第338話 学部と雨の音
内装の取りついた優子の車に乗って、遂に視聴会が始まったよ。
……それにしても、前も思ったんだけど、優子の車って、芳香剤の臭いがきついよ。
やっぱり優子さ、前からカビ臭いにおいとかしてたんでしょ?
気持ちは分かるんだけどさ、そこはみんなに相談しないと、優子の車に乗る機会が一番多いのは優子なんだからさ、みんなでワイワイ作業できるうちにやっておかないと……だよ。
「作業できるうちって?」
優子が不安げな表情で訊いてきた。
それはさ、大学生になっちゃったら、今までみたいにみんなの授業のコマが一緒って訳じゃないから、今までみたいに学校で四六時中一緒って訳じゃないんだよ。
そうなると、時間的すれ違いが多くなっていって、今みたいに、学校終わりにみんなで集まって……って訳にはいかなくなっちゃうんだよ。
うん、ちょっと冷たい事を言うようだけど、これは本当なんだ。
私ら5人が同じ大学に推薦で入れた理由は、私と悠梨は同じ学部だけど、あとの3人はバラバラな学部を受験したからなんだよ。
ちなみに結衣は、あれだけメカに弱いのに工学部で、優子は文学部、柚月はマゾヒスト学部だからね。
「マゾヒスト学部なんて、ないやい~!」
え? ウソだぁ~。
柚月が入学するから、マゾヒスト学部が新設されたって聞いたんだけどなぁ。
本題に戻るとね、優子。特に結衣なんかは、取る授業が全く違っちゃうから、今までみたいにチョイチョイ会う事なんて無くなるんだよ。
「……」
優子は黙り込んで下を向いちゃったよ。
仕方ないなぁ……でもって、これが現実だからね。
「マイ~、取り敢えず、その話は今は良いじゃん~」
柚月が言いながら私に合図を送ってきた。
あぁ、分かるよ。
優子はこういう風になると、途端に覇気が無くなって、暗くなっちゃうからね。
取り敢えず、気持ちを切り替えて、車に没頭させないとね。
よしっ、それじゃぁさっそく視聴してみよう。
……うん、やっぱり音が大きく、ハッキリと聴こえるよね。
「確かに~」
肝心な優子からの感想じゃなくて、柚月なんかの感想じゃ、意味ないんだけどな~。
「なんだよマイ、私『なんか』って~!」
聞いての通りの意味だいっ!
柚月なんかの感想じゃぁ、そこら辺の野良犬の感想の方がためになるって意味だよ。
「マイは~、野良犬の言葉が分かるってのか~?」
まぁね。
これでも柚月と会話するために、犬語は一通りマスターしたんだよ。
「私は~、犬じゃない~!」
うるさいやいっ! このっ! 柚月め、やる気かぁ~?
えいっ! このっ! とうっ!
あ、ようやく優子が笑い始めたぞ。こっちの世界に戻ってきた。
ハイ柚月、おしまい。どうどうどう。
「だから~、私は犬じゃないって~!」
それで、優子の感想はどう?
「すっごく変わったよ! 今までは何聴いても、ちょっと高音になると“ジジジ”とか”ビビビ”ってなってたし、なんか平べったい音がしてたんだけど、全然違う世界になった感じだよ!」
良かった。
やっぱり、こういう作業ってのは、理論や理想はともかくとして、やった本人が満足できるってのが、一番重要なんだからさ。
まずは、これでこの作業は大成功って事だね。
「でも~、優子がいつも聴いてるような~、AMの討論番組とかじゃ~、ここまでのシステムはいらないかもね~」
柚月がへらっとしながら言うと
「ちょっとぉ、ユズ! 私がそんなもの、聴いてる訳ないでしょ」
と、優子が顔を真っ赤にして言った。
そして、私の方に向き直ると
「そうだ、マイ。なんかこの車ね、このデッキにしてから、ラジオの入りが悪くなっちゃったんだよね。どうしてだろうね」
と訊いてきた。
そうなのかぁ……まぁ、私は基本ラジオなんてほとんど聴かないから、特にはそんな事、気にならなかったけど、優子がそう言うなら、きっと、そういう事なんだろうね。なにせ優子は、平日昼にやってる、お電話人生相談が聴きたいがために、スマホにラジオアプリ入れてるからね。
「マイ!」
なんだよ優子、ホントの事じゃん!
