第356話 調色とカツサンド

 フェンダーを選んでいる間、悠梨はおじさんから色々、調色や、色の塗り方の手解きを受けてたんだって。

 それにしても、あのおじさんは何者なんだろうって、いつも思うよね。

 解体屋さんなんだけど、オーバーホールの腕も確かだし、塗装やスプレーアートの腕も一級品だし、ホントに謎のおじさんだよ……。


 「マイ、世の中には知らない方が良い秘密ってのもあるからね」


 なんだよ優子、噂話大好きの優子になんて、言われたくないなぁ……。

 まぁ、とにかく明日から、柚月の車の修理に入ろうね。


◇◆◇◆◇


 終業式が終わったから、今日からはガレージに悠梨が詰めて調色に入ってるんだ。

 私は、朝からガレージを開けて悠梨の手伝いをしていたんだ。

 悠梨はいくつもの塗料を少しずつ取って混ぜ合わせて、色を合わせていたんだよ。

 車の色って、塗り替えていない限りはエンジンルーム内のプレートに書かれている色番号で塗られてるんだけどさ、経年劣化や、保管状況によって色が焼けたりして色合いが変わってきちゃってるんだよね。


 悠梨が調色している間、私は悠梨の言った色を用意したりして、サポートしてたんだけど、不意に悠梨が言ったんだよ。


 「柚月の車のフェンダーって、まだ来ないのかな~?」


 そうだね。

 まだ来ないと、こっちの作業が滞っちゃうもんね。

 こっちは塗料相手だから、乾いちゃうとダメだもんね。

 ちょっとLINEしてみるね。


 あ、返信きた。

 なになに? 

 『まだボルトが外れないよ~。焦らなくてもOKでしょ?』

 だとぉ?


 なんて奴らだ、ぶったるんでやがる! 

 悠梨、ちょっと向こうの奴らの根性を入れ直してくるよ。


 「フェンダーも持って帰って来てね~」


 分かってるよ。ついでに何かお昼も持ってくるね。

 私は、休み中でガラガラな生徒用駐車場に佇む自分のスカイラインに乗ると、柚月の家を目指した。


 柚月の家に到着すると案の定、結衣と柚月が、ダレダレの作業をしていた。

 まだ、フェンダーが外れてないよ……どころか、ボルトが全部外れてない状態なのに、お茶なんか飲んでやがるよ。


 私の姿を見た柚月が、ビクッとして逃げ出そうとしたため、後ろからホールドした。


 コラぁ、柚月!

 さっきの返信はどういう事だよぉ。

 こっちは、塗料が固まっちゃうんだから、その前に調色しちゃいたいんだからぁ、ダラダラやってられちゃ困るんだよ! ダラダラやってられちゃ!

 ……って、柚月めぇ! カツサンドなんか隠し持ってやがってぇ! まさか、私と悠梨を待たせておいて優雅にランチと洒落込んでたのかぁ?


 「腹が減っては、戦はできぬ。だよ~!」


 うるさいっ!

 だったら、待たされてる私らの立場はどうなるんだよ、私らの立場は!


 「部室のロッカーにカップ麺があるよ~」


 この野郎! 言うに事欠いて、私らにはひもじくカップ麺を食べろってのかぁ? しかも、そのロッカーって、柚月のロッカーじゃないだろ?


 「ナナっちのだよ~」


 しかも、七菜葉ちゃんのおやつを横領させようってか?

 いざとなったら私と悠梨を犯人に仕立てて、自分はそ知らぬふりしようってか?

 このっ! 柚月め! 芯から腐ってやがるな、お仕置きしてやる。このっ! このっ! えいっ!


 「参りました~、ゴメンなさい~!」


 まったく、柚月はお昼後回しにして、さっさとフェンダーを外すんだよ!

 まったく、柚月のカツサンドは没収だよ……って、あれ? このカツサンドって、おばさんの作ったやつじゃね?


 「その通りだよ~。私とユイの分、作ってくれたんだぁ~」


 って事は、私らの分も作って貰おう。

 そうだよ、学校に戻っても、冬休み中だから購買も学食もやってないんだからさ、ちょっとお願いして来ようっと。


 やっぱりあったぞ。

 ってか、最初から5人分作ってたんだけど、柚月が私らの分はいらないって言ったんだって?


