第308話 宿敵とアマゾン
よしっ、車が逆側に向いたぞ。
それにしてもFC3Sの場合はホントにカミソリだねぇ……R32とかS14だと、スライドに入るまでにワンテンポ考える時間があるんだけど、FC3Sは即座にスパッと向きを変えるから、面白いんだけど、知らないで滑らせると一瞬怖いねぇ。
私みたいに、ある程度スライド慣れした人間だとなんとかなるけど、燈梨以外の今の1、2年生あたりだと教習車にしか乗ってないから、遊ばせたら危ないかもね。
……チェイサーとか、アルテッツァの動きも、スピンまでさせてないだろうから、一度、徹底してスライドの練習ができる車があった方が良いね。
……それで、本題を忘れるところだったよ。
ウン、このFC3Sには機械式のLSDがついてるね。
私の振りっ返しにもついてくるし、何よりアクセルを踏むと確実に後輪が掻いて、くれて、前に進んでいくからね。
私は8の字を走った後、外周を何周かしてみた。
このFCって、きっと誰かがいじって乗ってたんだけど、左後ろをぶつけたりして心が折れて部品取り車になったんだろうね。
しかし、ぶつけた程度で直そうともしないで部品取り車にしちゃうとはね……正直車にしてみればたまんないね。
「ゔぇ~……気持ち悪い~!」
なんだよ柚月、だったら乗って来なきゃよかったんだよ。
割り込みして乗った挙句に、車酔いなんてサイテーなんですけど。
大体、誰が乗ってくれなんて頼んだんだよ!
仕方ない。
この菌を降ろすために、一度戻ろう。
せっかくの部車なんだから、名残惜しいけど現役の娘達にたくさん乗って貰わないとね、だから私も柚菌と一緒に降りよう。
「……ユズキンって……言うなよ~」
うるさいよ柚菌!
アンタのせいで迷惑被ってるのに、なんでアンタに指図されなきゃ……って、柚月ダメ!
「え~?」
柚月の手は、明らかにパワーウインドースイッチを押し込んでいた。
あぁ~!! 柚月のバカー!!
◇◆◇◆◇
「それで、窓が開きっ放しなんっスね?」
そういう事、アマゾン。
昔のマツダ車のパワーウインドーは鬼門なの。特にあんまり開閉させない助手席はね。
兄貴はねFC4台の他にファミリアGT-XとGT-R、それとユーノスロードスター3台乗ってたからね、兄貴の車に乗る時には『舞華、マツダ車の窓を開けちゃダメだぞ!』って言われたもんだよ。
まぁ、開けなくても、勝手に開きだして壊れたパターンもあったけどね。
「ええっ!?」
兄貴の車で3回見た事があるよ。
走ってて段差を超えたり、スーパーの駐車場の入口のスロープを走ってる最中に、スイッチを触ってもないのに、助手席の窓が勝手に半分くらいまで下がっていって、そのまま全く動かなくなるんだよ。
「それ、
そうなんだ、燈梨。
勝手に壊れて開かなくなるだけなら、開けないっていうので凌げるけど、ひとりでに開いて、閉まらなくなるってんじゃ、修理に持って行かなきゃならなくなるし、その間も窓は開きっ放しだからね。
後期は全車パワーウインドー付きだからね。
兄貴が昔やってたみたいに前期GT用の中身と入れ替えるのが一番なんだけど、もう、手に入らないからね。
「前期GTって、何ですか?」
紗綾ちゃんか、前期型にはGT-Rの下にGTっていうグレードがあったんだ。
外装から見ても分かるくらいショボい装備しかついてなくて、恐らく競技ベース仕様とかに使う前提で出したものだと思うんだよね。
チルトステアリングやパワステもないし、リモコンミラーもリアワイパーもないグレードだったんだけど、パワーウインドーもなかったんで、兄貴は故障要因の排除と、軽量化だって言って、3台目のFCからはいつもそれと入れ替えてたんだよね。
まぁ、無いものの話をしても仕方ないから、まずは何とかしよう。
パワーウインドーのスイッチを閉める方に操作しながら、顔を出している窓を掴んで持ち上げるんだ。
それっ! みんなでやるんだよっ! スイッチは10秒以上操作しないでね。モーターが焼き付いちゃうかもしれないから。
よしっ! ようやく閉まったね。
そしたら、みんなで存分に楽しんでよ。
スライドしたらヘタに立て直すんじゃなくて、スピンで巻き込んで止めちゃった方が、初心者には安全だよ。
「マイ先輩の言う事は、ためになりますっ!」
へへへ、そう? でも、貴重な部車だからさ、みんなで大事に乗ろうね……って、FCがないっ!!
