第301話 困った犬とインパクトレンチ
まったく、柚月の奴め、自分の作業だっていう自覚が無さすぎるんだよ。
本来だったら、期間中はバスかセニアカーで通学するのが筋なんだけど、私と燈梨の恩情で特別に部車を貸してるのにさ、どの部車が良いかなんて柚月に選択する権利はないってんだよ。
昨日だって最後には泣きやがって、そうしたら燈梨が『可哀想だよ』とか言い出すからさ、仕方なしに部車で帰らせたんだよ。
大体燈梨は柚月に甘いんだって。
柚月はね、そうやって燈梨がフォローに入ってくれるのを見越して泣いてるんだから、そういう計算高くて汚い奴なんだよ、柚月って奴はさ。
あぁ~、腹立たしい。この怒りをどこにぶつければ良いんだろ。
“バシッ”
「痛いよぉ~!」
当たり前だ、痛くなるように叩いてるんだからな。
「横暴だよ~!」
柚月、もし今日、作業にロクに貢献せずにいたら、どうなるか分かってるでしょうね?
「セニアカーには乗らないからな~!」
大丈夫。私も同じネタを2日連続で引っ張らないの、柚月にはエアロバイクで帰って貰うから。
「それじゃぁ、1メートルも進まないだろ~!」
そんな事無いよ、根性で漕ぎ続ければ、1~2メートルは進めるよ。
「マイのサディスト~!」
何言ってるのよ、柚月!
大体、そんな心配して私に噛みつくって事はさ、既に柚月は真面目にやる気ないって言ってるようなものだよね。
「ううっ……」
もう、マジでサイテーなんですけど。
おーい、みんなー、なんか柚月が真面目に作業する気ないってさ。
「お前、ふざけんなよー!」
「柚月がやる気ないなら、みんな手伝わないからね」
「だったら、私の作業手伝ってくんない? 実は、中古品のナビ貰っちゃってさ……」
えっ!? そうなの悠梨? 遂に私らの中から、ナビなんてセレブな装備をつけるメンバーが出てくるなんて。
それじゃぁさ、みんな、今日は柚月の作業はやめて、悠梨のナビの取り付けをやっちゃおうよ。
「待ってよ~!」
なんで?
だって、もうサボり宣言してる柚月の手伝いなんてするだけ時間の無駄だし、怒る労力もエネルギーも無駄なんですけどー。
「やる~!」
え? 何をやるの?
悠梨ー、柚月も悠梨のナビの取り付け作業やってくれるってー。
「違う~!」
何が違うの? だって今日の予定は悠梨のナビの取り付け作業だよ。
「ゴメンなさい~、参りました~!」
言っとくけどさ、柚月。
今日の私はマジだからね、昨日みたいな態度で作業に臨んだら、本気で許さないからね!
◇◆◇◆◇
遂に放課後だよ。
今日の作業は、オルタネータ本体のオーバーホール作業だから、ガレージの隅の長机で作業できちゃうんだ。
柚月には朝ハッパをかけておいたお陰で、私の用意した作業要領を熟読してて、休み時間も静かだったよ。
だから、昼休みは邪魔も入らずに燈梨とキャッキャウフフで、楽しくお昼にできたんだよね。
さて、まずは柚月先生がどの程度、今日の作業を把握してるかをじっくり見ながら、必要とあらばヘルプに入るような感じでいようかな。
この作業は、要約すると、オルタネータを真っ二つに割って、中身を総入れ替えするんだ。
要注意ポイントは2点で、オルタネータ本体が固着してるから、なかなか割れないんだけど、力任せにぶっ叩いたりすると、本体が曲がっちゃったりするから、力加減を見ながら叩いてあげるってのが1点。
もう1点は、ベアリングを抜く際には、専用工具が無いと抜けないって点で、これは、できないと行き詰まるだけだから良いんだけど、最初の方はやっちゃうと取り返しがつかないからね。
まずは、本体外側についてるプーリーを抜くんだけど、プーリーを固定してるボルトが共回りしちゃうから、インパクトレンチが必要なんだよね。
これは私が渡した参考文献にも書いてあったから、柚月も分かってるハズ……って、なんか手が止まっちゃったよ。
あ、柚月が困った犬みたいな表情でこっちを見てきたよ。
ダメだよそうやってすぐ人に頼ろうとしちゃ。だって、それって傍に置いてる本に書いてあるじゃん。
だから、知らん顔しとこう。まるでアーバンチャンピオンで、パトカーが来た時みたいにあっち向いておこう。
なに優子? え? なんで私がそんな古いゲームの話を知ってるんだって? 実はね、ウチにはファミリーコンピューターがあるんだよ。
お父さんが持ってたのと、芙美香が持ってたのと2台ね。で、そのソフトもあるかあら、子供の頃からやってたんだよね。
でもさ、ウチにある2台は、同じファミコンなのに、ボタンの形が違うんだよ。お父さんのは四角いボタンで、芙美香のは丸いボタンなんだよね。
え? 四角ボタンのはごく初期の頃の物だから、今お目に掛かれるのはとってもラッキーなくらいレアだって?
