第337話 采配と16センチ
ふぅ……ようやく優子の車の後席の脇の内張りも外して、その中に溜まってるカビやコケを排除したよ。
それにしても、優子はよくこの状態の車に何ヶ月も乗ってて平気だったね。カビを吸い込むのは体に良くないらしいよ。優子も気管支のお医者さんにかかった方が良いんじゃない?
折角だから、これから天井の内張りも剥がして全部綺麗にしちゃうよ。
◇◆◇◆◇
いやぁ、ホントに、優子の車ってこの状態で何もなかったってのが奇跡だよね。
天井の中だって、メチャクチャカビの巣窟みたいになってたじゃん!
なんかさ、シートの間とか、マットの裏から食べられないキノコとか生えてそうなんだけど……大体、室内で保管してたのに、一体全体どうしてこんな事になってるんだろう?
優子の家の蔵ってさ、実は結構豪快に雨漏りとかしてるんじゃね?
とにかく、風通しを良くして、更に拭いた所はまだ組み付けずに、充分外気で乾かしておこう。
それじゃぁ、まずは、さっきの要領でデッドニングだね……って、大体、その作業を真っ先にやるはずだったのに、あまりに優子の車が汚かったから回り道になっちゃったんだよ。
さて……と、私の車で先にやってるから、作業の段取りに関しては慣れたもんだよね。
邪魔しそうな配線とかを上手く退けて、シートを貼りつけて……と、これで私のパートに関しては完璧だよ。
それじゃぁ、優子のスピーカー交換に入ろうか。
それにしても、純正のスピーカーは、エッジがボロボロすぎて無くなっちゃってさ、なんかスピーカーの中央の部分が宙に浮いてるみたいになっちゃってるんだよね。
これをまず外して……って、優子はスピーカーを取り付けてる基部から外しちゃってるよ。
外した基部ごとスピーカーを向こうへとやっちゃってるけどさ、優子、基部は再利用するんだよ。え? なに優子、再利用しなくても良いんだって? なんで?
「16センチのスピーカーにするんだよ」
どういう事?
フロントのスピーカー径を拡大するんだって? 拡大して汎用性を高めると共に、出力が上がるんだって?
まぁ、確かにフロントのスピーカーは特殊なサイズだって事は知ってるけどさ、それを、通常のサイズに変更できるんだ。
なに? そのための専用の基部が存在するんだって?
なるほど、そういう事か。
確か、R32のフロントに採用されてるサイズは、国内のメーカーだと軒並み廃盤になっちゃってて、今手に入るのは海外製になるんだよね。
「まぁ、今作ってるところは、本格的なオーディオメーカーだから、音は良いんだけど、正規で輸入してないから、いつ入手できなくなるかを考えると、汎用にした方が良いのかな……って思うんだよ」
そうなんだ。
拡大したスピーカーのサイズは、今の日本車ではごく標準的なサイズだから、入手できなくなるって事は、今のところないみたいだね。
それに、一般的だから価格も安めだって言うメリットもあるのか。なるほどね。
新しい基部は木製なんだね。木製の方が吸収が良いのは、私だって音楽やってたから知ってるよ。
でも優子、ケチつける訳じゃないんだけど、この新しい基部って、何の処理もされてないから、ニスとか塗って防腐処理しておかないと、雨の湿気とか吸ってボロボロになるんじゃないかな?
「えっ!?」
オイオイ優子、触ってみれば、処理されてるか否かは分かるでしょうに、柚月の家の物置とかにニスとかあると思うよ。
どうせ、乾くまでの間に、さっき外した内装をつけたりしてれば良いんじゃね?
よし、そうと決まれば早速やっちゃおう。
うんうん、途中途中で想定外の作業が入ってはくるんだけど、そのたびに私の機転の利いた指示によって、上手く待ち時間無しで回るようになってるのは、私の采配の妙の賜物ってやつだよね。
「マイに采配の能力なんて、ある訳ないやい~!」
コラぁ! 柚月め、突然現れたかと思えば、作業の役に立つ事もせずに減らず口ばかり叩きやがってぇ!
まったく柚月め、倒されて謝る結果は分かり切ってるんだから、余計なことしないで、黙って作業してれば良いんだよ。
ホラ、さっさと天井の内張りをつける!
これで、ようやく中断してたスピーカー交換に入れるね。
さっきの木でできた基部は、元々純正が点いていた基部と、形は似てるんだけど、大きなスピーカーをつけるために、純正品の基部が、それぞれ、斜め上方にオフセットされてつけてあるのに対して、真っ直ぐ取り付けてあるんだね。
なんか、この2つの基部の形の違いを見て、私、この狙いが分かっちゃったよ。恐らく、純正品が変なサイズになっちゃったのは、乗員の耳に向けて音を鳴らすために、取り付け位置をオフセットさせたレイアウトになっちゃって、その中で、最大の大きさにしようとしたからなんだろうね。
それに対して、優子が今つけたのは、ドアに対して平行についてるから、乗員の足に向けて音を鳴らすことになっちゃうんだね。
「でも~、今の車の殆どのフロントは~、ああいうレイアウトだよ~」
そうなんだ柚月。
恐らく、大きくなった分、出力も上がってるから、音の大きさの面では、私らの特殊サイズに圧倒的に勝ってると思うよ。
でもって私の勘だと、音の立体感は、私らの方が上だと思うよ。
「そうなの~?」
うん、音楽だってそうだけど、聴いてる人の耳に向けて音が届けられるのが理想なんだよ。
そうすれば、3割小さな音でも、しっかり細かな音までも届けられるんだよ。
それに対して、耳から離れた位置から、これまた耳から離れた位置へと投げかける音ってのは、5割増しの音で弾かないと、どうにも中高音を聞き漏らされてるように思うんだよ。
耳から離れた位置で音楽聴いた観客から、後で言われるのが、曲調が変わったとか、悠梨のパートが今回は出番がなさすぎるとか、明らかに中高音の辺りの音を聴きとれていない感じの評価なんだよね。
優子の持ってきたスピーカーは、確かにこの基部を使うと、すんなりと16センチのスピーカーを受け入れた。
でも、やっぱりと言うべきか、オフセットはされずに、あくまでドアに真っ直ぐついている状態だったね。
よし、優子の作業の後にダブルチェックと増し締めをして、例のスピーカーの上から、ドアの内張りがついて、見た目上、優子の車は何が変わったのか全く分からないよ。
でも、スピーカーグリルの中から、時よりキラッと光るものが見えた時、初めて中身が変わっていると分かるのだ。
車の場合は外に発散させるものが無いから、どうしてもこういうチラリズムと自己満の世界になっちゃうよね、この手の地味な作業の場合はね。
それじゃぁ、早速優子の車も試聴会、やろうよぉ~!
──────────────────────────────────────
■あとがき■
お読み頂きありがとうございます。
『続きが気になるっ!』『スピーカーの角度って、そんなに変わる物なの?』など、少しでも『!』と思いましたら
【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。
よろしくお願いします。
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