 コラぁ、柚月ぃ!

 食い物の恨みは恐ろしいんだぞぉ! そんな人でなしの柚月の手伝いなんかやめてやるからなっ!


 「ゴメンなさい~!」


 一体、私がここに来てから何度そのフレーズを口にしてるんだよ!

 とにかく、向こうにいる私と悠梨の分を準備して貰うからね。

 オイ柚月! さっさと差し入れの準備!


 「なんで~、私だけがやるんだよ~」


 当たり前だろ、悠梨は本来ならしなくていい事である調色の作業をやってくれてるんだよ。

 ヘタクソな運転のせいでぶつけちゃった柚月が、差し入れくらい持って行くのは当たり前だろ。

 差し入れ用意しながら、もう片方の手でフェンダー交換もするんだよ!


 「うう~、マイのサディスト~」


 なんだと、自分の不手際のせいなのに、人に何かをやらせようってのか?


 「マイ、そんなもんにしといてやれよー」


 珍しく結衣が言った。

 本来なら結衣も同罪なんだからね!


 「分かったよ。とにかく今から外すから、イライラするなよ」


 よしっ!

 私は上のボルト外すから、結衣は下のボルト外してよ。

 それで、固着してるボルトってどれ? え? ほとんどだって?


 「でも、浸透潤滑剤吹いたから、大丈夫だよ」


 よしっ! それじゃぁ、メガネレンチを当てて力を入れて、えいっ!

 “パキッ”

 よっしゃぁ! 回ったぞぉ!

 この要領でドンドンいこう。


 ……なんかさ、全部のボルトが取れてから言うのもなんだけど、ボルト回した数って、圧倒的に私が多いよね。


 「マイが、一番多い面を選んだからだろー」


 だって、下のボルトなんか外すの面倒で嫌なんだもん。

 なにが悲しくて、私は塗装の手伝いと並行して、フェンダー外しの手伝いまでしなくちゃならないんだよ。


 とにかく取れたから、このへこんだフェンダーと差し入れを持って、私は学校に戻るね。

 私は、フェンダー交換班と別れて、再び学校へと向かった。



 あれ? 生徒用の駐車場に優子の車があるよ。

 優子がこっちに合流したんだ。


 お待たせ~、向こうがトロトロしてたからさ~、力一杯喝入れてきてやったよ。そしてついでにカツサンドも用意して貰っちゃった。

 喝とカツをかけてるんだよ、上手いでしょ~。


 「寒い駄洒落言ってないで、取り敢えずお昼にしようよ」


 ノリが悪いな悠梨ったら、え? お腹が減って、そんな余裕は無いって? 確かにそうだね……って、優子は?


 「優子なんて見てないぞ。だって、優子は今日家の手伝いがあるって言ってたじゃん!」


 そうなんだけど、駐車場に車が止まってたから、学校に来てるのは間違いないんだよね。


 「部以外に用事があったんじゃね?」


 そうなのかな?

 とにかく、ガレージの中は埃っぽいから、部室でお昼にしようよ。向こうに置いてあるからさ。


 部室では、沸かしておいたお湯でお茶にしながら、さっきの柚月の家での出来事を話していた。


 「それにしても、あの2人は何してたんだって? 2人いて、フェンダー1枚外すのに午前中いっぱいかかってたの?」


 違うよ悠梨。

 午前中いっぱいかかっても外せなくって、私が入って3人でやってようやく……だからね。


 「しょーもないな~」


 だね。

 でもこれで、柚月の車がある程度直れば、遂に問題なく1週間後のご来光イベントが楽しめるよね。


 「そうだね~」


 何の気なしな感じで言ってる悠梨が、一番楽しみにしている事は、私には分かるよ。

 だって、悠梨ってこういう時に、やる気がなかったら、絶対主体的に行動しない娘だもん。

 

 それにしても、春・夏・秋・冬って、車が来てからの私らって、物凄く行動範囲が広がって、色々な思い出ができたよね。


 「なんだよマイ、柄にもない事言ってさ」


 でも、これはマジにそう思うんだよ。

 なんか、この3年生の1年間が、一番楽しかったなぁ……って思っちゃってさ。


 ──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『ご来光イベントに車は間に合うの?』など、少しでも『!』と思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る