第302話 気管支と重要な作業

 オルタネータが分解できたら、まずは中身を抜くんだよ。

 よしっ、柚月の奴もそこまではオッケーだね。


 そして、次にベアリングを抜いて……なんだけど、ベアリングはプーラーを使わないと抜けないんだよ……さすがにそこは柚月も覚えてるみたいで、プーラーを使ってベアリングを抜いたね。


 「あれって、もう使えないの?」


 あぁ、燈梨。

 恐らく使えない事は無いだろうけど、年式と走行距離を考えるなら、古いベアリングは交換しておいた方が良いよね。

 目視で大丈夫そうだった……ってやつでも、動かしてみると引っかかりがあってダメだったなんてのはよくある話だからね。


 せっかく手間かけてここまでバラしてるのに、そこをケチって後でもう1回バラすのなんて、勿体ないからね。


 「そうか……そうだね」


 完全分解したオルタネータを見た柚月は早速、ビニールを開封して取り付け作業に入ろうとしているよ。

 

 「あっ! マイちゃん」


 燈梨が止めに入ろうとするよりも早く、私は柚月の背後に回った。


 バカぁっ!

 “バシッ”

 柚月の脳天にチョップがめり込んだ。


 「痛いなぁ……なにするんだよぉ~!」


 柚月はなんでここまでバラしたのに、そのまま組もうとするんだよ。

 それより前にやる事があるだろ? やる事が。


 柚月はそう言われてみて考え込んでいたが


 「ラジオ体操~?」


 と、とんでもないボケをかました。

 

 おバカっ

 “ビシッ”


 「痛いんだよぉ~!」


 当たり前だ、バカな事ばかり言ってるからだ。

 せっかくここまでバラしてるのに、洗浄もしないでそのまま組み付けるなんて、アンタは一体どんだけ掃除が嫌いな汚部屋の住人なんだ?


 そこまで言うとようやく柚月は分かったのか、パーツクリーナーを使って、2つに割ったオルタネータの本体を洗浄し始めた。

 リビルド品を買うと、こういう所がピカピカになってるのは、しっかり洗浄の工程を入れてるからなんだ。こういうキメの細かいところに拘ってこそ、DIYの真骨頂なんだぞ柚菌め。


 「ユズキンって、言うなよ~!」


 いや、今は言うぞ。

 だって柚菌は、あんな油と埃まみれのオルタネータを、洗浄もせずそのまま組み付けようとする不潔な菌なんだもん。

 それって、下着を洗わないで着まわしてるのと一緒だぞ……柚菌えんがちょ!


 「ううっ……」


 大体、今日無理に終わらせる必要は無いんだからね。

 そうやって無理矢理、今日中に終わらせようとすると、大抵焦って工程を忘れちゃったり、作業が適当になりがちなんだからさ。

 こういう機会にできる事をゆっくり考えながら、自分の納得いくまで作業するものなの。


 「マイ~、分かったよぉ~」


 よしよし、分かってなによりだ。

 じゃぁ、さっさと作業に戻りな。


 おーい、みんなー。

 体操部に行って、エアロバイク1台借りてきて。

 柚月が乗って帰るからさー。


 「エアロバイクなんか、乗らないもん~!」


 うんうん、柚月はパーツクリーナー吹きつつ、ゴシゴシとやって綺麗にしてるね。

 これって、美観の問題だけじゃなくて、例えば、可動部に埃がこびりついてたら、新品の部品を組み付けてもスムーズに動かなくなっちゃったり……とか、たまった埃で排熱が上手くいかなくなって、部品の寿命が縮まっちゃうとか、実はメカニカル的な問題もあるから、言ってるんだよ。


