第360話 まだら模様とおもちゃ売り場

 フェンダーとバンパーを外してグロテスクになった柚月のGTS-4を少し後ろに下げた。

 実は、塗装ブースの中は2つに分かれてて、塗りをやるスペースには、仕切りに分厚い透明カーテンがかかってるんだけど、車はその向こう側に追いやったんだよ。


 まぁ、分かるよ。あんなグロテスクになった車なんて、ガレージに出しておいたら、たまたま来た燈梨やアマゾン、それに他の1、2年生たちを驚かせちゃうもんね。

 まぁ、車は持ち主に似るってよく言うけど、確かに今のGTS-4は柚月に似てグロテスクだよね。


 「私は~、グロテスクじゃない~!」


 あれ? 空耳かな? ここにいるはずのない人の声が聞こえるよ。


 「うううっ……」

 「マイ、そんなもんにしとこうよ。早速始めちゃうからさ」


 折角柚月を追い込んだのに、悠梨に邪魔されちゃったよ。


 でも、悠梨が遂に塗装を始めるんだね。

 ……って、最初に塗った面からは、なんか柚月の車の色とは明らかに違うグレーが出てきちゃったよ。

 悠梨、塗料間違ってない?


 「ん~合ってるよ~。これはサフェだよ」


 サフェって、サーフェサーの事だね。

 プラモでも使うけど、地になる面の傷を埋めて滑らかにしてくれる上、塗装の喰いつきを良くしてくれる下地材の事だよね。


 「そうそう、それと車の場合はサビ止めの役割りも兼ねてるんだよ」


 へぇ~、そうなんだ。

 ところで悠梨、なんで柚月のGTS-4は外に出さないの?

 ぶっちゃけ、ここにあっても邪魔になるだけじゃないの?


 「いやいや、調合したと言っても完璧じゃないからさ、実車の色合いを見ながら調整できるように、目の届くところに置いてるんだ」


 あぁ、そういう事ね。

 いくら覚えていても、色合いの微妙な感じなんて、覚えきれるもんじゃないし、人の記憶なんて案外、当てにならなかったりするもんね。

 でも、実物がすぐ近くにあれば、それもすぐに分かるしね。


 「それに、塗装ブースから出入りを多くすると、それだけ埃が入るリスクが大きいからね」


 なるほどね、よく考えてやってるんだね。

 それにしても、なんで私らさっきからまんじりともせずに、ここでじっとしてるわけ?


 「さっき言ったぞ。塗装ブースへの出入りを多くすると埃のリスクがあるって」


 でもって、その理論でいくと、今日中に塗装が終わらなかったら、私らはここから出られないって事になるんだけど。


 「イヤだ~!」


 うるさいぞ柚月、動くと埃が舞うだろ。


 「ちなみに、今日中に塗装は完了しないからな」


 だろうね悠梨、さすがに分かるよ。

 だって、この時間にサフェだったら、乾いてから重ねるかを検討して、無ければ磨き工程に入って、下地を完全に慣らして、その上で、第一の塗料を吹き付けるのが精一杯じゃね?


 「今日中に第一の塗料が乗せられれば、御の字だなって思ってるけど」


 私も、そんなもんで良いと思うよ。

 ゆっくりちょっとずつ乗せていくのが、この手の中間色の塗装を成功させる秘訣なんだよね。


 「ううう~……」


 まったく柚月のせっかちにも困ったもんだ。

 どうして自分の車を美しく仕上げるのに文句がある訳なんだろう?

 さて、サフェが乾くまでの間、スマホでも見て時間を潰してよう。


 もうサーフェサーも乾いていい頃合いじゃね?

 プラモのなんて、割合速乾じゃん。


 「うん、大丈夫だね」


 私と柚月は、その声を合図に次なる工程の指示を待った。

 悠梨は塗装面と顔を平行にして眺めたり、ふぅーふぅーと息を吹きかけてみたりしてから、小指でチョンっと塗装面に触れてみた後で、指にサフェがついていないかを確認した後、ちょっとずつ触る範囲を広げてみてから


 「それじゃぁ、1回目の面出しをやるよ」


 と言った。

 さっき吹いたサーフェサーの上を、私と柚月で面の細かい紙やすりを選んで、軽く磨いてみた。

 塗装には段差がないみたいだから、表面が滑らかになった程度だけど、それはそれで良いんだって?