「あぁ~! あれ!」
ん? 練習場を勝手に走ってるよ……って、運転してるのは柚月じゃないか!
アイツは、この辺で死んでなかったっけ?
あれ? 優子が倒れてるよ。どうしたの、優子?
「ユズに、突き飛ばされたんだよぉ……」
あんの野郎! さっきからみんなに迷惑ばかりしかかけてないにも関わらず、部車を独り占めにしやがって、けしからん!
しかし、追いかけるにも教習車で追いつくかな?
「マイ先輩! これっス!」
おぉ、アマゾン……って、このタイプMは夏タイヤじゃなかったっけ?
「一昨日の作業でこの車の点検があって、その時に借りて履かせたっス!」
よしっ、でかしたアマゾン! コンドルジャンプとアマゾンキックで1号を倒すんだ!
「アマゾンじゃないっス! アー、マー、ゾーン! なんてやらないっス!」
変身ポーズまで知ってるなんて、やっぱりアマゾンだったぞ。 とにかく乗って!
よしっ、この車があれば、柚月のFCに追いつくことも可能なんだからね。
行くよっ!
私は、高回転気味にクラッチを繋ぐと、暴れるリアを押さえつつ、練習場へと突入していった。
フフフっ、FC3Sも楽しくて良い車だけど、慣れるまでに若干時間を要するからね。R32なら普段慣れてる分、思いっきり走れちゃうのが良いよねっ!
どうだぁ、柚月め、あっさりと追いついたぞ。
さぁ、早く車を止めるんだよ! 止まれってんだ!
あぁっ、柚月の奴め、スピードを上げて逃げようってか……でもって、コースの広さは決まってるんだから、そんなスピードが長続きするわけなかろうって……見ろ、ブレーキのタイミングが遅れて、取っ散らかってるじゃん。
R32に対してFCの方が前回りが軽くて、鼻が入りやすいからって、錯覚を起こして無理めのブレーキタイミングで引き離そうとしてるんだよ。
そこ勘違いしちゃダメなんだけど、FCだって同じFRだからね。無理がきくって言っても、そうそうR32とは変わらないんだよ。
しかも、FCの場合は旋回性がカミソリだからさ、下手した時のリカバーもシビアにやらないと、即スピンしちゃうんだ。
「同じFR車でも、そこまで違うんっスね!」
そうだね。
やっぱりそこは、スポーツカーとスポーティカーの性格の違いだよね。
スカイラインは、あくまで一般グレードのセダンを基準にしなくちゃいけないのに対して、RX-7は、シビアに切り落とせるから、もっと旋回性のリニア感重視に振れちゃうんだよ。
「なるほど!」
でもね、それも諸刃の剣で、リニア感やシャープさ重視にいくと、最初の方は運転が上手くなったって錯覚するほど意志通りに走れるんだけど、ちょっとでもミスったり、スピードが速すぎたりすると、もっと素早い立て直し操作を必要とされるんだよ。
「何となく分かるっス! 格闘技にも通ずるっス!」
それに対して、スカイラインの方は、RX-7に比べると若干ダルな部分があるんだけど、ヤバいってなってから、この後どうしたらいいかって考える時間があるのと、車がこの後どうしたらいいかをそれとなく教えてくれるから、私らくらいの腕なら、乗りやすいと感じるんだよね。
「なんか、RX-7を素早い軽量級選手とするなら、スカイラインは重量級選手の余裕ある動きって感じに感じるっス!」
なるほどね、おおっ! 遂に柚月のスタミナが切れてきたかもよ?
──────────────────────────────────────
■あとがき■
お読み頂きありがとうございます。
『続きが気になるっ!』『昔のマツダ車の電気の弱さについて分かった!』など、少しでも『!』と思いましたら
【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。
よろしくお願いします。
次回は
遂に始まったRC3S対HCR32の因縁の対決。
このバトルの行方はいかに?
お楽しみに。
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