第292話 来年の抱負とトランスファー

 次の朝、学校に来ると珍しく、結衣が私より先に教室の中にいた。

 おはよ、珍しいね結衣、私より先に来てるなんて。


 「寒かったんだからな」


 別にバイクで来るよりもずっと暖かいでしょ。

 第二練習場から学校なんて、道路渡ってすぐなんだからさ。

 贅沢言わないんだよ。本来だったら、バイクかバスの二択だったんだからさ。あやかんに失礼だよ。


 「なんで綾香が関係してくるんだよ」


 つい最近まで、バス通学しか出来なくて辛い思いをしてきたあやかんに比べれば、結衣なんていざ車が無くても、部車貸して貰えて、暖かい思いして学校まで来られるじゃん。

 あやかんなんて、手前に団地があるせいで、下手するとバス1本見送らないと乗れないんだからね。


 「でもって、あの車、ヒーターの効き悪くないか? 悠梨の家の近くまで全然ヒーター効かなかったぞ。しかも、その後はメチャクチャ暑いし」


 違うよ結衣、あのサファリはディーゼルだから、水温が上がるのがガソリンに比べて遅いんだよ。


 「しかも、全然4WDとは思えないくらい不安定だし……」


 結衣さ、もしかして、トランスファレバーを全く見ないで触らずに乗ってたの?

 それ、もしかすると『2H』に入ってたんじゃない? 


 「なんだよ、にーえっちって?」


 もう、結衣さ、だから乗って帰る前に私と燈梨が、説明しようかって言ったんだよ。それを振り切って『大丈夫だから!』とか言って行っちゃうんだもん。


 パートタイム4WDのトランスファには2Hと4Hと4Lがあるの、2は2駆走行、4は4駆走行で、HとLはハイとローの略だよ。

 だから通常時は2Hで走って、砂地とかオフロード走行する時は4L、それで今の時期みたいな積雪や凍結時は4Hに入れて走るんだよ。


 だから、結衣はあのサファリをずっとFR状態にして走ってきたんだと思うよ。図体のデカい4200ccのディーゼルエンジンのFR車をね。


 「ウソだろ? 4駆って、常に4駆じゃないのかよ」


 あぁ、もうダメだ。

 今度から結衣には、断ってきても、使い方を覚えるまで徹底的に説明することにしよう。

 こういうのが一番たちが悪いんだよ。

 説明してもロクに聞かずに、自分勝手な解釈で間違った使い方して、使いこなせなかったくせに、後で『あれ、ダメだよね』とか、しょーもない評価をするなんてさ。


 ちなみに、放課後、燈梨とサファリの様子を見てみたら、それはそれはひどい状態だった。

 何故か、リアヒーターが全開になっていて、やっぱりトランスファは『2H』だし、しかも、オフロード走行用のスタビライザー解除状態になってたから、恐らくカーブ曲がるたびにじんわりとロールして不安定だったんじゃないかな……。


 「これは……酷いね」


 燈梨まで苦笑してたよ。

 リアのヒーターは、前回、後席に人が乗った時に使って、トランスファーは直角バックで車庫に入れるからいつも最後は2Hなんだって、でもってスタビの解除は結衣が自分でやったんだと思うんだよな……。


 「私とマイちゃんの話を聞いてから乗れば良かったのにね……」


 ホントだよ燈梨、ゴメンね。


◇◆◇◆◇


 話しは遡って、昼休み。


 部室でお昼にしながら、みんなで今日の作業について話していた。

 ところで結衣、デフオイルはきちんと用意してきた?


 「ちゃんと買ってきたよ」


 ビスカスLSDは、一応、通常のオープンデフ用のオイルでも作動するらしいけど、念のためLSD対応オイルを入れておこうね。

 その代わり、オイル交換以外はメンテナンスフリーという、当時としては画期的な機構だったんだよ。


 そう言えば、あやかんのNXクーペもビスカスLSDだったよね、なんか困った事無い?


 「いや、いたって快適だよ。凍った坂道も軽快に上っていくし、ちょっと凍ったところに乗っても、スリップしないで脱出できるしね。4WDじゃなくてもイケるんだね。ちょっと驚いちゃった」


 やっぱり、R32のビスカスLSDの効き不足は、私の仮説が正しいのかな?

 あやかんの場合はFFだから、駆動輪にしっかり重量が乗っかって、荷重がかかってるもんね。必然的にトラクションもかかるからね。


 そうなると、やっぱり今回の対策は、それなりの効果をもたらすと思うんだよね。

 結衣の車だけは足回りがやや柔らかめで、伸びのストロークも大きくて、リアの車高もちょっと高めだから、砂袋で応急処置した後でLSDのシム増し。これで、FRでも冬道最強説が実証できるんだよね……痛っ! 何するんだ柚月!


 「マイが~、さっきから話しかけてるのに返事しないんだもん~!」


 うるさいやい! だからってつねる奴があるか!

 この野郎! お仕置きしてやる。


 「イヤだ~!」


 待てー!

 

 なんか、あっという間に昼休み終わっちゃったよ。

 もう放課後か。

 みんな先に行ってデフオイルの作業やっといて。

 今日、燈梨から、ちょっと部に顔出して欲しいって言われてるからさ、その後で合流するよ。


◇◆◇◆◇


 その後で、柚月も一緒に行くって言うから、2人で部に行ったら水野もいて、来年になってからの部の活動カレンダーと、3年生の卒業後の活動をどう引き締めていくのかについて、私ら3年の話が聞きたいって、そんな内容の集まりだったんだよね。

 まぁ、私と柚月っていうのは、そういう話するに当たってはピッタリかもね、なにせ、初期の立ち上げメンバーだからね。


 その辺の話をしたんだけど、でもって、初期のこの部って、正直グダグダだったよね。

 毎日誰かが部室で縛られてたり、悠梨が勝手に部室の壁を塗ったり、なんか毎回、私が、来週から下級生が来るんだから、しゃっきり活動してよね……って言ってた記憶しかないなぁ……。


 そういった打ち合わせをした後で、私と柚月は駐車場に向かった。

 さすがに今日の作業って、増し締めとデフオイル入れるだけだから、あの3人でも終わってるでしょ。


 「マイ~、いくらなんでもバカにし過ぎだよ~。もう、デフケースまで載ってるんだからさ~」


 そうだよね~。


 解体屋さんに到着すると、既に、結衣の車がリフトから降りていたよ。


 「マイ、どうしたんだよ? まさか、私らの事だから、オイル入れるのすら失敗してるんじゃね? とか思ってたんだろ」


 別に、そんなこと思ってないぞ結衣。ねぇ、柚月?


 「そ、そうだよ~」

 「なんでどもったんだよ、やっぱり思ってたんだろー!」

 「言いがかりだよ~、ユイ~!」


 よし、とにかく作業は終了したんだよね。

 遂にこれから試験走行して、私の仮説が正しいか否かを実証してみよう。


 私は何故か妙にワクワクしている自分に気が付いた。

 


 ──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『来年の部活動って、どうなっていっちゃうの?』など、少しでも『!』と思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。


 次回は

 遂に完成お披露目となります。

 舞華の仮説は果たして正しいのか?


 お楽しみに。

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