お母さんは私の気配に気がつくと


 「なに舞華? 私が見てるんだから、テレビが見たいんだったら2階ので見なさい」


 と言った。

 あのね、私お母さんに話があるんだけど、と言うと


 「なに? 別に明日でいいでしょ?」


 と訝しげな表情で私を見たが、私の表情を見て悟ったのか、仏間へと移動した。

 しんとした仏間に移ってくるとは思わなかったよ。私は、せめてテレビ消してリビングで話ししようと思ってたのに、仏間の雰囲気ってあんまり好きじゃないんだよね、大体ここって成績が悪かった時のお説教とかでしか、入った記憶がないからさ……。


 「それで、私に何の話なの?」


 お母さんが言った。

 正直、芙美香って平時の口調がきついんだよね。なんて言うか愛想が無いって言うか、抑揚が無いくせに語気だけが強くて、表情もロクに動かさないからさ。

 お父さんも、よくこんな女と結婚する気になったよね。


 “バシッ”


 痛いなぁ、何するんだよ!!


 「どうせアンタが、私の事を芙美香とか呼び捨てにして、心の中でバカにしてるのなんてお見通しなのよ!」


 いかん、この暴力女のペースに巻き込まれたら終わりだ。

 確か兄貴がいつも芙美香をやり過ごして、上手くはぐらかしてたよなぁ。

 あ、そうだ。


 「なに、ニヤニヤしてるのよ! 気持ち悪い!!」


 兄貴はいつもこうやって芙美香を前半で煙に巻いて、完全に疲れさせてから、後半を自分のペースに持ち込んで畳みかけてたはずだよ。

 とにかく、イニシアチブを芙美香に取らせないように、とにかくペースを崩さなければ……。


◇◆◇◆◇


 はぁはぁ、あれからペースを崩しまくって、ようやく芙美香の奴が疲れたのか、静かになったよ。

 その間、何回も物理攻撃の手が出てきて、それをかわすのも大変だったんだからさ。


 「早く、話とやらをしなさいよ」


 そこまで消耗していながら、まだ参らないのは、さすが私のお母さんだと思っちゃったけど、これで本題に入れるね。


 あのさ、お母さん。

 私の乗ってる車って、お母さんが乗ってた車なんでしょ?


 「なんでそう思うの?」


 この期に及んでも、質問に質問で返してくるなんて、本当にその精神力だけはゴキブリにも匹敵するね。本当に困った女だよ。


 あのさ、質問してるのは私なんだけど?


 「うるさいっ! 大体、アンタは親に対して何なの、その態度はっ!!」


 “ビュッ!!”

 おっと危ない! この期に及んでまだ暴力に訴えてくるよ、文字通り往生際の悪い女だね。


 「往生際の悪い女で悪かったわね!」


 なんで、この芙美香は、私の考えてる事に先回りしてくるんだろ? ホントにキモいんだけど……。

 ぶっちゃけ、中学生の頃くらいから、物理的な殴り合いだったら芙美香なんて余裕で抑え込めるんだよ。なにせ、一時期は柚月の家の道場の跡取りを期待されてたくらいだからね。

 でも、物理的に抑え込んで聞き出しても仕方ないでしょ。自分から話させないとね。


 ようやく芙美香の行動が止まったよ。

 なるほど、こうやれば良かったのか。兄貴はなんでいつもいつも芙美香を攻略できていたのか不思議でたまらなかったんだけど、こういう方法を使ってたんだね。


 あのさ、この点検記録簿の中の何枚かに、住所氏名の消し忘れがあるんだよ。この『城戸芙美香』って、お母さんでしょ? お母さんの旧姓は城戸だし、小学生の頃、夏休みとかおじいちゃんの家に行くのに、経堂って駅で降りてたでしょ、この車の持ち主の住所も経堂って書いてあるし、これって、お母さんの事なんでしょ?


