第369話 取説と衝撃の事実

 ボチボチとクラスの中でも受験日という理由での欠席が目立ち始めるようになったある日、柚月から


 「マイ~、悪いんだけど~車の取説ある~?」


 と訊かれたので、移動教室の帰りに駐車場の車の中まで見に行った。

 なんか、前に車検証入れの中に入ってたのを見た気がするんだよね。

 車の鍵を開けて、助手席からグローブボックスの中を探ってみると……あった!


 取説だけ抜こうと思ったんだけど、ふと時計を見ると、次の授業の時間が迫っていたので、全部持って教室に戻っちゃったよ。


 昼休みに部室で柚月に取説を抜いて渡した。

 

 「ありがと~! ちょっと、空調の使い方がいまいちマスターできてなくって~」


 ところで柚月の車って取説ないの?


 「うん~。恐らく、前のオーナーが~何かの拍子に抜いちゃったんだと思うよ~」


 柚月や結衣の話だと、結構取説が無いケースってのはあるらしくて、特に車に取説を入れっ放しにしない人に多い傾向らしいよ。


 「あとは、途中で怪しい中古車業者が絡んで、過去の記録簿を捨てちゃった時に、一緒に捨てちゃった……とかな」


 そうか、怪しい中古車業者だったら、やりかねないね。ハイ。

 改めて取説を見て思ったんだけど、なんか、スカイラインの説明書って独特だね。スカイラインのテールランプが強調されたような絵が描いてあってさ、上には『超感覚スカイライン』だってさ。


 「バブル期だからね~、取説にもお金かけてたんでしょ~」


 なるほどね。

 なに柚月? バブル期のファミリアの取説は、ほぼ全編が漫画で書かれてたって? 凄いんだね、バブルって。


 「私の取説とは違うわよ。それ」

 「私のとも違うねぇー」


 優子と結衣が言った。

 確かこの2人のは後期型だね。って事は、後期型でも違う取説になってたって事なんだ?


 「私のは、表紙にボンネットについてるスカイラインのマークが描かれてる」

 「同じくー」


 なるほどね。


 「ちなみに、S13シルビアの後期型も、キーに書いてあるシルビアのロゴが表紙になってたよ。前期は昔の日産の汎用だったらしいよ」


 燈梨が言った。

 燈梨がするS13の話は、忌々しいコンさんっておじさんのシルビアの話かぁ……許すまじ、コンさんめぇ……!

 まぁ、個人的な怨念は置いておくとして、その法則で考えると、R32も後期型の表紙は、キーヘッドのロゴっていう事になるのかもね。


 しかし、取説談義も突き詰めていくとなかなか奥が深いもんなんだね。

 これだけで1日語り尽くせそうだよぉ。

 しかし、この中に出てくる人と車の絵が、時代を感じさせると思わない? なんか、'70年代感満載の人達だよ。

 しかも車が明らかに汎用感を出すべく、スカイラインでも何でもない変な車だしね。


 え? サファリの取説に出てくる車の絵は、所々明らかにテラノみたいな車の絵になってるって? マジ、燈梨?


 「1つ前のエクストレイルの取説の、とあるページに出てくる車の絵は、明らかにADバンの絵だったしね」


 あ、優子が対抗してきた。こういうネタを拾わせると滅法強いのが優子だからな。これ以上はやめておかないと、この後の時間が、優子のスーパーマニアック知識講座になっちゃうからね。


 それにしても、取説が無いと柚月も困ったもんだねぇ……。

 でもって、それこそ解体屋さんに行ったら何冊かストックしてるんじゃね?