そうなのか……って、気付かぬうちに優子のファミコン談議に引き入れられちゃうところだったよ……って、柚月は……ちゃんと部のインパクトレンチでプーリーを外してるね。よしよし……っと。
なんだよ優子、私は高橋名人の話はしてないったら!
次に、本体を割るんだけど、固着してる事が多いから、プラスチックハンマーや、ゴムハンマーで、軽くこんこんと叩いてショックを与えながら、緩めていくんだよ……って、ちゃんと緩めてるよね。
よしっ……次は……って、誰だ、私の肩をポンポン叩いてるのは、優子ねぇ、私はレトロゲームの話はしてないんだって、たけしの挑戦状の話は向こうでやってよ……って、燈梨! どうしたの?
「何のかんの言っても、心配なんだよね。マイちゃんは」
そんなこと無いよ。
ただ、直らないとあいつがいつまでも部車を乗り回すことになるだろうから、さっさと終わらせないと迷惑だなって思うからさ。
すると、燈梨はニコッとして言った。
「そういう事にしとくよ。でも、私は羨ましいな。今まで、そういう人っていなかったからさ」
そんなこと無いよ。
燈梨にはあやかんもななみん達もいるし、それに何と言っても私がいるからね。もし燈梨が困っていても、私がいつでも助けるよ。ついでにぎゅうぅぅぅぅっと。
「あはははは……」
って痛っ!
何するんだ! ななみんめ!
「マイ先輩が、スキンシップのふりをしてセクハラを働かないように、自分が目を光らせてるっス!」
燈梨ぃ、さっきのメンバーからななみんは除外ね。
コイツは害悪でしかなかった。
コラぁ! ななみんめぇ、あまつさえ先輩に暴力をふるうとは……許すまじー!
みんなぁ、ななみんを捕まえろぉ~!
「やめるっスー!!」
◇◆◇◆◇
はぁはぁ、ななみんめ。
まったく、先輩を先輩とも思わぬその所業、万死に値するから。
みんなでお仕置きして、昨日の柚月同様、セニアカーにぐるぐる巻きに縛り付けてやったぞ。
ななみんを部長にしなくて正解だったよ。じゃなかったら、今頃部はメチャクチャになっていたよ。
今日からななみんは、セニアカーマン・アマゾンだからね。
さて、柚月の作業はどうなったかな……って、燈梨、見ててくれたの?
「うん、誰かが見ておかないと、間違えちゃうかなって思ってさ」
ありがとー、さすが燈梨は違うね。
「いや、別に自分の後学のためにやってるだけだよ」
そういう事にしておくよ。
ところで、進捗状況はどう?
「うん、私もこの作業ってやったことが無いから詳しくは分からないんだけど、そのブラシっていうのが結構減ってるのは、一目で分かっちゃうくらいだったよ」
そうなんだよね、このブラシの交換こそが、メインの作業だからね。
私は物陰から状況を確認してみた。
真新しい部品類の中で、ひときわ輝くブラシと、今までのブラシとの差が最も見た目のギャップの激しいところだった。
さて、柚月はこの後どう動くかな?
──────────────────────────────────────
■あとがき■
お読み頂きありがとうございます。
『続きが気になるっ!』『この後の作業はどういう手順なの?』など、少しでも『!』と思いましたら
【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。
よろしくお願いします。
次回は
第一段階の分解は終了して、次の段階へと作業は進みます。
作業の行方や如何に?
お楽しみに。
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