第310話 砂袋と意外な方策

 ふう、ようやく柚月の騒ぎから解放されたよ。

 バッテリー上がりの一件からずっとだからね、少しは大人しくするって事を覚えて貰いたいもんだね。


 柚月の作業でガレージを長期で借りちゃったし、今回も騒ぎを起こしちゃったから、今週は私らが同乗してあげて、普段は味わえないハイパワー車の練習走行なんてどう? 燈梨。


 「えっ!? 良いの?」


 大丈夫だよ。バイトがある人は抜けるけど、それでも私と優子は来られるからさ、恐らく悠梨はFCの板金塗装の準備とかで黙ってても来るだろうし、後は結衣だけど、今日はバイトだから、明日からは大丈夫なはずだよ。

 マックスで4人だけど、悠梨は流動的だから、3人って見込んでおけば大丈夫だよ。


 「なんで、私はいないんだよ~!」


 柚月は騒ぎ起こすだけで役立たずだって事は、今日の活動でよく分かっちゃったじゃん。したがって同乗練習の頭数からは外すよ。

 どうしても部に来たかったら、部車の洗車でもしてれば良いよ。


 それじゃぁ、早速同乗していくよ。

 今日はみんなFC3Sの方に乗りたいんでしょ、私が同乗するから、誰でも好きな順番で来て良いよ……って、柚月は3年の上、さっき勝手に乗っただろ、ダメだよ!


 「まだ乗りたい~!」


 ダメっ! そんなに乗りたいんだったら、後ろの席に乗れ! って、乗ってるよ。

 まぁ、いいや。

 最初は誰だい? アマゾンかぁ、さっきの余韻を忘れないうちに、自分で確かめようってハラだね。良い心がけだよ。


 「アマゾンじゃないっス!」


 そう言う割りには、私が素でななみんって呼ぶと、凄く寂しそうな目でこっちを見るくせにさ。

 さっそく出発しちゃってよ。


 ふむふむ、ななみんの運転は、さっきの私を見ていたのもあって、安定してるね。

 ななみんの場合は、競技車以外の部車はほぼ均等に乗ってるのかな? ちょっと訊いてみよう。


 「私は、競技車とナンバーのついてる車以外は乗ってるっス」


 って事は、シルビアとセフィーロとサファリは乗ってないのかぁ……見事なまでにFR車ばかりに乗ってる訳だね。

 そうなると、この車の違いって分からない?


 「なんかこう、他の車よりもクイックな動きっス!」


 さすが、普段からスポーツタイプの原付に乗ってるだけあって、その辺の違いを一発で感じ取れる能力は素晴らしいよぉ。


 「そ……そうっスか?」


 うん。

 鈍感な人だと、特に違いを感じないって言っちゃって、スピンさせて初めて気が付くみたいだよ。

 逆にななみんの場合は、4WDを知らない事がプラスに働いてるのかもね。


 「どういう事っスか?」


 最初から4WDに慣らされると、後ろにある置物みたいに、ちょっと勘が鈍りがちになるんだよ。今の時期なんて特にね。


 「置物じゃないやい!」

 「でも、マイ先輩。私が思ってたよりも、なんかクイック感がマイルドな感じがするっス! マイ先輩がカミソリだって言うから、もっとスパッとしてるものかと」


 それはね、ななみん。

 今、後ろの席に置物を置いてる事とも関連してるんだよ。


 「置物じゃない~!」

 「ズッキー先輩は、静かにするっス! じゃないとコンドルジャンプっス!」


 今、この車はさっきよりも重くなってるんだよ。

 しかも、増えた分の重量が、リアタイヤ直上にかかってるから、グリップが良くなってるんだよ。


 「そうか! 凍った路面ではトランクに砂袋を積めって、教習所で習ったっス!」


 そう言う事、今、後ろの席に砂袋を置いてるから、トラクションって言って、路面にタイヤを押し付ける力がマシマシになってる訳。

 だから、持ち味のクイック感がちょっと削がれちゃってるんだよ。


 「ズッキー先輩ぃ……自分の邪魔をするなんて、許せないっス!」


 まぁまぁななみん。

 逆にこれは私も考えてやってるんだよ。


 「どういう事っスか?」


 もし、そのままの状態で、免許取得前組を乗せちゃうと、クイックすぎてスピンしまくって、ぶつけちゃったりするかもしれないし、スピンばっかりして面白くないだろうから、ちょっとだけリアのグリップを増して、安定する方向にセッティングしたんだよ。


