第311話 懐とスライド
一度、FCで戻って来ると、同時にタイプMが出発して行った。
優子が七菜葉ちゃんと出て行ったみたいだよ。
燈梨、お待たせ。
さぁ、行こうかぁ~。
え? 効率的に進めるために、練習場を半分にして2台同時にできるようにしたって?
良いと思うよ。よりみんなが楽しめるようにした方が良いからね。
よしっ、それじゃぁ……って、なんでななみんまで後ろの席に乗ってるんだよ。
「アマゾンじゃないっス! マイ先輩は、燈梨さんに事あるごとにセクハラを働こうとするから、きちんと監視するっス!」
いや、まずにしてアマゾンなんて言ってないじゃん。
別にいいけどさ、ただでもRX-7のリアシートなんて狭いのに、2人で乗るの、大変じゃね?
「降りる~!」
遂に柚月がギブアップか、そりゃそうだよ、こんなの子供用のシートだよ。アルトやミラのバンのリアシートといい勝負だもん。
よしっ! 今度こそしゅっぱ~つ!
おおっ! 結構燈梨の走りが冴えてるね。
燈梨は、普段S14のシルビアに乗ってるから、絶対この車の低域での弱さと、ハンドルのクイック感に戸惑うと思ったんだけどなぁ……。
「えへへへ……実は、前にFDを運転したことがあるんだ」
そうなの? オリオリさんや、コンさんの知り合いにFD3Sに乗ってる女の人がいて、秋から冬にかけて何回か乗せて貰ったんだって?
なるほどね、FD乗った事があるんだったら、FCもお手のものって訳だね。
何周かして貰ったけど、燈梨は確かに慣れていて、きちんと乗りこなせてるように見えるね。
さっすがFDに乗っただけの事はあるね。
それじゃぁ、燈梨、さっきのななみんの最後の取っ散らかり方、見たよね。
「うん。完全に立て直せなかったやつだよね」
まぁ、サイドをきっかけにしたドリフトの失敗なんだけどさ、どうすれば良いのかを、ななみんにレクチャーして欲しいんだ。
ちょうど後ろのシートにいるから見やすいしね。
燈梨は、車をスタートさせながら言った。
「まずは、走り方自体は、同じだけど、お尻が流れ始めてからの走らせ方が違うの」
燈梨は、おもむろに強めのブレーキをきっかけに後輪をスライドさせながら、続けて
「滑り出したら、すぐに修正舵を当てながら、鋭角に滑らせて前に押し出すイメージで、コーナーの出口を目指すんだよ」
と言いながら、鋭角にスライドさせながらカーブを脱出した。
すると、後席の脇に掴まりながら、燈梨の運転操作を見ていたななみんが言った。
「でも、もっと角度をつけたお尻の滑らせ方は無いっスか? 部のタイプMやシルビアなんかは、真横に近いところからでも立て直すじゃないっスか」
うーん、ななみんね、無理とは言わないけど、かなりハードルが高いよ。
それは車の特性上、どうしようもない事なんだよ。
「どう、どうしようもないんっスか?」
スポーティな車は、あくまで曲がりやすくして、カーブをグリップ走行で抜けていく事を前提にセッティングされてるんだ。
それは、R32やシルビアでも一緒だけど、R32やシルビアはスポーツカーじゃないから、一般の人が運転した際に、万一の事があっても立て直せるように、わざと一部操作性をダルくしたり、足回りから若干パワーを逃がしても、アンダーって言うの? カーブの時に外に引っ張られていくような感じの操作性になるように設計されてるんだよ。
だけど、RX-7はスポーツカーで、アンダー気味なのをリニアに近づけてるんだよ。
そこんところを削ぎ落としちゃってるから、シルビアなんかの得意技である『ダラダラ流す』なんてことはできないんだよ。スピンとスライドの境界線がかなり紙一重だからね。
RX-7はカーブでの脱出速度が速くて、ハンドルがリニアだって事は、設計者は、ドリフト走行なんてしない前提で鋭角なグリップ走行でスパッとカーブを脱出することを考えて、この車を設計したんだと思うよ
「なるほどっス」
だから、今やるななみん達のメニューでは、まだまだFCでドリフト走行するのは難しいよ。