2年の頃に、お電話人生相談が長引いたせいで、2限の授業に遅れて、化学の澤田に超キレられてたじゃん!
まぁ、そしたらとにかくラジオを入れてみよう。
……あぁ、そうだね。なんか“サーー”って音が邪魔して、遠くの方で音が鳴ってるみたいだね。
そしたらまずはトラブルシューティングだね。
まずはこの局の受信状態が極端に悪いのかもしれないね。他の局に……って、なんか他も似たような感じだな。
AMとFMの違いもあまり変わらなくて、普通はFMってクリアに聞こえるものなんだけど、一番距離的にも近い地元のFM局でもやっぱり雨の向こうの音みたいに聞こえるんだよね。
念のために、この辺の電波状態が悪いのかもしれないから、柚月の家の車のラジオで試してみよう。
悪いけど柚月、ちょっとおじさんかおばさんの車のキーを借りてきてよ。
「え~!?」
え? 嫌なの?
じゃぁしょうがない。私がおばさんに借りてくるよ。
ついでに柚月の事について、ちょっと耳に入れておきたい話もあるしね。
おばさ~ん! スミマセン。
「待った~!」
え? なに柚月?
借りてくるって? 最初からそうやって素直に借りてくれば良いんだよ。別に乗り回そうってんじゃなくて、ラジオの聞き比べするだけなんだからさ。
柚月のおばさんのクロスビーに乗ってエンジンをかけた。
もう、おばさんのクロスビー14万キロも走ったんだね。まだ、5年くらいじゃなかったっけ?
「遠乗り以外は~、父さんも使ってるからね~。あと2年くらいしたら買い替えるんじゃない~?」
そうなんだ。
柚月の家のシーマは逆に走行距離が少ないんだよね。
私らが生まれる前からおじさんが乗ってる、インパルのフルエアロ仕様なんだよ。
なにかで貰った賞金で買った物らしくて、おじさんが凄く大事にしてるから、小学生の頃、柚月がバスケットボールをぶつけてへこました時、普段は優しいおじさんが、柚月の事をえらい剣幕で怒ってたのを見て驚いちゃったんだよね。
さて、ナビのモードをイジってラジオを……っと、なんか、凄くクリアに聞こえるね。
局を色々変えたり、AM/FMを変えてみたりしても、優子の車みたいに“サーー”って感じの雨の音みたいな雑音は無くて、凄くクリアな音にビックリしちゃうくらいだったよ。
って事は、電波のせいじゃなくて、車かデッキのせいって事になるよね。
よし、じゃぁ、私と柚月の車のラジオの音を聴いてみれば、原因がどっちにあるかハッキリ分かるよね。
ちなみに、私と柚月のデッキは同じ機種だけど、優子のはメーカーも機種も違うデッキなんだよ。
つまりは、ここで私らの音がクリアなら、優子のデッキがおかしいって事になるから、まずは私らのどちらかとデッキを1回入れ替えてみて、音が変わるかを試してみるんだ。
それでもおかしかったら、優子の車の個体の故障って事になるし、そこでクリアな音になれば、デッキの故障って事になるんだよ。
「もし~、私らの車もおかしかったら~?」
そうなると、R32特有の事象って事だよ。
だから、全く別の調査と対策が必要になってくるんだよ。
まぁ、今の段階であれこれ言っても全く前に進まないから、まずは試してみようよ。
まずは柚月の車ね。
「ラジオなんて聞かないから~、つけた事ないなぁ~」
それは私も同じなんだよね。
それじゃぁ、まずはスイッチオン!
“サーーーー”
あれ? 優子の車と同じ症状だな。
局やAM/FMを変えても同じ症状だった……。
「ええ~!!」
残念、柚月さんの車も同じ症状です。
と、なると私の車も、同じ症状な可能性が大だよね。
アクセサリーにして、恐る恐るスイッチを入れて、モードをラジオに切り替えた。
“サーーーーーー”
やっぱり同じ症状だった。
これで決定だね。R32特有の症状だよ。
優子が絶望したように脱力しちゃったよ。
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■あとがき■
お読み頂きありがとうございます。
『続きが気になるっ!』『ラジオの異常なんて、車種によってあるものなの?』など、少しでも『!』と思いましたら
【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。
よろしくお願いします。
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