第294話 思い出のホテルと360度

 結衣の車を囲んだ3人は結衣を降ろすと


 「早速、いってみよっかぁ~!」


 と柚月が言った。


 「なんだよ! 違う部門って」


 柚月に羽交い絞めにされて、柚月の車の後席に放り込まれながら結衣が言った。

 それはね結衣、スポーツ走行の部門だよ。

 せっかく、シム増しして強化したビスカスLSDがどの程度使えるのかを、スポーツ走行の部門でもチェックしたくなるのは人情ってやつでしょ~。


 「そんな人情あるもんか!」


 そうかな?

 無いと思う人~?

 ホラ、1人もいないぞ。

 こういうのを民主主義って言うんだ。

 よし、移動しよう!


 場所を移動して、ここは柚月が昔閉じ込められた廃ホテルなんだけど、ここって、無駄に敷地が広いから、車のテストにはもってこいなんだよね。

 どうやら昔はどこかの車メーカーのテストコースだったって噂だよ。


 優子が入口のカードリーダーにカードを通して、機械警備を解除した。

 そうなんだよ、ここは優子の家の持ち物なんだよ。

 なんか、なかなか借り手が見つからないみたいなんだよね。


 「そうなんだよね。しかも、建物もそんなに古くないからさ、解体するってのも勿体ないし……って、言ってた」


 だから、貸しホールみたいにして風通ししてるって、前に言ってたね。

 人の手が入らなくなると、すぐ建物ってダメになっちゃうからね。


 「まぁ、608号室のドア壊しちゃった人がいるけどね」


 優子が嫌味たっぷりに言った。


 「私じゃないもん~、レスキューの人が壊したんだもん~!」


 そういうのを柚月が壊したって言うんだよ。

 原因を作っておきながら、救出に来てくれた人のせいにするなんて、柚月はどんだけ盗人猛々しいのよ! だから、こんな奴助けないでおけばよかったんだよ。そうすればリアル幽霊ホテルとして、お客が呼びこめたかもしれないのに。


 「こんな奴って言うな~!」


 うるさい、うるさい!


 とにかくはじめるよ。

 ここの外周って、教習所の外周よりも大きくて、しかもカーブの外側が結構角度のついた斜面でさ、まるで本格的な陸上競技場みたいになってるんだよ。

 ここもまたガキガキ君だからさ、早速、結衣の車を試してみよう。


 それじゃぁ、早速私から……って、柚月、何するんだよぉ!


 「なんで~、マイが先って決まってるんだよぉ~! 私も乗りたいもん~!」


 柚月さ、私は今回の作業の発案者だよ。しかも、解体屋さんの手配も私がつけたのに、なんで最初じゃダメなのさ! 


 「そうだぞ柚月ー。今回に関しては、マイが最初だと思うぞー」

 「ユズ、誰も乗せないって言ってる訳じゃないのに、なんでマイに噛みつくのよ」


 あとの2人の援軍もあって、私と悠梨がサクッと最初に結衣の車に乗ってスタートした。

 

 「どんな感じだったんだ?」


 横に乗った感じは、結構効きが強かったんだよ。

 少なくともシルビアのビスカスLSDは凌駕していて、ちょっと効きの弱めな機械式LSDって感じかな~って。


 「バキ効きはしないって感じか?」


 うん、バキバキいっちゃったら、機械式になっちゃうからね。

 バキ効きはしないけど、ドカ効きはする感じかな?


 「ドカ効きって?」


 まぁ、見ててよ。

 外周のカーブに差し掛かったので、そのままの勢いをキープしながら、凍った斜面のカーブに差し掛かった。

 予想通りに、凍った路面でグリップを失ったリアタイヤが、フッと外へと流れ始まった。

 そこで私はアクセルをグッと踏み込むと、次の瞬間、トランクの下の方から“ドドドドドッ”という地響きのような音と振動が伝わって来るのと同時に、車の姿勢が見る見る立て直っていった。


 「すげぇな」


 でしょ?

