第366話 春の訪れと1人の時間

■まえがき

・綾香の家庭環境については、完結済み小説「殺し屋さんは引退前の仕事で、女子高生の口封じに失敗する」の130話以降で触れられています。

 気になる方はご覧ください。

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 まずは往路を終えて道の駅へと到着したよ。

 えいっ! このっ! こいつめっ!! くだらない事言いやがってぇ~。


 柚月を懲らしめていたところに、見覚えあるシルバーのS14シルビアと黄色いNXクーペがが入ってきた。

 ああっ! 燈梨とあやかんだよ。


 「あけおめーっ!!」


 あぁ、そうか、あやかんとは今年初めてだっけ? おめでとー。

 そう言われてみれば、この間のご来光の時、あやかんいなかったね。

 私が言うと、あやかんは斜め下を見ながら自嘲的な笑みを浮かべながら


 「あぁ……父さんと北海道に帰っててね。ホラ、ウチの母親と遂に離婚の話し合いをしてきてさ……」


 と言った。

 そうか! あやかんの家も母親がネグレクトで、かなり辛い目に遭ってきたんだっけ……。

 私は余計なことを聞いてしまったことを後悔していると


 「あ、別に気にしてないから~。来るべき日がきたと思ってるし、アイツとはこの10年来、まともに口きいた記憶もないからさ~」


 とあやかんが笑顔でフォローしてくれた。

 すると、燈梨が


 「この間、綾香が来られなかったから、改めて別荘に呼んで過ごしたんだよ」


 とニコッとして言った。

 そうなんだ、それじゃぁ燈梨は年末からずっと別荘にいたんだね。


 「うん、さっきまで沙織さん達もいたから、ずっとみんなで遊んだり、街の方に出たりしてたんだ」


 みんなって事は、唯花姉さんとか、フー子さんとかもいたの?


 「いたよ。みんなさっきまでいて、お昼食べて解散したんだ」


 羨ましいなぁ……みんなと遊べてさ。私も向こうにいれば良かったなぁ……って、あやかんは別荘行くのにタイヤ積んできたの?


 「あぁ、これは昨日さ、風子ちゃん達に解体屋さんに連れていかれてさ、そこで見つけてホイールごと買ってきたんだ」


 山の向こう側にも解体屋さんがあるんだね……ってまぁ、私らの街にあるんだから、当然あってもおかしくないよね。

 でも、NXクーペの場合は、リアシートが倒れるから簡単にタイヤ4本積めるのが良いよね。

 私があやかんのNXクーペを覗いている間に、燈梨たちは私の乗ってきたGT-Rにかじりついていたよ。


 「へぇ~、これがみんなが噂してたGT-Rなんだね。やっぱり、見るからに凄いよね~」

 「これが、物凄い速いって評判の車なんでしょー。やっぱり纏うオーラが違うっつーか……だよね」


 燈梨とあやかんが、中を覗きながら口々に褒めちぎっていたよ。

 どうする柚月……って言うか、柚月ったら自分の車でもないのに、褒められて満更でもなさそうな表情になっちゃってるよ。


 「それじゃぁ~、ちょっと2人に乗らせてあげるよ~」


 柚月がドヤ顔で言った。

 柚月って、案外おだてに弱いタイプなんだよね。


◇◆◇◆◇


 それで、往復してきたんだ。

 最初に燈梨、帰りにあやかんに運転して貰って、後ろから燈梨のS14でついてきて貰ったんだ。

 ほら、もし不測の事態が起こっても、シルビアなら追いつけないまでも、引き離されるような事は無いからね。


 そりゃぁ、燈梨の乗る時は、私が隣に乗って2人きりのキャッキャウフフなドライブを楽しんだんだよ。

 やっぱり燈梨やあやかんでも、ちょっと走らせただけでもこの車の凄さが分かったみたいで、2人共凄く感動しちゃってたよ。


 往復して道の駅まで戻って来たところで、お茶しながら他愛もない話や、今後の話なんかをしていた。

 あやかんは、東京の大学を受験して、家も引っ越すらしいよ。元々、ここだってお父さんの転勤で一時的に引っ越してきただけらしいし、そうなんだろうけど、いなくなると寂しくなるね。


 「でもさ、東京なんてここから車で1~2時間だよ。言うほど遠くも無いし、会えないわけでもないじゃん!」


 そうだよね。

 燈梨も、卒業したら向こうの大学に行きたいみたいだし、なんか、春に近づくにつれて、少しずつ寂しい話題も出てくるんだよねぇ……。


 「でもさ、海外に行くわけでもないし、私と燈梨だってなんのかんので再会できたしさ、それって、心の持ちようなんじゃないかな?」


 だよね、悠梨もしょっちゅう東京に行ってるしね、その気になれば何でもできるよね。車だってあるしね。


 「そうだよ。現に優子なんて、『春以降も向こうに行くから』って、もう予定まで訊かれてさ。まだ何も決まってないっつーの!」


 あぁ、優子はそういう妙な行動力だけは、凄いなって思っちゃうんだよね。もう、予定まで抑えようってさ、いくら自分は受験終わってるからって、相手の事を考えなさすぎだよ。

 だから、二股かけられるんだって……。


 お茶も終わって、すっかりお帰りの雰囲気になってきたところで、私は柚月に言った。

 柚月さ、学校のところまで、燈梨かあやかんに乗せて貰ってきてよ。私、1人で走らせてみたいからさ。


 「なんで~私がいちゃダメなんだよ~」


 だって、柚月ビビりなんだもん。

 自分は飛ばし屋のスピード狂のくせして、私が少しでもアクセル踏んだりするとガタガタ騒いでさー、運転に集中できないんだよ。


 「でも~!」


 柚月が言った瞬間、燈梨とあやかんが私に目で合図を送って


 「じゃぁ、柚月ちゃん。私と綾香の車、どっちが運転したい?」

 「ユズっちは、私の車、運転した事ないっしょ? どうする?」


 と2人で柚月を囲んで有無を言わせない状態に持っていってくれた。

 ありがと、燈梨、あやかん。


 私はGT-Rに乗り込むと、キーを捻った。

 それにしてもバブルって感じがするのは、このGT-Rのキーって専用品なんだよね。

 柚月や燈梨の話だと、この頃の日産は車種専用キーの花盛りで、燈梨が言ってたコンさんのシルビアと同型の180SXの2000ccモデルも車名入りの専用キーだったらしいし、シーマやセドリック/グロリア、ローレルなんかはキーヘッドがボンネットマスコットと同じエンブレム状になってたらしいよ。

 R32の通常車は、ゴムの握りにスカイラインのエンブレムのマークが入ってるだけだもんなぁ……。

 でも、私が一番好きだったのは、前に家にあった2つ前の型のマーチのキーね。

 リモコンキーだったんだけど、キーヘッドのリモコンが、マーチを真横からデフォルメした形になっていて、凄く可愛らしかったんだよ。


 って、そんなキー談義をしてる場合じゃなかったね。

 早速、ギアを入れて走らせてみよう。

 ここまでの間も運転してるんだけど、やっぱり1人で運転するとなると、緊張感が全く違うからね。

 さっきとは違った妙な力があちこちに入っちゃってるんだよね。


 暖気も終わり、ギアを入れてクラッチを静かに繋いでいった。

 何故か妙に震える左足が妙に重く感じられて、そして遂にクラッチがミートした。


 よしっ! 行くよっ!!


──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『舞華1人で走らせるGT-Rの走りってどうなの?』など、少しでも『!』と思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。 

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