第365話 旅客機とロケット

 街中を走り抜けて、早速学校前の山道にさしかかったんだよ。

 まぁ、いくらGT-Rだって言ったって、この頃の車なんてのは、よっぽど改造してなければ、身構える事なく普通の車みたいな感覚で乗ってて問題ないわけよ。


 なにせ、当時の車にうるさい雑誌で旧車懐古厨みたいな人達から、『免許取り立てのおばちゃんですら簡単に走らせられる車がGT-Rを名乗るなんておこがましい!』なんて言われてたくらいだからね。


 「そうなんだね~」


 そうなんだぞ。そんなR32も今や旧車懐古厨のターゲットになってるからね、時代っていうのは確実に動いているんだね。


 じゃぁ、勾配のきついところにさしかかったところで、ちょっとアクセルを踏み込んでみようかな……って、やっぱり凄いねこれは。

 私のタイプMだって、ここでアクセルを踏み込むと後ろから蹴飛ばされたみたいな加速をするけど、このGT-Rの加速はまさに段違いなんだよね。


 タイプMを旅客機だとするなら、GT-Rはまさにロケットみたいな加速なんだよ。もう、比較対象にもならないよね。まさに『比べる事の無意味さを教えてあげよう』って感じだね。


 「それって~Z31型のフェアレディZのCMコピーじゃん~!」


 そうだけど、使っちゃいけない訳じゃないじゃん。

 しかも初期のだから、39年も前のコピーなんだよね。


 さてと、このエンジンの速さもさることながら、荒々しいフィーリングと、この高揚させるエンジン音が良いよね。

 私のタイプMや、優子のGTS、結衣のGTS25のどれも独特な揃った音のする気持ち良さが、それぞれ独自の回転域においてあるんだけど、このGT-Rのそれは結構どの回転域からでも、お腹の底から響いてくるような感じで常にするのが特徴だよね。

 私らのエンジンからは、実用上の音を静かにしたりする理由から、敢えて抜かれている部分を抜かずに集めちゃったみたいな、常にビートの効いた音がしてる感じだよね。


 それで、そのエンジンの一番オイシイところの音を聴きたくて、ちょっとアクセルを踏んであげると、この湧き上がってくるようなパワー感が、私らの車のどれにもない感じのフィーリングでこれまた、たまらないんだよね。

 とは言え、私らのエンジンと同じで、決して中低速域は弱々しくて、回転数を上げていかなくちゃパワーの一番出る領域には達しないんだけど、やっぱり排気量の問題からなのか、弱々しいとはいえ、私らの2000cc軍団の弱々しいとはレベルが違うんだよね。


 「ユイと悠梨は~、2500ccだよ~」


 揚げ足を取るんじゃないよ柚月!

 このエンジンとじゃ、あれらの2500ccエンジンでも比べ物にはならないだろ?

 いやぁ~、この湧き上がるような力強さは、正直癖になりそうだねぇ……。


 うんうん、タイヤの喰いつきと、路面の状況は大体掴めたね……ってか、ここって通学路だから、路面の状況は大体分かってるけどね。

 とにかく、これでチェック終了したから、ちょっとだけ本気出しちゃおうかな~。


 私は、アクセルをちょっとだけ深く踏み込むと、学校を過ぎると現れるカーブの連続路を結構良いテンポで駆け抜けていった。


 「マイ~、もう少しゆっくり~!」


 何言ってるんだよ柚月!

 そんなに飛ばしてないだろ?

 そして、私は更にアクセルを踏み込んで、ペースを上げていった。


 「マイ~!」


 うるさいよ!