 結構ドカドカドカって感じで、効いてるって感じの音と振動もあるけど、効きの良い機械式みたいにバキバキバキって感じの、車を知らない同乗者に不快感を与えちゃうような、激しいのまでは無いんだよ。

 でも、しっかり向きは変わるし、後ろから押し出してくれるよ。少なくとも悠梨のR33の最初よりは100倍良いよ。


 「そう言われるとムカつかないわけでもないけど、それを聞いて、強さは分かったよ」


 それじゃぁ、直線に入ったところで、次のステップいっちゃうから、悠梨、ちゃんと掴まっててね。

 私は直線路に入ると、2速に落として全開近くまで踏んでみた。

 なるほど、さすが2500ccは下からのトルク感と、中域までの速度の乗りが違うね。私ら2000cc勢とは力感が違うよ、力感が。


 速度が充分に乗ったところで、私は一気にブレーキングをして、リアタイヤが充分に浮いたところでハンドルを切って、アクセルを開けてみた。

 すると、車のリアがスライドし始めたため、ハンドル操作と共にアクセルを深く開けていくと、さっきと同様、トランク下からドドドドッと音と振動が車を襲うと共に、横を向いた車をグイグイと押し出して、真っ直ぐな姿勢へと戻っていった。

 しかし、私は、そこでまた更にアクセルを深く踏んで、今度は逆側にスライドをさせた。


 「マイ、直ドリかぁ?」


 そうだよ悠梨、凍ったところならダメージも無いし、きっかけにサイドブレーキや、無理なブレーキングもしなくて済むしね。

 力一杯滑らせてテストできるんだよ。


 「どんな感じ?」


 2~3周したら交代するから、自分で体感してみれば分かるけど、思ってる以上にきくって事だけは言っておくね。

 ちなみに兄貴に、このデフってどのくらい効くのって訊いたら、兄貴なら、ドリフト大会のエキスパートクラスは無理だけど、ミドルクラスだったら優勝できるってくらいの効きはあるってさ。


 「すげぇじゃん!」


 そう、凄いんだよ。

 兄貴直伝のレシピで作ったビスカスLSD改だからね。

 あ、そうだ。

 悠梨、ゴメン。ちょっとマジで怖いの一発いっちゃうよ。掴まっててね。


 「なにするんだよ!」


 私は、直ドリスラロームから立ち直ったGTS25を止めると、サイドブレーキをひいてから回転数を上げて、兄貴に言われたポイントでサイドを降ろしてクラッチをポンッと繋いだ。


 「ああああーー!!」


 車は前輪を軸に360度後輪だけをスライドさせて回転した。


 「すげぇな!」


 うん、兄貴にこれをやってみて、動画を送るように言われてたんだ。

 でも、なんかやってみると面白いから、2~3回転してみたいな。

 やってみていい?


 「いいぞ、やっちゃおうぜ~!」


 私は、すっかり気分が良くなって、このコマのような動きを繰り返しやってみせた。

 私だと最高で6回転できたところで、体力が続かなくてダウンしちゃったよ。


 でもって、これもLSDの効きがしっかりしてるからできる事なんだよ。

 そうじゃなかったら、途中で止まっちゃって横滑りで終了になっちゃうからね。


 「そうかぁ~」


 そうなんだよ、だから、坂を上がる目的で始めたLSDの強化の副産物として、この車が、とても遊べる楽しい車に変身したって事なんだよ。

 だから、もっと思いっきり遊んじゃお~。


 私は、その後も色々なスライド走行やドリフト走行を楽しんだが、LSDの効きが心地よくて、本当に楽しかった。

 そして、私が楽しむたびに、外で結衣が蒼ざめていく姿が見られるのも楽しかった。


──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『純正改LSDでドリフト大会優勝できるの?』など、少しでも『!』と思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。

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