 「なるほどね」


 そうなんだ、燈梨。

 まぁ、結衣なんかは『汚くたって、死にはしないぞ』とか言うんだろうけど、汚いのは、機械に関して言えば、実用上の問題も出てくるんだよ。

 それに、結衣は気管支が強いからそれでも死なないだろうけど、柚月や優子には通用しないんだけどね。


 「えっ!?」


 あの2人は、生まれつき気管支が弱いんだよ。

 柚月は喘息もちだし、優子もちょっとでも埃っぽい所行くと、咳が止まらなくなっちゃうからね。

 優子は、遺跡とか、古墳とか、絵とか昔から好きだったんだけど、そういう物が展示されてる美術館とかには絶対に入れないんだよ。

 だから、優子は可哀想だったよ。好きなのに、見に行くと苦しくなっちゃってさ。


 「そうなんだ……」


 そうなんだよ。

 ちなみに、結衣が柚月や優子に本やハンカチ貸したら、2人共が苦しみ出しちゃったことがあったんだよ。


 「えっ!?」


 結衣本人もショックだったと思うよ。

 それ以降は、結衣も人に貸す前によく洗ってから貸すようにしてるからね。


 あぁ~、段々柚月の表情が曇り出してきたぞ。

 恐らく細かすぎてブラシとかが入らないけど、汚れが気になる場所があってモヤモヤしてるんだな。

 分かるよ分かるよ……ああいうのって凄く気になるし、凄くイライラしちゃうんだよね。

 まぁ、洗えって言ったのは私だから、アレなんだけどさ、そこは見なかったって事で良いんじゃないかな?


 ベストはスチーム洗浄なんだけどさ、そんな物無いしね。


 「あるよ」


 ええっ!? 燈梨、あるの?


 「うん、七菜葉ちゃんのお爺ちゃんが持ってたんだけど、使わないからって寄贈してくれたんだ」


 よしっ! 早速それで洗浄しよう。

 おーい、柚月、ちょっと待ったー。


◇◆◇◆◇


 やっぱりスチーム洗浄は、偉大だねぇ。

 なんかくすんだ感じの飴色だったオルタネータが、新品みたいな輝く銀色になったんだもん。

 もう、眩しくて真っ直ぐ見られないくらいの、綺麗さだよね。


 「私も初めて使ったんだけど、あんなになるなんて思わなかったよ!」


 燈梨まで感動しちゃってるよ。

 こうやって、部のガレージでも1つ1つとできる作業が増えていくんだね。


 よしっ、そうなるとオーバーホール作業も大詰めだね。

 中身の入れ替えって言っちゃえば味気ないけど、まぁ、ちゃちゃっと入れ替えていっちゃおう。


 ベルトからの動力を伝えてるベアリングと、ブラシが接触しているスナップリングは、惜しげもなく交換。

 外してあった古いベアリングを見てみたけど、凄くグリスが飛び散ってて汚かった上に、回転させてみると引っかかりがあったから、ブラシだけじゃなくて各部ダメになりかかってたんだろうね。


 ホラ、本体を洗浄したから、新しい部品を組み付けても凄くサマになるというか、妙に中身だけが浮いた感じがしないっていうか、そんな感じだよね。

 やっぱり洗浄しておいて良かっただろ、柚月。


 「ホントだね~、マイ~」


 そうだろそうだろ、その感謝の心を忘れずに、これからは私の事を『様』付けで呼ぶんだぞ。


 「誰がそんなことするか~!」


 なんだと柚月! その人を人とも思わぬ唯我独尊ぶりは、少し、お仕置きしないと分からないみたいだなぁ……えいっ! やぁっ! とぉっ! どうだ! 参ったかあ。


 「参りました~、ゴメンなさい~!」


 まだだ、これからは私を『様』付けで呼びますって言うんだ。


 「これから、マイの事を様付けで呼びますぅ~」

 

 よしっ、柚月のしつけも終わったところで、早速作業再開だ。

 あとは、構成部品も大して多くないから、結構ちゃちゃっと作業が進んだんだよね。

 レギュレーターとレクティファイアって部品を組みつけたんだけどネジで止まってるだけだしね……でもって、この2つの部品の今まで付いてた古い方を見たら、ひび割れたりしてたから、やっぱり外見は健康そうでも、中身はボロボロで、リフレッシュは必要なんだねっていう事は分かったよ。


 最後は、ブラシホルダーにブラシを入れて、組み付けるんだけどさ、ブラシが新品になったおかげで、本体が上手くくっつかなくてさ、要するに今まで痩せたブラシだったのが、もっさもさのブラシに変わったからなんだよね。


 4人がかりで押さえたり、つついたり、ずらしたりしながら、ようやく組みつけられたのは、すっかり夕方になった頃だったよ。

 よぉし、遂にオーバーホールが完了したね。最後の組みつけは明日にしよう。

 

──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『オルタネータのオーバーホールについて分かった気がする!』など、少しでも『!』と思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。


 次回は

 メインのオーバーホールが終わり、遂に車両への組み付け作業に入ります。


 お楽しみに。

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