 うん、少し分かった事があるよ。

 スリップを感知して適時4WDになっていくこの機構は、今は亡き柚月のGTS-4で体験したんだけど


 「私の車は~死んでない~~!」


 この車の方が遥かに小気味よく走るし、回頭性もクイックに感じるんだよ。

 その理由は、この車のパワーが、ややシャーシに勝っちゃってるんだ。

 なのでパワーが余っているから、リアが若干スライドしたり、前輪がスリップして巻き込んだりしているんだよ。


 「どういうこと~?」


 柚月のGTS-4くらいが、パワーに対してシャーシ性能が勝っていて、バランスが取れてるんだよ。

 でもそれって、しっかりグリップができてるって事になるから、破綻しないんだ。だからそうすると変な雑誌によくありがちな『アンダーステアが~』なんて話になっちゃうし、シャーシの性能が勝ってるから、パワーを押え込んでいるのを『アンダーパワーで~』なんて感じちゃうんだよ。


 「う~ん……分かったような、分からないような~」


 じゃぁAE86とシルビアのノンターボモデルを比べての評価を見てみると分かるけど、感覚派のドライバーって、大体がシルビアのノンターボに関して『AE86より遅い』って、評してるんだよ。

 でもって、同じ人が2台を同じコースで乗り比べてタイムを計ると全く逆の結果が出るんだ。それって、どういう事だか分かる?


 「恐らく~、シャーシがパワーに勝ってるから~、速さが実感できてないって事かな~?」


 そういう事だよね。

 AE86は足回りが貧弱だから、パワーに対してシャーシがやや負けてるんだよ。

 そうすると、じゃじゃ馬みたいな操縦性になるし、エンジンパワーも有り余って感じるんだよ。

 でも、それって、破綻しかかってるものの方がスリリングで楽しいっていう、曲芸の世界の話になるんだよね。階段やエレベーターでビルの屋上からから地上に降りるんじゃなくて、パラシュートや、ロープ使って降りた方が、スリリングで楽しい……っていう世界の話だよ。


 「なるほどね~。腐りかかりの物の方が美味しい的な感じ~?」


 まぁ、ちょっと違う気がするけど、取り敢えずはそんな感じでいいや。

 それで、話を戻すと、このバランスがややパワー側に勝ってるから、クイックに感じるし、スリリング感もGTS-4より上に感じちゃうんだ。

 でも、アテーサE-TSがしっかり介入するから、無茶しない限りはお尻を振り乱すような事も無いし、それに、この雪の残る道で且つ、スタッドレスタイヤを履いてグリップ力っていう点では、ちょっと劣っている条件でも、しっかり地面を掴み、そして蹴ってくれているのが凄く分かるよ。


 なんか、凄いよ。ハイテク戦闘機だよ。

 きちんと扱えるドライバーが乗れば、この車の速さは無敵級だよね。

 そりゃぁ、きっと今のGT-Rとかに比べたら、粗削りで、そして速さ的にも……って感じなんだろうけど、でもって、そればかりが車じゃないし、初心者の私らや、初心者でヘタクソな柚月には、これでもまだまだ10年早いって感じかな?


 「私は~、ヘタクソなんかじゃないやい!」


 まだヘタクソなことを認めないのか?

 大体、あんな安定したGTS-4をスピンさせてぶつけちゃうようなのを、ヘタクソと呼ばずして、なんて言うんだよ。


 それにしても、なんでこの車が良いと言われるのか、乗ってみると分かるね。

 充分以上のパワーと、しっかりしたシャーシ、適度に振り回せる感じでいながら、それでいてガッチリ安定してるところとか、正直、とても良いと思うし、なんか、自分の運転が上手くなったんじゃないかって、錯覚させちゃうものがあるよね。


 よしっ! ちょっとそこのカーブにオーバースピード気味に突っ込んでみよう。


 「やめて~!」


 うるさいな柚月! 自分の時はもっと飛ばしていくくせに、人の横に乗ってヘタレた事言うなよ。

 おおっ!? オーバーに突っ込んだのに、お尻も流れなければ、何事も無かったかのようにクリアしちゃったよ……お尻が流れそうになると同時に前輪が引っ張っていくのは柚月のGTS-4と一緒なんだけど、それぞれのタイヤにかかる力が全く違うよね。

 つまりは、お尻が流れようとする力も、前輪が引っ張ろうとする力もそれぞれが強力で、それがゆえにスリリングで、痛快無比なんだよ。


 「虫刺されなの~?」


 ばかぁっ! 柚月め、こんな時にくだらない駄洒落言いやがって! 誰がムヒの話なんかしたんだよぉ!


 「参りました~!」


──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『GTS-4でも、GT-Rとは別物だったんだ!』など、少しでも『!』と思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。 

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