第361話 試し吹きと代わりの足

 私は優子に訊いた。

 ところで優子、クルーはどうしたの?

 この間、柚月に貸してくれたんじゃなかったっけ?


 「年末とお正月は、お店の車とか使っちゃって、足が必要だからって言われたから、冬休みになったら返してもらったよ」


 あぁ、そういう事か。

 だからアイツは大騒ぎしてるのか。

 大体、おじさんかおばさんの車を借りれば良いだろうに、親には気を遣って、私らには遣わないっていう神経が理解できないよね。


 私らは、地面で手足をバタつかせている柚月を囲んで言った。

 柚月、そんなにバイクは嫌なの?


 「寒いから嫌だよー!」


 じゃぁ、特別にだよ。


 「エアロバイクには乗らないー!」


 大丈夫。

 エアロバイクは柚月の根性が無いせいで前に進まないから、今回は対象外だし。

 だから、最新の部車であるセニアカーを柚月の足に。


 「セニアカーにも乗らないやい~!」


 なんでだよ、セニアカーマン1号なのに嫌がるなんて、柚月のせいで1号になれなかったアマゾンに対して申し訳ないと思わないのか?


 「私には関係ないもん~!」


 あそ、じゃぁ柚月はそこで明日まで好きなだけバタバタしてなさいよ。

 私らはヒーター全開の暖かい車で帰るから。


 「待てよおー!」


 あのね、今回私ら、ただでも柚月のわがままに付き合って、やらなくてもいい作業をやらされてるのに、なんで柚月の足まで提供してやる謂れいわれがあるの?

 いい加減にしないと、今度こそおばさんに言いつけるからね。


 「マイのチクリストー!」

 「コラ柚月! 言う言葉が違うだろ!」


 ここまで黙っていた結衣が、柚月にコブラツイストをかけると言った。


◇◆◇◆◇


 数分が経って、ようやく柚月がみんなに土下座して謝って、明日からもお願いしますって言ったよ。

 最初から、そうやって謙虚な姿勢を見せればいいんだよ。


 それじゃぁ、そんなにバイクが嫌だってんなら、別に車を紹介しなくもないよ。


 「ホントにっ!?」


 でも、今日借りれるかどうかは知らないけど、一応当たってみる価値はあるんじゃね?


 「どれっ!?」


 私らは先に歩いて柚月を誘導すると、そこの前に立って


 「それ」


 と指差した。

 そこには、夏に結衣が乗っていたサニーが佇んでいた。

 結衣が使った後、燈梨が転校してきたばかりの頃、1週間ほど乗ってるのを見たけど、それ以降は、水野が一時期通勤に使ってたくらいなんだよね。


 「だって~、それ水野が使ってるだろ~」


 だけど、最近は使ってないから。

 私がサニーの陰を指し示すと、そこには水野のカプチーノが鎮座していた。

 今朝私が、ガレージの鍵を借りに職員室に行った時、水野がいて、スズキの鍵を持ってるのを見たから、水野が今日はカプチーノで来てるのを確信したんだよね。


 一時期、サニーに乗って通勤してたのはなんでなんだろ?

 

 「カプチーノが故障してたんじゃね?」


 悠梨が言った。

 まぁ、確かにカプチーノだって、R32とほぼ似た時期の車だからね、故障してもおかしくはないよね。


 「ガソリン代が高い時は、サニーを使ってるように思うよ」


 優子が言った。

 あぁ、確かにこのサニーはガソリンをあまり食わなさそうだよね。


 「教頭に怒られた次の日は、サニーで来てる事が多いぞ」


 結衣が言った。

 う~ん、確かに教頭は、水野の事を目の敵にしてたからな、普段から『派手なオープンカーに乗って学校に来るから、風紀が乱れるんですっ!』とか言ってるのを聞いたことがあるね。


 ホントのところはどうなんだろ?


 ささっ柚月、今から水野の所に行って土下座してサニーを貸して貰うんだよ。


 「その必要はない」


 背後からの声に後ろを見ると、そこには相も変わらず、ぬぼーっとした雰囲気を醸し出した水野が立っていた。

 もう、私らは水野の登場に何も驚かなくなっちゃったんだよ。最初に部が始まった頃は、結衣や優子なんかも驚いてたし、他の娘たちからすると、心臓が止まるレベルのビックリ度合いらしいんだけど、慣れなのかな?

