第293話 三段階活用とガキガキ君

 よし、これからテスト走行をしてこよう。

 念のため、誰かの車で後ろからついてきてね。

 柚月がついてくるのか、それじゃぁ、トランクの砂袋を柚月の車に移して、結衣の車を空荷にした状態で、純粋にLSDの効果を試してみよう。


 「なんで~? ここに置いていってもいいじゃん~」


 柚月は分かってないね。

 ここに置いていって、もし、坂が上がれなかったらどうするんだよ。

 柚月の車で引っ張り上げるのと、また砂袋積むのと、どっちが楽なの?


 「そぉかぁ~」


 柚月も想像力を働かせようよ。

 じゃぁ、最初は結衣自身に運転して貰おう……って、外から見ただけでも、今までと違うね。

 何がって、走り始める時の後輪の蹴り出しが違うし、しかもだよ、微妙に“ガッガッガッ”っていってるんだよ。

 これだったら、結構期待できるんじゃね?


 それじゃぁ、やっぱり今回の作業のきっかけのメインである、凍った急坂上りをやってみようよ。

 私らは、解体屋さんから更に山を上って行った先にある急坂に到着した。

 ここは、この道路の区間中では最も角度が急な坂だ。

 よし、ここからいってみよう。


 「ここからなの?」


 不安そうな顔で結衣が訊いてきた。

 分かるよ。学校の手前の坂で止まっちゃったトラウマがあるから、さらに激しい急坂であるここでのチャレンジに不安があるのは。

 でもね結衣、折角みんなで来て、救援体制もバッチリある今のうちでないと、ここにはトライできないでしょ?


 結衣は頷くと、そのまま発進して、坂を上り始めた。

 特に力をかける訳でもなく、かと言ってゆっくりな訳でもなく普通に走らせていって、何事もなく、凍った坂を上り切った。


 「やったよ~!」


 良かったね結衣、これで第一段階は合格だ。


 「なんだよ、第一段階って?」


 第一段階は、第一段階だよ。

 教習所だって、所内教習が終わったら即卒業って訳じゃないでしょ。

 これからもう少しハードルを上げて、段階を踏んでこの車が冬道に適合できるのかを見極めるんだよ。


 「いや、意味分かんね」


 あのさ、結衣は、このガラガラの坂道を助走をつけて上れただけで、全てがオッケーだとでも思ってるの?

 じゃぁ、こうしてみよう。この坂を走っていたら、突然、道路を鹿が横断してきました。結衣ならどうする?


 「そりゃぁ、止まるだろう」


 そうだね、じゃぁ、その止まった状態から、この凍った坂道を本当に上れるのかな? かな?


 結衣は黙り込んだ。ようやく分かったようだね、じゃぁ第二段階の、凍った急坂での坂道発進といこうかぁ。

 坂の中腹の、最も凍ってそうな箇所で、一旦停止だよ。


 私はドアを開けて、地面の様子を確認してみた。

 結衣、良いよぉ~、一番良い位置に止めたよ。下はガッキガキに凍ってるよぉ~、まさにガキガキ君だね。


 「そんなアイスないだろ!」


 もう~、結衣ったらぁ、ユーモアのセンスがないなぁ……ティーンのうちからそんなに眉間に皺寄せて、四角四面な事ばかり言ってると、大学卒業する頃には、近所の子供達から、カミナリババァって、あだ名付けられちゃうよ。


 「いいから、早く次の指示しろよっ!」


 しょうがないなぁ……。

 完全に停止してるから、結衣の好きなタイミングで、好きな方法で発進させていいよ。

 好きな方法ってのは、サイドブレーキで止めて発進する派と、サイドブレーキ引かずに、ペダルで繋いで発進する派の人がいるからね、そういう意味だよ。


 お、結衣はサイドブレーキ派か。

 まぁ、その方が、発進時の回転数が高めになって、スリップ率が高くなるから、私的にはデータが採りやすいかなぁ。

 よしよし、回転数が上がって、一瞬、落ち込んだ瞬間を狙って、サイドブレーキを解除して……後輪から“ドッドッドッドッド”って感じで叩かれた感がしたのと同時に、スルスルと車は発進していったよ。


 「よしっ!」


 うんうん、結衣、これで第二段階も合格だね。

 次は第三段階だよ。


 「まだあるの?」


 これくらいの段階だけだったら、別にこんな大袈裟にやる必要は無いんだよ。柚月に後ろにつけてて貰って、坂をちょろちょろ~っと上がれば良いだけなんだからさ。


 今度は、坂を上ってUターンをしてきて、下り坂の手前の自販機コーナーに止まった。

 あぁ~、ホットココアが染みるねぇ……。


 「オイ、次は何をするんだよ!」


 もぉ、結衣はせっかちだねぇ。

 そうやってせっかちだと損するのは、昨日のサファリの件でも分かってると思うけど?


