第290話 一握のシム

 まずは砂袋だね。

 確か体育倉庫の中に、使ってない袋があったでしょ。あれをくすねてきてさ、砂はさ、野球部がため込んでるのがあったよね。誰か野球部と伝手のある娘、いないかな?


 「私が行くっス!」


 さっすがななみんは、運動部全体に顔がきくね。

 それじゃぁ頼んだよ。それで、どれくらいの砂が貰って来られるかだね。


 「マイ先輩、生徒会で、あの貯め込んだ砂を必要分だけ申請して管理しろって言ってるのに無視してるんで、強制執行って言えばいくらでも持ってこられますよ」


 そうか、ななみんは生徒会にもいるから情報通だね。

 これで、マゾヒスト部がメインだなんて惜しい人材だなぁ~。


 「マゾヒスト部じゃないっス!」


 そんな謙遜しなくて良いんだよ。

 そうだなぁ……それじゃぁ、SRエンジンとの重量差分で、MAX50キロ用意して貰おうよ。


 それじゃぁ、ななみんと沙綾っち……それと柚月も行ってきてよ。


 「なんで私までいくの~?」


 3年生の用事なのに、2人だけに任せておくのも違うでしょ。

 それに柚月なら、50キロくらい余裕だし、大体さ、柚月はマゾヒスト部の部長でしょ。


 「私は~、マゾヒスト部じゃない~!」


 いいから、柚月行ってきなよ。

 これで結衣にしばらく恩を着せられるんだから、安いものだと思わない?

 なに? その目は! だったら、おばさんに今から言いつけてやるんだからね!

 え? 何を言いつけるんだって? そんなの、色々ネタはあるんだよ。

 直近で言うと、柚月が歯医者さんで貰った薬飲むのがウザいって言って、ゴミ箱に捨てて、次の日に歯茎が腫れて大騒ぎした話……なんてどう?


 私はスマホの動画を柚月に見せると、柚月は見る見る蒼ざめていった。

 まったく柚月は、最初から素直に行っておけば、結衣にこの冬の間、恩着せがましく『砂袋持って来たのって~誰だったっけ~?』って言って、マウント取れるのにさ、これじゃぁ、私に脅されて行っただけになっちゃうんだよ。

 私って、悪いけど、何も考えてないように見せて、ものを頼む時は、頼んだ相手にメリットがあるように計らってるからね。


 さて、ななみん達と、結衣が砂を取りに走ってる間に、あとのメンバーに話があるのは、これはあくまで応急処置なんだ。

 

 「それは分かるよ。いつもいつもトランクをパンパンに詰めてられないしね」

 「それに、坂が上がれない時は、最悪、砂袋から砂を後輪の下に敷いて発進させたりするから、必然的に減っていくもんね」


 悠梨と優子が口々に言った。

 さすが優子のお爺ちゃんは、この土地で50年以上、FR一筋だっただけあるなぁ。


 それに感心しているのはひとまず置いておいて、その応急処置と並行して、車側の手入れも必要ではあるんだよ。

 

 「車側って言っても、何事にもマネーが必要じゃね?」


 悠梨が指で輪っかの形を作って言った。

 

 うん、だから、最小限の出費で済む方法を考えてみたんだけど……


 「けど?」


 うん、優子ね、こうなったら、ビスカスLSDのシム増ししかないと思うんだよね。


 「ええーーーー!?」


 なんで、2人して驚くんだよ!

 2人が驚くから、周りにいる1、2年生がみんな、私がとんでもないこと仕出かそうとしてるって、勘違いしてるじゃないか!


 「ところでマイ、シム増しって何?」


 なんだよ悠梨、分からないのに驚いてたのかよっ!