確か、FCにもHICASに似た、トーコントロール・サスって安定性を高めるデバイスがあったはずなんだよね。R32のHICAS同様、キャンセルされちゃってる車が結構いるけどね。
「何でっスかね?」
恐らくだけど、そういう人たちにとっては、FR車の挙動って、ミニ四駆みたいに原始的なのが好まれてるんだと思うよ。
だから、積極的にリアタイヤをコントロールして安定性を高める物に抵抗感が強いんだよ。
そして、さっきのななみんがとっ散らかった最大の原因は、RX-7のスライドさせられるスポットが狭いという事を理解していなかった事、そして、RX-7の場合はシルビアなんかに比べて、その領域を超えると立て直しが効かなくなるという事を理解して、さっさとスピンして止めなかった事なんだよ。
「なんか、昔見たアニメとかのイメージでは、RX-7で自在にドリフトしたりできるものだと思ってたっス」
あぁ、ななみん、あれはね車が空飛んでるのと同じレベルの物語なんだよ。あれとバックトゥザフューチャー2とは、ほぼ同義くらいのあり得ない事やってるんだ。
ドリフト大会とかでも、RX-7で出場してる人が圧倒的に少ない理由は、さっき私が説明したような事なんだよ。
燈梨がFC3Sを運転しながら、頷いて聞いていたよ。
そして
「そうだよ、七海ちゃん。あれを見てこの車を運転するのは危ないよ」
と言った。
一通りの燈梨の走行が終わって、戻って来た後で、ななみんが訊いてきた。
「でも、マイ先輩。R32では、どういう動きになるんっスか?」
あぁ、ななみん、実践してみて体に覚え込ませようってんだね。いい傾向だよ。
ちょうど、タイプMが空いたから、ちょっとななみん、やってみようか。
私が助手席に乗ってななみんの運転で出発した。
じゃぁ、アマゾン、好きなタイミングで合図してね。サイド引くからさ。
「アマゾンじゃないっス……マイ先輩、今っス!」
ななみんの合図と共に、私はサイドブレーキをえいやって感じで引いて、リアタイヤをロックさせた。
すると、タイプMの後輪はスライドを始めた。
ななみん、まだまだだよ。
アクセルをもっと深く踏んで、リアタイヤをもっともっと滑らすんだよ。
RX-7とは逆の動きで走らせるんだ!
ななみんが言われてアクセルを踏み込むと、タイプMはほぼ90度真横に向いた。
よし良いよ! 立て直してみて!
ななみんはアクセルを緩めながら、ハンドルをせわしなく左右に修正しながら切っていくと、タイプMのお尻はドンドンと納まっていった。
ななみん! ここで落ち着いてないで、逆側に降り返してみせて。
私が言うと、さすが格闘家だけあって、ななみんは勘でどう動いたらいいのかを判断して、アクセルを少し緩めてから踏み込んでスライドを誘発させると、ハンドル操作を併用して、見事逆側に降り返すことに成功したよ。
アマゾン、やったじゃん!
今回の2台って、同じFRでも全くタイプの違う2台って分かったでしょ?
「ハイ、分かったっス! 動きもっスけど、R32を滑らせて、マイ先輩の言ってた『考える時間』なんかも体感できたのが良かったっス! この車は、懐が深いっス」
うんうん、これで今回の新部車のFC3Sが来た事で始まった部車の乗り比べも、ななみんに挙動の違いを理解してもらうって言う有意義な結果を残せて、意義のある事だったねぇ。
よしっ! 次は誰? 紗綾ちゃんだって?
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■あとがき■
お読み頂きありがとうございます。
『続きが気になるっ!』『同じFRなのに、そんなに違うものなの?』など、少しでも『!』と思いましたら
【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。
よろしくお願いします。
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