第363話 透明グミと深紅の光
取り敢えず、柚月の車の塗装に関してはまだ続行中なんだ。
悠梨が言うには、塗装面がもう少し固まってからじゃないと、一度慣らしてからの重ね吹きができないから、年が明けてから再開するんだってさ。
「ええ~~!! 私、年明けもこの車に乗るの~?」
柚月がブーたれていた。
しょうがないじゃん、みんな柚月のためにやってるんだからさ、感謝こそされ、文句言われる筋合いはないよ。
それに、サニーの方が柚月に似合ってるよ。その枯れちゃって、やる気のかけらも感じられないただの車感が、柚月のイメージにバッチリと符合しちゃってさ。
「バカにするな~!」
なんだよ柚月、大体その車だって、私のアイデアが無ければ借りにいかなかったじゃないか、いい? 私のおかげで、柚月はこの寒い中、車に乗る事ができるんだよ。つまりは、柚月の恩人は私って言えるわけなんだよ。
「そんな事ないやい~!」
あそ、じゃぁ、私今から学校の水野の所に行って、柚月からこのサニー没収して貰お。
明日から、バイクに乗りなよ。
年明けも1、2年生と一緒にバイク通学になって、下級生とたっぷり親交を深めてきなよ。
「ううっ……」
柚月は黙り込んでしまった。
まぁ、柚月はさ、余計な事ばかり言うから墓穴を掘るんだよ。
明日から、学校も年末に入って誰も来なくなるから、柚月の作業は来年に持ち越しで決定だね。
そして、年末の悠梨のご来光イベントが楽しみだね。
やっぱり、私的には冬休みの唯一の楽しみと言ったらこのイベントってくらい期待してるんだからね。
それじゃぁ、今日のところは解散して、また当日集合場所でね。
駐車場まで来ると、妙な違和感を覚えたんだ。
なんかね、優子の車のテールランプが点いてるんだよね。
でもって、優子はここにいるんだよ。これ如何に?
「あれ? もしかして、スモール点けっぱなしだったかな?」
優子は言うと慌てて車に駆け寄って運転席のドアを開けた。
「あれ? あれ? 元々OFFになってる」
しかし、優子の車のテールランプは、煌々とした光の赤い4つの目玉で後方に睨みをきかせていた。
私と柚月と結衣は、後ろから見ていて1つの疑問符にぶち当たった。
「これ~、ブレーキ灯じゃない~?」
柚月の言ってる事が正しいよ。
これはブレーキランプだよ。
それが証拠にリアスポイラーに組み込まれているハイマウント・ストップランプまでもが、真っ赤な光を発している。
「なんで?」
優子が、頭がパニックになりながら言っていた。
うん、何かとてもおかしいよね。
ブレーキ踏んでもいないのに、ブレーキランプが点きっ放しになるなんて、聞いた字面だけで判断してもとんでもない事という認識しかない。
となると、私には不思議に思っている事があった。
今現在、ブレーキを踏んでないのにブレーキランプが点いてるって事は、いざブレーキを踏んだらどうなっちゃうんだろうって事を。
私の勝手な想像では、ブレーキ踏まないで点いてるから、ブレーキを踏んだら消えるんじゃないかな? あくまで勝手な想像に過ぎないんだけどね。
「どう?」
運転席から優子が叫んでいた。
どうって、優子、さっきから何も変わってないよ。
さっきからずっと優子の車の後ろに陣取って、ずっと見てるんだけど、何も起こっていない。
ブレーキランプもさっきからいささかの変化も無くて、一体どうしちゃったのってくらい点きっ放しなんだよね。
「優子ー、ホントに踏んでるの?」
結衣が言って、優子が
「ホラ、1、2、3って、踏んでるでしょー」
と反論しながら、実際のブレーキを踏む動作を見せてみせていたよ。
それを見ていたから思うんだけど、私の予想は外れだったね。ずっとブレーキランプが点きっ放しになるみたいだ。
一体、どうしちゃったんだろう?
