第362話 ゲーム機と厚塗り

 悠梨がガンのトリガーを引きながらゆっくりと腕を動かしていくと、フェンダーに薄く青みがかったグレーがぼんやりと現れてきた。


 よし! 遂に色がついてきたぞ。

 ここまで来るのに、私も悠梨も並々ならぬ努力をしてきたから、その感動もひとしおだよ。

 満遍なく、グレーの色がフェンダーに乗ってきたところで、悠梨が


 「よしっ! 午前の部はここまでだね。あとは午後から再開しよう」


 と言った。


 ええ~悠梨、それはないよぉ。折角色がついたんだからさ、ここから一気に重ね塗りして、ある程度色を乗せちゃおうよ。

 私が言うと柚月も


 「悠梨~。今日中にもう少し乗せとこうよ~」


 と言ったが、悠梨は


 「塗装は焦ったら負けだぞ! ブースもあるんだから、厚塗りしないで薄く重ねていって確実にやるんだよ。それとも短期決戦で厚塗りしたら色ズレして、更に垂れが目立ってもいいの?」


 と言うと柚月は


 「ううっ……」


 と言って黙ってしまった。

 

◇◆◇◆◇


 ふぅ~っ!

 想定外の出来事で時間潰すのって、案外大変なんだよね。

 家に帰ってお昼食べてから集合って言うと、時間的に中途半端すぎるから、部室で待ってたんだけどさ、DVD見るくらいしか時間を潰せる娯楽が無くって、DVD見てるうちに寝ちゃったんだよね。


 でもって、目が覚めたら柚月と悠梨が、ゲーム機繋いで遊んでてさ、マジズルいんですけどー。

 柚月の話によると、たまたまテレビの下の棚を開けたら出てきたから、きっと1、2年生の誰かが、部室内での娯楽用に持ってきたものじゃないのかって事なんだけど、それを黙って使ってるアンタ達も、大概だと思うよ。


 「別にいいじゃん、減るもんでもなし~!」


 減らなくても、壊したりしたら大変でしょ! 今すぐやめるんだコラっ!


 「マイが暴れると~壊れるだろ~!」


 今すぐやめるんだ! このっ! えいっ!

 ようやくやめる気になったか、さてと、もうお昼の時間だね。

 どこかでお昼にしようよ。どうせ午後から結衣と優子も合流してくるだろうから、早めに済ませられる所に行こうか。


 「こんな山の中で、早めに済ませられる所なんてある訳ないだろ」


 悠梨がツッコんだ。

 うん、確かに正論だね。

 学校から一度麓まで降りなくちゃいけないし、どうせマックだって混んでるに決まってるしね。


 それを踏まえてどこに行こうか?


 「ハンバーグが良い~!」

 「さっぱりしたものが良いな」


 見事なまでに正反対の意見だね。

 とにかくこれじゃ話にならないから、どっちかに決めてよ、私はどっちでもいいからさ。


 「だったら、もうひと勝負して決めよう! 柚月」

 「望むところだよ~!」


 って、またゲームをしようとするんじゃないよ! ゲームを!


◇◆◇◆◇


 お昼から戻って来ると、柚月に言った。

 いい? 柚月のいけないところは、弱いくせして無謀な勝負に出るところなんだよ! だからいつも汚い挑発に乗って負けた挙句に、屈辱的な罰ゲームをやらされるんだからね。


 「パンツ脱がされたりなー」

 「パンツ脱がすのは、マイじゃないか~!」


 うるさい! 

 今は、柚月たちが午前の最後にやったゲームの話をしてるんだよ。

 私はずっとアンタらのプレイを見てたけど、明らかに悠梨の習熟度に対して柚月のそれが伴ってないんだよ。


 まったく、だからジャンケンにすればよかったの。

 柚月ったら、お蕎麦屋さん行った後も、ブツブツ文句ばっかり言ってて、全然お昼が美味しく感じなかったじゃん!


 「だって~」


 だってもヘチマも無いんだよ!

 後で結衣が来たら、たっぷりお説教して貰いますからねっ!


 「なにをだー?」


 あ、結衣と優子は既に来てたんだね。

 あのさ、柚月の奴がね……


 「やめろー!」


 さて、柚月と結衣が離脱してるから、また午前と同じで3人での作業だね。

 ところで、今度も薄く吹くの?


 「いや、今度は垂れる寸前を狙っていくぞ」


 どういう事?


 「最初のは、きちんと塗料が乗るかを試したいっていうのもあって、薄めに吹いたんだけど、次はある程度色をしっかりさせたいから、安全圏内でなるべく厚く吹く」

 

 ふーん、やっぱり奥が深いね。


 「そこまで一家言ある訳じゃないけどね。あくまで勘だよ」


 なるほど、まぁ、何事も経験ってことかぁ。

 私と優子で、また紙やすりで表面を慣らした後、遂に悠梨が、トリガーを引いて色を乗せていった。


 「はぁー……、初めて見たけど、色ってこういう風に塗るんだね」


 そうか、優子はプラモとかやらないから、色塗りは初めてなんだね。

 

 さっきは、色が薄く乗ったところでストップしていた悠梨が、今回はそこから臆することなく、濃く色を塗り重ねていったよ。

 確かに柚月の車の色はこんな感じだったねって、分かるくらいしっとりと色が乗ってきて、透明なカーテンの向こうにある車の色と瓜二つまできたところで


 「よしっ!!」


 と悠梨が言って、噴射が止まった。

 その悠梨を見ていて驚いたのは、悠梨の額にはうっすらと汗がにじんでいて、表情もマジの表情なんだよね。

 悠梨が真剣な表情する事って、そうそうないから、やっぱりそれを見ちゃうと驚くよね。


 どうなの悠梨、完成したの?


 「マイ、せっかちだなぁ……。前にも言っただろう、1週間くらいかけて気長にやるんだって。まだ3分の1くらいだけど、思ったより上手くできてるよ」


 そう言った悠梨は、なんかもう全てをやり切ったみたいな満足げな表情で、その場に座り込んで、器具の片付けと清掃を始めちゃったよ。

 どうやら、今日の工程は本当に終わりらしい。

 それを私と一緒に見ていた優子は驚いた様子で言った。


 「ええっ!? もう終わりなの? もう1回くらいできるんじゃない?」

 

 悠梨はそれを聞いてもなお、器具の清掃の手を止めずに


 「ここから乾かして、もう1回やって終わる頃から乾燥時間の間に湿気が降りてくる時間になったら、水の泡だからさ、ここでやめておいて、明日で終わらせた方が得なんだよ」


 と言ってから、顔を上げて


 「思いの外、上手くいったから、明日でフェンダーの本塗装は終わると思うよ」


 と言った。


 優子は、とても懐疑的な表情で悠梨を見ていたけど、私は、その悠梨の表情を見て、何故か分からないけど物凄い安心感が湧いてきて、もう、柚月の車の修理は終わったという妙な確信が湧いてきたんだよ。


 うん、きっともう大丈夫だよ。



──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『柚月はゲーム下手なの?』など、少しでも『!』と思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。  

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