第357話 秘密の機械と集中力
お昼はカツサンドを食べてから再開したよ。
やっぱり上手く調色しなきゃいけないから難しいよね。
「でも、レシピさえできちゃえば、あとはそれに沿って作るだけだから、楽になるんだよ」
ところで、どの辺が難しいの?
「元の色合いがかなり独特なんだけども、それにも増して、柚月の車の年式による焼け具合を上手く再現しなくちゃいけないから、それが結構大変なんだよ」
なるほどね。
やっぱり難しい色合いの車だと、調色も面倒なのか。
「一概にそうとも言えないけどね」
そうなの?
元が単純な色でも、日焼けが激しいと、個体によっては独特の退色の仕方をしちゃうから、どの程度の範囲を塗るのかが定まらなくて大変だって?
「黒や赤の退色したものだと、ほぼ全塗装並みに塗らないと、差が出てきちゃうんだよ」
そういうもんなんだね。
それにしても、難しいよね、そういう作業。
私にはとてもとても無理だよ。悠梨だからこそできる事なんだよね。
私が言っていると、悠梨は満更でもなさそうな表情を一瞬浮かべた後
「とは言え、ちょっと勘だけだと難しいんだよなぁ……」
と言った。
その時背後から
「大丈夫! こんなのあるよ」
という声とともに現れたのは優子だった。
やっぱり優子は来てたんだね。それより家の手伝いはどうしたの?
「あぁ、あれは結構早く終わっちゃったから、合流しようとして学校に来たんだ」
でも、だったら何でこっちに来なかったの?
私らと早めに合流しておけば、柚月のおばさんのカツサンドが食べられたのにさ。
それを聞いて、一瞬だけ悔しそうな表情を優子は見せた。
だろうね、優子は柚月のおばさんの作るカツサンドが凄く好きなんだよね。
だから、柚月にも言ったんだよ『食い物の恨みは恐ろしい』って……柚月は意味が分かってないんだよ。
「それよりっ、この機械があれば、調色のヒントもお手のままよ」
優子は言うと、手に持った機械で私らの隣にある色合いが微妙な棚をスキャンして、そこに表記された数値を悠梨に渡してみた。
その数字を見ると、悠梨は凄くぱぁっとした表情になって
「よしっ! やってみるよ」
と言うと、柚月の車から外してきたフェンダーにさっきの機械を下側から順に当てていってるよ。
ところで、悠梨は何やってるの?
私が素朴な疑問を口にすると、悠梨の代わりに優子が答えたんだ。
「悠梨はあの機械を使って、ユズの車がどのくらい日焼けをしていて、どの程度の色を作れば良いのかを調べてるんだよ」
そんな便利な機械なの? 今悠梨が持ってるのって。
あれは、スキャンした箇所の色を読み取って、それを数値化するっていう凄い機械なんだって?
海外なんかでは、カー用品店とかに置いてあって、それで対象をスキャンして、タッチペンとかを調合するから、色のズレが少ないタッチペンが出来上がるんだってさ。
それにしても、なんで優子の家にそんなものがあったわけ?
え? 違うって? あれは学校の備品を借りたんだって?
なんでも、優子が選択の技術の授業で、その機械を使って独特な木の色合いを調合して、お祖父ちゃんの金属製の杖をまるで本物の木で作ったみたいな色に塗ったら、お祖父ちゃんに喜ばれたんだって。
それにしても、優子ったら技術科なんて、中学生みたいな選択授業取ってたんだね。
しかも、優子ってDIYに憧れてるんだけど、不器用な上に体力も無さすぎてできないタイプなのにさ。
「それは関係ないでしょっ!」
優子が図星を突かれたからなのか、顔を真っ赤にして反論したよ。
そんな間も、悠梨は脇目も振らずに、塗料と数字とを見比べて必死に調べて、メモを取っては、塗料を少しずつ色々な色と混ぜ合わせながら、真正面や斜めから見てみたり、日に向けて透かしてみたりもしていた。
悠梨、どうなの?
「う~ん。優子の機械のおかげで、かなり前進したよ。あとは、柚月の車のどの部分に合わせて色を作るかで悩んでるんだよ」
ゴメン、私は悠梨が何を言ってるんだか全く理解できないんだよ。
え? なになに? つまりは、柚月の車の日焼けした部分とそうでない部分があって、そのどちらに合わせた塗料を作って吹き付けていくかが重要なんだって?
それを間違えると、今度は右フェンダーの色合いが他から際立って濃くなったり、薄くなったりして、遠くから柚月の車を見た時に、あからさまにフロントの右フェンダーを塗装したってモロバレになっちゃうんだって。
そう言われてみると、たまに街中でいるよね。ドア1枚だけが妙に色が濃かったり、逆に薄すぎたりして、明らかにそこ鈑金したでしょって、感じになっちゃってる車ね。
そういうケースって、この調色をしっかりやらなかったから起こったりするんだって。
そういう車の場合も、鈑金が終わった段階では、綺麗になっていて、どこを直したのか分からないくらいに仕上がってる場合が殆どなんだって。それが、時間が経つにつれて日焼け具合や、経年劣化の具合が、他の面と違ってきちゃうから、段々とそこだけが妙に目立ってきちゃうんだって。
「ちなみに、直したところだけ綺麗すぎるのは、周囲との調色を無視した場合で、反対にそこだけが褪せていく場合は、気を遣いすぎて経年劣化のスピードを見誤っちゃった場合だね」
悠梨によると、調色作業の上で最も難しいのは、もちろん配合もあるのだが、それと同じくらい周囲との調和と、その車のどこに一番日が当たっているかを見極めるのが難しい作業らしい。
「だから、手間はかかるけどオールペンの方が気が楽なんだよね」
なるほどね、全部塗っちゃえば、他と合わせる必要ないもんね。
悠梨はそこまで話すと、再び塗料に向き合って黙り込んじゃったよ。
悠梨はのめり込むと、周囲の雑音とかを完全にシャットアウトしちゃうタイプなんだよ。軽音楽部の中でも集中力とひらめきは抜群なんだよね。
私と優子が手伝いながら、数時間が経過した頃、悠梨はまだ混ぜ合わせて、フェンダーにちょっと吹き付けては首をひねる……を繰り返していた。
やっぱり難しい作業なんだよ。
私と優子が納得して遠くから見守ろうと、ちょっと遠くに移動しようかと思った時
「できたっ!!」
悠梨の自信に満ち溢れた声が聞こえてきたんだ。
優子は、いつもの悠梨から聞いたことのない声に驚いていたが、私には経験があるので、優子とは違って、とても頼もしい思いになったんだ。
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■あとがき■
お読み頂きありがとうございます。
『続きが気になるっ!』『悠梨の集中力って、そんなに凄いの?』など、少しでも『!』と思いましたら
【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。
よろしくお願いします。
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