 シム増しってのは、LSDの中には、ロックプレートっていう板が入っていて、規定値以上の力がかかると圧縮されて、回転をストップさせるんだけど、純正のLSDの場合は、街乗りとかでバキバキ音がすると故障だと思われてクレームになっちゃうから、普段乗りで影響がない程度に、プレートの数を少なくして効きが弱くしてあるんだよ。


 だから、敢えて少なくしてあるプレートを増やして、ロック率を上げてやる。

 機械式を買うお金がないなら、手間暇かけて、今あるビスカスLSDの効きを上げてやるのが一番だよ。


 「でもさマイ、LSDのシム増しやるのに、LSDをデフケースから取り出さなきゃならないんじゃね? そんなチョイチョイってできるか?」


 悠梨も車のメカについて詳しくなったじゃん~、その通りなんだよ。

 車上で出来る作業じゃないから、一度LSD単体にする必要もあるし、シムだって手に入れて来なきゃならないんだよ。

 手間だけで言っちゃえば、機械式LSD買って来て、組み付ける方がよっぽど楽だよ。


 でも、予算の問題で言っちゃえば、圧倒的に安いし確実なんだよ。昔、兄貴がよくやってたからね。

 だから、ノウハウは兄貴に訊けば分かるし、部品に関しては……


 「部品に関しては?」


 もう、しかないでしょ。


 「あぁ、あそこか」

 「そうだね、あそこしかないかな……」


 悠梨も優子も、私の言いたげな事は分かったようで、3人の中で、今後の動きはしっかりと決まった。


◇◆◇◆◇


 放課後、私ら3年は全員で解体屋さんへとやって来た。

 おじさんに事情を話すと


 「おおっ! ビスカスデフのシム増しかぁ……なんか、久しぶりだけど、面白そうだなぁ。スカG用なら、倉庫にいくらでも入ってるから、好きなのでやって良いよぉ」


 と快くOKしてくれて、その上でバケットを持ってくると

 

「シムは、ここにあるから、好きなだけ使って良いぞぉ。とは言え、1~2枚あれば充分以上だけどな!」


 と、豪快に笑いながら言った。

 おじさんの話によると、10年くらい前までは、この辺ではよくあったメニューらしい。

 坂が上がれなくなったって、普通のおじさんとかが、色々おじさんと相談して、最後に辿り着く結論が、ビスカスLSDのシム増し作業だったらしい。


 でもって、最近は4WD車が増えて、FRが減った事もあって、あまり相談に来る人も少なかったみたいだね。


 早速、LSD単体になっているやつを持って来てみよう。

 デフケースが結構仰々しいからさ、もっと大きいものかと思ったら、思ったよりもコンパクトなんだね。

 まぁ、それでも凄く重いけどね。


 早速バラしてみよ~。

 ホラ、柚月、こっちで押さえてるから、さっさとやる!


 「なんで、私なんだよ~!」


 アンタがやらなくて、誰がやるって言うの、そんな力仕事。

 あそ、そんな友達甲斐の無い事言うんだ。じゃぁ、今度から、柚月の作業なんか頼まれて、お金貰っても絶対やってあげないし、助言もしないから。

 三坂の車だけ、どこか、お金払ってやってくれるショップにでも持ち込んだらいいじゃん!


 そうしよう。

 じゃぁ、結衣と私が外す方で、優子と悠梨は抑える役でお願い。


 あ、三坂、お疲れちゃん。

 もう、帰って良いよ……ってか、邪魔だから消えてくんない?


 「やる~!」


 いいよ、無理して嫌々やらなくて……ってか、デフが汚れるから触らないでくんない?


 「ヤダ~!」


 いや、私らの方が、アンタに絡まれて嫌なんだけど。

 帰らないんなら、私らが他行こうか、取り敢えず、シムを何枚か借りていって、余った分を返すようにすれば良いかな、ちょっとおじさんにそれで良いか訊いてくるね。


 「待ってよ~」


 どいて、邪魔!


 「やるってば~!」


 いいよ、だって、やりたくないんでしょ?

 ここは有志でやってるんだから、やりたくないなら無理している必要なんてないんだよ。

 それじゃぁ、また明日学校でね。


 結衣さ、それじゃぁ、この続きは、燈梨に頼んで部のガレージの隅っこ借りてやろうよ。

 あそこなら、工具もある程度揃うし、私も明日には兄貴からシムの枚数についての連絡が来ると思うんだ。


 「うううううう~~~~!!」


 やっぱりまた泣いたよ。


──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『ビスカスLSDの効きって強くなるの?』など、少しでも『!』と思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。


 次回は

 遂に動き出した、結衣のR32に対する冬道対策、遂にLSDのシム増しに入ります。


 お楽しみに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る