 「なに~? サファリの件って~?」

 「オイ! 柚月には言うなよ!」


 その約束って意味ある?

 だって優子と悠梨は知ってるんだからさ、口止めしたって、そのうちにどこかから漏れてくることなんだから。


 「ううっ!」


 結衣が黙り込むと、悠梨が柚月に耳打ちした。


 「ぶわっはははは……結衣ったら、おマヌケさん~。4WDに切り替えないでサファリ走らせて~、挙句、サイドブレーキとスタビのリリースレバー間違えていじっちゃうなんてさ~」


 柚月が爆笑しているのを10秒だけ我慢して聞いていた結衣だが、次の瞬間


 「うるさい柚月! お前にだけは笑われる筋合いないやい!」


 と、柚月に飛び掛かろうとすると、柚月は


 「や~い、や~い、結衣のおマヌケ~」


 と言って、遠くへと走って逃げ出した。

 あ~あ、また始まったよ。 こりゃぁ、しばらく寸劇は続くな……。


 ようやく柚月が結衣に捕まって、ゲシゲシ蹴られて終わったよ。


 それじゃぁ、第三段階、はじめるよぉ、心してかかってね。

 まぁ、これは私がやっても良いんだけどね。 結衣、どうしたい?


 「私がやる」


 そう? じゃぁ、よく聞いててね。

 まずは、この坂にゆっくりでいいから下りで入って、一番凍ってるところで思い切りブレーキ踏んで。


 「ええっ!?」


 そしたら、絶対に滑り出して姿勢が崩れるから、今度はアクセルをちょっと開けてLSDで姿勢を安定させる。

 それができたら、最後はエンジンブレーキで、凍った坂を下っていく。

 なかなかに難易度の高いテストだけど、これができれば、冬道での安全は保障されたようなものだよね。


 結衣は、説明を黙って聞くと、早速、下りへと突入した。

 うんうん、このくらいの速度で良いよぉ……って、今回の結衣はやる気だねぇ、私が言うより先にブレーキングしてるよ。

 車が滑走するように姿勢を崩すから、姿勢が崩れ切る前に、アクセルをちょっと開ける……と、LSDが作動するから、後輪が立て直って、姿勢が安定するよ。そうしたらあとはエンジンブレーキで、坂の後半でスピードをゆっくりと殺していって、クリアだよ。


 よし、よくできたよ。

 これって、何をイメージしてるか分かる?


 「今一つよく分からないかな……」


 これは、凍った本格的な急坂の対処法なんだよ。

 あんまり見ないけど、それでも、世の中に全くないって訳じゃないからね、それに向けて、このLSDで乗り切れるかの訓練をしたってわけ。

 ちなみに、最近の高性能な4WD車とかだと、最後の行程のアクセルワークを、スイッチオンで、車が勝手にやってくれるシステムが一般的なんだよね。


 「そうなのか……」


 でも、これで、このLSD改が、充分以上な冬道での性能を発揮するって事が分かったよね。


 「うん……」


 やっぱり、私の仮説は正しかったみたいだ。

 スカイラインがシルビアよりも冬道に引っかかりやすいのは、エンジン重量による後輪のトラクション不足が起こっての事だから、LSDの強化で対処するか、砂袋で物理的にトラクションをかけるか……の二択になるんだって事だね。


 よし、それじゃぁ、今回のLSDの性能試験の冬道の部は終了だよ。

 そしたら、今度は違う部門でのテストをしてみようかぁ……。


 「なんだよ、違う部門って?」


 結衣は、状況が飲みこめずにパニくっていたが、その間に、車を残りの3人に囲まれていた。


──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『本格的な冬道の厳しさが分かったような気がする!』など、少しでも『!』と思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。


 

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