 最近は、燈梨やアマゾンなんかも驚かなくなったって言ってたから、これって、自動車部員に代々伝わるスキルの1つになってるのかな?


 「なんか、雰囲気で現れそうなタイミングが分かるようになっちゃったんだよね」


 優子が、小声で私に耳打ちした。

 やっぱり、部員に代々受け継がれる不要なスキルだったんだね……。。


 「話は聞かせて貰った。私は見ての通り、最近はこの車を使っていないので、三坂君の修理が終わるまで使ってくれて構わんよ」


 水野は言って、鍵を柚月に渡すと、柚月のお礼も聞かずに、さっさとカプチーノに乗って去っていってしまった。


 水野は全くもって理解不能だな。

 大体さ、『聞かせて貰った』って、どの辺からの話を聞いてたんだろ?


 まぁ、いいや。

 とにかくこれで今日は大丈夫そうだね。

 よく見るとタイヤもスタッドレスに替わってるよ。そう言えばあの派手なホイールじゃ無くなって、ただの爺さんの車になってるね。


 「これ、タコメーターが付いてるよ~」


 え? あぁ、そう言えばこのサニーって、EXサルーンだったからタコメーターが付いてなかったよね……って、ホントだ、よく見るとメーターがタコメーター付きに替わってるよ。

 どうせ水野の事だから、解体屋のおじさんにでも貰ったんじゃないの?

 とにかく、今日はもう解散して明日にしようよ。


◇◆◇◆◇


 最近、寝てるのに疲れが取れない日があるんだよね。

 なんか、目に見えないストレスがたくさんあるんだよ。

 ただでも芙美香みたいなのと毎日一緒に暮らしている上に、ここのところは柚月のわがままに振り回されて大変なんだからさ、この2人が私の健康を害しているガンなんだよ。


 よしっ! 今日も張り切ってやっていこうね。

 今日は、遂に悠梨が調合したスペシャルペイントを吹きつけるんだね。

 え? その前に研ぎ出しだって?


 あれっ!? 柚月はどうしたのさ? まだ来てない?

 まったく柚月め、昨日、あれほど言ったのに、まだぶったるんでやがるなぁ!


 あ、来たよ。

 オイ、柚月遅いよ。一体ねぇ……え? 車がガス欠になりそうになって、ガソリン入れてたって?

 確か、燈梨が前に借りた時も、ガソリンの警告灯が点いた状態で渡されて、地理に不案内な初めての土地でガソリンスタンド探して焦ったって言ってたなぁ。

 水野はガソリンを空にしてから補給する癖があるのかな?


 早速今日の作業に入って、昨日やったように目の細かい紙やすりで、研ぎ出しをやったんだ。

 今度は、昨日みたいにまだら模様にならなくて、綺麗なグレーになったね。

 悠梨は、終了したフェンダーを素手で丁寧に撫でてみてから


 「よしっ! これでいっちゃおう!」


 と言うと、エアブラシのタンクにスペシャルブレンドの塗料を入れると、少し離れた場所まで下がって、ガンから塗料を発射して、近くに悠梨が用意した段ボールの切れ端に向けて吹きつけた。


 悠梨、なんで段ボールを塗ったの?

 

 「最初は、ノズルの先端に詰まった前の塗料だとか、塗料自体の固まりだとかが発射されて、ダマになったり、まだらになったりするから、試し吹きが必要なんだよ」


 あぁ、なるほどね。

 そうか、何も考えずにスプレーとかを発射してたけど、あれは失敗の可能性があるって事ね。


 「特に、今みたいな気温の低い時なんかは、起こりやすいから、最初の一発は重要なんだよ」


 へぇ~、これはためになる話だぞ。

 空吹きしても良いんだけど、ダマや詰まりで塗料がおかしくなっているかを見極めるために、試しに何かに吹きつけた方が無駄にならないんだってさ。


 確かに確かに。

 よしっ! 遂に吹きつけが始まるよ! 


──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『試し吹きの必要性について分かった!』など、少しでも『!』と思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。  

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