 「なるほど!」

 「そういう事か~」


 あれ? 砂袋が喋ったぞ。


 「砂袋じゃない~!」


 まぁ、ななみん。

 この状態でも、充分にクイックだって事は体感できてるみたいだから、逆にこのクイックで安定してる状態でもっとガンガン走っちゃってよ。

 このくらいの方が楽しいと感じられると思うんだよね。


 「分かったっス!」


 ななみんは、ぐっとハンドルを握ると言った。

 その表情には、さっきより光が差してるように見えたんだよね。


 ななみんがその後、ガンガン走らせているのを横で見ていて確信したよ。

 やっぱり私の読みは当たってたみたいだ。

 人1人分でそんなに変わるものなのかな? って思ってたんだけど、恐らくFC3Sの場合は、スポーツカーだから結構重量配分がシビアに見られてるんだろうね。


 結構立ち上がりの地面を蹴る力と、あんだーって言うの? カーブの立ち上がりで外に膨らんでいく力が強めになったよね。

 ななみんのレベルでなら、このくらいダルくなってくれた方が、走らせやすいと思うんだよ。それでもR32よりはクイックでピーキーだし、まったく、私のアイデアは最高だぜ……ってね。


 どう? ここまで走らせてみて。


 「凄いっス! ハンドルに伝わってくる感覚もしっかりしてるし、切った感覚もスパッとしていて本当にカミソリっス! そして、お尻もどっしりしてるっス!」


 うんうん、これで私も苦労した甲斐があったよ。


 「マイは、苦労なんてしてないだろ~!」


 うるさい、砂袋筋太郎!

 私の苦労を、何も無かったみたいに言うんじゃない!


 「そうっス、砂袋は黙るっス!」


 凄いねぇ、今日のななみんはなかなかマジだよ。

 柚月にここまで強気に出るななみんを見るのなんて、そうそうないからね。

 なにせ、格闘技でも、マゾヒスト部でも先輩だからね。


 「マゾヒスト部じゃないっス!」


 まぁ、照れは置いておいて、それだけななみんの中でも、このFC3Sに対する期待は大きかったんだね。

 それじゃぁ、スライド走行も体験しておこうよ。

 せっかくコースも凍結してるんだからさ、この車の厳しさは、スライドさせてからのところにもあるから、思い切ってやってみよ~!


 ななみんに直線で速度を上げて貰ったよ。

 そして、この辺だなって所で、私が助手席からサイドブレーキをえいやって、引いてあげたんだ。

 ウン、FC3Sは助手席からサイドブレーキが操作しやすいんだよね。


 やっぱりだ。

 ななみんは、スライドすることは予測できてたんだけど、それでも車の動きに対応しきれなくて、対処が遅れてるんだよ。

 このままいくと、スピンかな……って、逆にハンドル切って、カウンターを当てられたね。よし、及第点。

 でも、全てが遅いから、そのカウンターが仇になって逆側に車が飛んでいっちゃうんだよ。

 それを立て直そうと逆にハンドルを切るんだけど、遅くて逆に飛ぶ、これを繰り返して“タコ踊り”っていう状態になっちゃってるよ。


 そして最後はスピンで停止……っと。


 「怖いっス!」


 どう? これが、シビアな車の本当の顔だよ。

 

 「なるほど、さっき、ズッキー先輩がダメだった理由が分かったっス!」


 じゃぁ、どこがダメだか、ななみんは分かる?

 

 「全てが早すぎて対処できてなかったっス!」


 うーん、それだと50点だね。

 早すぎて対処できないのは結果論なんだよ。

 そうなる前に車から発されてるサインを見落としてたでしょ、それがダメだったんだよ。


 じゃぁ、それをこれから学んで貰うために、燈梨に運転して貰いながらレクチャーするね。

 これは、FC3Sという素材が入ったいいチャンスに、FR車に乗る基本を身につけて貰おうって言う壮大なプロジェクトなんだよ。


 「マイは、絶対今テキトーに思いついたことを言ってるだけだぞ~」

 

 うるさいやい、砂袋!


──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『ななみんに足りなかったものって、一体何?』など、少しでも『!』と思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。


 次回は

 思わぬFR練習会の展開となり、舞華は次のステップに移ります。


 お楽しみに。

 

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