 「確かに~。週末にでも行ってみるよ~」


 うんうん、それが良いよ。

 それにしても、昔の車の車検証入れは、サイズが合わないから微妙だよね。


 「今の車の車検証入れの方が小ぶりだよね」


 そうなんだよ、結衣。

 昔の車検証はB5サイズだったから、その車検証を折らずに入れられるっていう事で、昔の車検証は作られてたんだよ。だけど、'95年の規制緩和と同時に行われた改定で、車検証がA4サイズになった事から、小ぶりになったんだよね。


 「マイ先輩、B5からA4になったら、大きくなりませんか?」


 さっすが七菜葉ちゃんだね。

 そう、確かに車検証の用紙は大きくなったんだけど、その収納方法が変わったんだよ。

 昔の車検証入れは、B5の用紙を縦にして、折ったり曲げたりしないで収納してたんだけど、今のタイプは、A4の用紙を横にして、車検証入れを2つ折りにしてグローブボックスに入れる際に、車検証も一緒に2つ折りになるように収納してるんだよね。


 「マイ先輩の知識はいつもためになります!」

 「マイ先輩に抱かれたいです!」


 いやぁ、いつもいつも1、2年生のその擦れてない真っすぐさが良いよねぇ……。


 「ああっ!」


 私の車の車検証入れを見ていた柚月が、驚いたように言った。

 どしたの悠梨? 人の車検証入れを見ていちいち驚いてさ。


 「マイのR32って、新車時に東京で買われた車だったんだ!」


 なんでそんな事が分かるのよ。

 え? 車検証入れに書いてあるって? どこに? 確かに、プリンスとは書いてあるけど、地区の名前なんて書いてないじゃん!


 なに、そっちじゃなくて下を見ろって?

 なになに? 『響きあう、君と僕』だってぇ? そのフレーズに思わず体が痒くなっちゃうよ。……さらにその下に『Being Active~PRINCE TOKYO~』だってぇ?


 って事は、この車って東京で買われた車だったの?


 「マイ~、知らなかったのぉ? 詳しくは、整備手帳とかに書いてあるはずだよ~」


 柚月め、ムカつくけど、確かに全く見ていないのは私の落ち度でもあるからね。

 整備手帳を見てみよう。

 一番最初のページには新車として売ったディーラーと納車の日、保証の切れる日と、最初の持ち主の名前が書かれてるんだね。


 最初は世田谷で売られた車みたいだね。

 でも、最初のオーナーの名前と住所の欄にシールみたいなのが貼られていて、見られないようになってるよ。

 さすがに、これを明かしたままで次のオーナーには引き渡さないって訳か。


 「恐らく、ディーラーに下取りに出たか、次の人もディーラーで整備してたかだろうね」


 優子が言うにはメーカー系の中古車は、そういう情報を消してから売り出すのが常識だけど、そうでないところだとその辺のチェックが疎かで、個人情報ダダ漏れになってる可能性があるんだって。


 「ベストは、車を引き渡す前に自分で消去する事だよ」


 優子は続けて言った。

 なので、手放す前に定期点検記録簿に記載されている自分の住所氏名を、個人情報保護スタンプで上書きしちゃうか、切り取っちゃった方が良いらしい。


 確かにね。

 人任せにしてもやってくれるか分からない事だったら、自分でやった方が確実だもんね。

 私は、この車に乗るようになってからはじめて自分の車の過去の記録に興味が湧いて、じっくりと見てみる事にした。


 この車は、1ヶ月点検と6ヶ月点検を受けた後も、半年ごとにディーラーに入庫している記録がしっかり残っていた。

 どうやら、最初のオーナーはかなりマメだったみたいで、お任せだけではなく、そういった時に色々なオーダー整備をしているのが内容からしっかり分かった。


 そして、パラパラとめくりながら整備の内容を見ていた私は、1枚の記録簿の所有者の欄が処理されずに残っているのを発見する。

 きっと引き取ったところが慌てていて見落としたのだろうと思う。


 まぁ慌てん坊さんだなぁ……と思ってニヤニヤしながらその欄を何気なく眺めた私の目は、そこに書かれていた内容を見て釘付けになってしまった。


 そこには、衝撃の事実が書かれていたんだよ。


──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『書かれていた衝撃の事実って一体なに?』など、少しでも『!』と思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。 

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