 芙美香の奴、しばらく黙り込んだ後で、ようやく


 「そうよ……」


 と言ったよ。


 「そう、あれは元は私の車。私が新車で買ったの」


 と続け、その後の経緯を話し始めた。

 元々、闘争心の塊のような女であった芙美香は、陸上競技から自転車に、そしてバイクとスピードの限りを求めていたそうだ。

 そう言われてみると、おじいちゃんの家に、芙美香の陸上の賞状とかが飾ってあった気がするね。


 そんな芙美香も18歳になると、当然の如く4輪免許を取ったそうだ。

 おじいちゃん達も、若い娘がバイク事故で怪我をするリスクをなによりも恐れており、喜んで取らせてくれたらしい。


 おじいちゃん達も、この芙美香に大概甘いんだよね。

 そんな考えがこんな暴力女を生み出してるのにさ……って、危ないなぁ、いきなり殴りかかりやがって。


 「アンタが、私の事を『こんな凶暴な女は、生まれてこなければよかったのに』とか思ってるのは分かってるのよ!」


 ホントに、この芙美香のしょーもない先読みの能力は鬱陶しいな。

 いいからさっさと続けて、続けて。


 芙美香の最初の車は、中古のシビックSiだったそうだ。

 大学の入学祝なので、おじいちゃん達の『若い女の子らしい車』っていう意見を尊重してあげてそうしたんだけど、本来だったら予算内で買えるシルビアRSや、セリカGT-Tが欲しかったらしい。


 しかも、おじいちゃん達も芙美香に騙されてるんだって。

 だって、シビックはシビックでも、Siってホンダが久方ぶりに作ったツインカムエンジンで、同じ排気量のツインカムでAE86が積んでた4A-Gエンジンをパワーで圧倒したクラス最強エンジン積んだとんでもない車だよ。

 まったく、学習しないなぁ……ちゃんとお店までついて行って、同じシビックでも1300ccのATでも買わせないと……って、痛っ!


 「どうせ『父さんたちも甘いな。コイツになんか1300ccのATでも買っておけばいいのに』とか思ってるでしょう!」


 もう! ホントにウザいなぁ、もう開き直ってやる。そうだよ、その通りだとも。大体お母さんは自分で卑下してるんだからそう思われるんでしょっ!


 「自分の娘にそう思われるのは、ムカつくのよ!」


 なんだよもう! そうやってすぐに暴力に訴えやがって。

 こうなったら、緊急自衛措置だよ。

 このっ! いつまでも私が下手に出てると思って、やりたい放題やりやがってぇ……!


 はぁはぁはぁ、どうだ! 私はね、一応ミサカ流の師範第一号なんだからね。そう、柚月より序列上では私の方が上なんだよね。

 ようやく芙美香を取り押さえたよ。本来だったら縛っておきたいところだけど、もし、誰かが入って来て見られでもしたら、プライドの高い芙美香の事だから、何が起こるか分かったもんじゃないよ。


 もう、さっさと続きを話してよ。

 私はね、芙美香とプロレスごっこをしに来たわけじゃないんだからね。


 そのシビックで、大学の4年間を過ごしたそうだ。

 おじいちゃん達の手前、表立った事はできないため、自動車部に入部も出来ず、サーキットに興じる事も叶わずに、そのフラストレーションをストリートにぶつけていったそうだ。


 当時既に環状線の周回をするのはメジャーになりつつあったが、正直、一般車両の走ってる場所でギリギリのラインを攻め込むような事をしているのは、リスクが高く、何が面白いのかも分からないため、バイクの頃から通っていた郊外の峠道に夜な夜な出没していたそうだ。

 でも、バイクに走りやすいコースが、必ずしも車でも走りやすいとは限らず、また、バイクが多いことも走り辛さを感じていて、芙美香は折角手に入れた車で、今までのようなスカッとした気分になれない事に絶望して、悶々とした日々を過ごしていたそうだ。


 そんなある日、ふとしたきっかけで、芙美香はとある世界の扉を開ける事となったそうだ。

 それは、その後の人生を変える運命の出会いでもあったそうだ……。


 ──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『芙美香の人生を変えたものってなに?』など、少しでも『!』と思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。 

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