「ブレーキペダルのスイッチブッシュの破損だろう」
突然背後から声がした。
あぁ、現れるような気がしたと思ったら、やっぱり現れたよ水野が。
もう、突然現れても全く驚かなくなっちゃった私が悲しいね……。
「それって……」
と言う優子を全く意に介さないかのように、スタスタと一直線に優子の車の運転席に向かうと、おもむろに屈みこんで
「見たまえ、床にブッシュが破断して落ちてるだろう」
と指をさした先には、なんかゴムみたいな破片がバラバラになって落ちていたよ。
その後の水野の説明によると、ブレーキペダルの上方のダッシュボード内に、ブレーキを踏んでいるか離しているかを検出するスイッチがあって、それが押されている間は、ブレーキランプが消えるらしいよ。
そのスイッチのオンオフを、ブレーキペダルの根元に取り付けられたこのゴムみたいなブッシュがやっていて、ブレーキを踏んだ時はスイッチが解放されるからブレーキランプが点灯するんだって。
でも、そのブッシュは経年劣化や乾燥状態によって劣化していってボロボロになっちゃうから、こうやって古くなった車の場合は、突然壊れてスイッチが開きっ放しになってブレーキランプが点きっ放しになることがあるんだって。
大抵の場合は、後ろについた車から注意されるか、バッテリーが何度も上がってみてから気がつく場合が多いんだって。
思ったけど、教習所で教わった乗る前に車の周りを一周してチェックするっての、あれって、凄く重要な事なんだねって、今更気がついたよ。
「今すぐ問い合わせた方が良い。明日くらいでディーラーや部品販売も休みに入る」
と水野に言われ、優子は慌てて電話していた。
◇◆◇◆◇
翌日の午後。
……いやぁ、ホントに危なかったね。
水野に言われてすぐ電話したおかげで、注文間に合って、昨日の今日で受け取って来られたよ。
でもって、150円って額にも驚きだね。車の部品にそんな安い額の部品ってあるんだね。え? なに柚月、給油口の裏についてるキャップホルダーは100円しなかったって? ふーん、そうなんだ。
それにしても、こんなちっこくて頼りなさそうな部品でブレーキランプが
とにかく、あとはこれを取り付ければ万事解決だね。
昨日は、優子の車の後ろについて、他の車が入ってこないようにしながら帰るの大変だったんだから。
しかも、優子が運転席の窓開けてブレーキ踏む時は手を出して合図するって決めたのに、2回も出し忘れてさ、マジで私ら焦ったんだからね。
「だから、ゴメンって……」
「ゴメンで済めば、警察はいらないもん~。罰として~優子にはパンツ脱いでもらうからね~」
優子が言った直後に柚月がまくし立てた。
今日は結衣と悠梨は来てないんだ。だから、柚月はタガが外れかかってるんだ。
ホラ、いいからさっさとはじめるよ!
「痛いよぉ~!」
さて、このブッシュはペダルの根元に近い方についてるみたいなんだよね。
まずは位置の確認をしようよ。
優子が、ペダルの根元の方に手を入れて、あちこち探っていたが
「ダメー、分からない」
と言って諦めた。
だから、優子ギブが早いんだって! これはかなり簡単な部類の作業らしいんだからさ。
次に私が手を突っ込んでみた。
ペダルの根元ってグリスが塗ってあるから、結構ネトネトしてるんだよね。
しかも、結構見えない位置だから感覚が掴み辛くてさ……床に仰向けになって作業する人も多いみたいだけど、私的にそれはしたくないかなぁ……。
あっ! ペダルの根元のところに、ブッシュが入るような窪みがあるのが分かるよ。とすると、その対岸に……あっ! スイッチみたいのがあったから押してみよう。
「マイー、消えたよー」
よしっ、ここだ!
柚月、ブッシュ頂戴。一気につけてやる……って、これ案外難しいね。
なにがって、寸法的にギリギリだから、なかなか入らないんだよ。
フリーになってると、ブレーキのスイッチのバネが伸びてきて、ブッシュが入るスペースを塞いじゃうし、手元が全く見えないから勘でやるしかないし、まったくやり辛いったらありゃしない!
……何度も床にブッシュが転がる屈辱を経て、10回目くらいのトライで、ようやく嵌まったよ。
下から見ると、しっかりブッシュが嚙まされているし、手で押してみたけど、溝に嵌まっていて、ビクともしないから、これで大丈夫だね。
「マイー、ありがとー!」
優子ったら、マジでこれ面倒だったんだからね!
今日はお昼おごりだからね。体が痛いし、手はヌトヌトだし、マジで割に合わないよ。
「でも~、年式的に言ったら~、私たちの車もそろそろって事だよ~」
柚月め! 作業の大変さを思い出させるような事を言うな! このっ! このっ!
──────────────────────────────────────
■あとがき■
お読み頂きありがとうございます。
『続きが気になるっ!』『この作業は避けられないものなの?』など、少しでも『!』と思いましたら
【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。
よろしくお願いします。
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