 なんか、ちょっと紙やすりかけたら、下地の黒が所々出てきてまだら模様みたいになっちゃったね。

 これで下地になるの?

 え? だから重ねるんだって? 削ってみてから下地重ねるって意味分からないんだけど。


 「まず、ベースの素材や色合いを一定にしておかないと、本塗装がまだら塗りみたくなっちゃうだろ?」


 そういうものなのかな? そういうものなんだって、そんなに力説されても私には分からない世界だなぁ。


 「マイだって~プラモの塗装するでしょ~。それと同じだよ~」


 そりゃぁするけどさ、それだって柚月に毒されて今年になって始めた事だからね。そんな、極めたみたいな人達と同じ視点では語れないんだよ。

 私はサフェ吹いて、1回吹いて失敗したら単純に重ね吹きしちゃうだけだからさ……って、2人してため息つくんじゃないよ!


 さて、今度は2度目のサフェ吹きに入ったよ。

 悠梨の塗装は、私なんかから見ると結構厚塗りで、これって塗装が垂れたりしないの? って思っちゃうほどなんだよね。


 「薄く吹きすぎると色がまだらになるし、厚すぎると垂れる。その微妙な加減がポイントだね」


 へぇ~、難しい世界なんだね。

 2度目のサフェは、しっかりとした感じで乗って、変なまだら感は無くなったよ。


 「それじゃぁ、今日の作業はこんなもんにしよう」


 そうなの?

 これで、サフェは終わりにしたいから、ある程度硬化するまで置いておきたいんだって?


 そうかぁ、じゃぁ、帰ろうか?

 優子と結衣も合流して、みんなで駐車場の方へと歩いた。

 もう、今年も終わるんだなぁ……としみじみ思ったよ。

 それにしても、春からクルマ、クルマってクルマ尽くしの1年だったような気がするよ。


 「私の~明日からの足は~?」


 うるさいな柚月、せっかく感傷に浸ってたのに、さっきも言ったでしょ、バイクがあるんだからバイクに乗ればいいじゃん!


 「イヤだー! 寒いもんー!」

 「なんだよ柚月、去年、グリップヒーターつけたって自慢してただろー。ヒーターあるんだから寒くないじゃん!」


 ホラ、結衣にまで突っ込まれてるよ。


 「手だけ温かくても、意味ないもんー! バイクなんかじゃ凍死しちゃうもんー!」


 またわがままか。

 そして、今の柚月の発言は全国のバイク乗りの皆さんに失礼だぞ! 謝れ!


 「ゴメンなさいー-!」


 結衣とで柚月を押さえつけて、頭を地面に擦り付けながら私は言った。

 良い? いくら喚いたわめいたって、部車は貸しませんからねっ!


 「コイツ、部車が目当てだったのかー」


 そうだよ結衣、柚月の考えてそうな事なんてお見通しなんだよ。

 どうせ、部車が空いてるから、1台くらい借りても良いだろうって、しかも、冬休み中で乗りまくってやろうってさ。


 「そんなの、許されるわけないでしょ!」


 あぁ、優子にマジで怒られちゃったよ。

 でも、柚月の事だから、またはじまるんだろうな


 「ううう~~……イヤだイヤだイヤだよ~!」


 出たよ、おもちゃ売り場の子供状態で、駄々こねて転がってバタバタし始めたよ。

 さ、みんな行こ行こ! 相手してあげると、コイツは調子に乗るから、無視してさっさと行っちゃうのが正解だよ。


 柚月、そんなに車に乗りたいなら、解体屋さんに行って、おじさんに廃車される寸前の軽トラでも貸して貰ったらいいじゃん!


 そこまで言って、私はある事を思い出しちゃったんだよ。

 ハッとして周りを見ると、結衣と優子も気がついたみたいで、私と同じような表情になってたよ。


 でもなぁ、あんまりこの事を教えたくはないなぁ……さて、どうしたものかなぁ……私は他の2人の様子を見ながら考えていた。


──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『3人は何を思い出したの?』など、少しでも『!』と思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。  


 


 

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