第289話 先人の知恵と50キロ

 原因は純正のLSDだよ。


 「ゴメン、意味が分からない」


 結衣が噛みついたが、私にはある程度確信があった。

 これは、兄貴が経験から導き出した結論だったのだ。


 「そうだよ、マイちゃん。そうしたら、私の車も坂を上がれないハズだよ」


 燈梨も言ったので、私は、誤解を恐れずに言った。


 うん、確かに2人共純正のビスカスLSD装着車だよ。

 ただし、これはデータが無いから物的証拠は出せないけど、スカイラインのビスカスLSDは、シルビアのそれに比べると圧倒的に効きが弱いんだよ。


 これは、雪道や凍結がある地方に行って乗り比べたことが無いと分からないんだけど、兄貴が色々な車を乗り比べたおかげで、肌感覚のデータとして導き出した結論に基づいて言ってるんだ。


 「それって、どういうことなのっ?」


 優子の奴が、前のめりで訊いてきた。

 アイツは、兄貴の事となると目の色、変えるからな……。


 兄貴は、ある時期からいつもスカイライン買ってくると、LSDを機械式に替えてたんだよね。

 当時はLSDなんて知らなかったから、兄貴が変な事してるな……って思ってたんだけど、みんなの車をいじっていく中で、LSDだって事が分かったんだよ。

 それで、ある時、兄貴にLINEで訊いてみたんだよ。そしたら、スカイラインは純正のLSDの効きが弱くて坂が上がれなかったり、雪道で後輪が空転しやすいから、いつも機械式のイニシャルトルク増しってやつに替えてたって言うんだよ。ちなみにイニシャルトルクって言うのは、LSDの地面を掴む力の強さ……みたいな感じで理解しておけば良いよ。


 「でも……」


 あぁ、燈梨、言わなくても分かるよ。

 でも燈梨の車も純正のビスカス式だって事だよね。

 兄貴が言うには、シルビア系のビスカスLSDの場合は、同型式なはずなのに、効きがスカイラインより強くて、ドリフト大会で入賞するには使えないレベルだけど、サーキット以外でスポーツ走行したり、冬道走る分には問題ないんだって。


 「一体、何が違うんだろうね~」


 柚月の疑問はもっともだと思うんだ。

 そこで、これは私の独自研究の域を出てないんだけど、スカイラインとシルビアで最も違うところっていうと


 「名前が違う~」


 バカ野郎!


 “ビシッ”


 「痛いなぁ~、なにするんだよぉ~!」


 それとLSDに何の関係があるってんだ。

 真面目に答えないとビンタだからな!


 「もう、してるじゃないか~!」


 こんなもんじゃないって事だよ。


 「エンジンじゃないかな?」


 さっすが、燈梨は目のつけ処が違うね~、思わず頬をスリスリしちゃうぞ。


 「えへへへへへ……」


 さて、そうなんだよ! エンジンが違うんだ。

 SR20とRB20だと大体50キロ違ってくるんだって、兄貴が自分で降ろして測ってたから間違いないと思うよ。


 「人、1人分か~」


 結衣がしみじみ言うと


 「でもって、ユイだと、1人分にもならないよね~」


 と、柚月が茶化して


 「待てー!」

 「ヤダよー!」


 と、2人で部室の外へとダッシュで出て行ってしまった。

 さて、バカは放っておくとして……って、うち1人は当事者か。

 でも、前に進んでいくよ。

 前が重くなると、どうなると思う?


 「必然的に前が沈んでくると思うっス!」


 ななみん、その通り。

 そして、今のななみんの理論でいくと、副次的に起こる現象って、なんだろ?


 「相対的に、後ろが上がってくるって事ですか?」


 お、紗綾ちゃん。正解だよ。

 今日は2年生軍団が冴えわたってるねぇ……。


 だから、結衣の車に起こってる事は、LSDが掻く力に対して、後輪が上がり気味になってる事によって、接地不足が勝って、トラクション不足に陥ってるって事なんだよね。


 「なるほどね、だから効きが悪いのか。でもって結衣の車って、車高下がってね?」


 悠梨が言った。

 一応ダウンサスで下がってるけど、LSDのトラクションを地面に伝えきれてるかって言うと、微妙なところだと思うんだよね。


 「それじゃぁ、解決策って?」


 いくつかあるよ。

 LSDを機械式にしてイニシャルトルクを上げる、車高調にしてスプリングの伸び代を少なくしちゃうとかだよね。


 「でもって、どれも予算の問題になっちゃうじゃん!」


 悠梨、その通りなんだよ。

 だから、コストをかけないようにやっていくと、手っ取り早い方法でいけば、原始的な方法になるよ。

 そう、それこそ優子の得意なおばあちゃんの知恵袋的な……。


 「マイ、その言い方やめてよ!」


 まぁ、呼び方は他にもあるだろうけど要は古来から使われてる手法で、応急処置をするしかないよね。


 “ガラッ”


 部室のドアが開くと、結衣が、柚月の襟首を掴んで引きずりながら戻って来た。


 「はぁはぁはぁ、柚月め、私から逃げられると思ったら、大間違いなんだよぉ……」

 「痛いよぉ~、ユイに殴られたんだよぉ~!」

 「まだまだだよぉ、ここに戻ってきてからが、本番に決まってるだろぉ~!」


 2人が、また不毛な掛け合いを始めだした。

 私は、まずそれを制してから言った。


 とにかく、結衣たちが外で遊んでる間に、私達は原因と対策についって話したところなんだよ。


 「えっ!? それで、原因と対策って何?」


 結衣はあっけらかんとして、私に答えを求めてきた。

 なんか、話し合いに参加してない結衣に話すのは癪なんだけど、まぁ、当事者だからなぁ。


 さっきの話の一連の流れを私から聞いた結衣は


 「そんな事言われても、そんな急にどれも買うのは無理だよぉ……」


 と、肩を落としながら言った。

 まぁ、仕方ないよね。私ら学生でお金ないし。

 特に結衣の場合は、フルノーマルからスタートしてて、柚月みたいにウチの兄貴のお下がりを手に入れられるラッキーも無かったしね。


 だから、まずは、先人たちの知恵を素直に受け入れて実行するしかないよね。

 

 「なに、先人たちの知恵って?」


 トランクに砂袋を積むんだよ。


 「ええーー! なんだよそれ、ヤダよ! そんなのに何の効果があるんだよ!」


 立派に効果があるんだよ。

 結衣の車のフロントヘビーで、結果起こっている前下がり気味の状態を緩和させるために、お金がない今、一番効果があるのは、トランクに重りを入れて、リアを下げ、駆動輪の後輪に荷重をかけてあげるんだよ。


 「そんな、眉唾な話に乗れるかよー!」


 喚く結衣の前に優子が来ると言った。


 「眉唾じゃないよ! お爺ちゃんが言ってたんだから、昔、この辺がもっと寒かった頃、チェーン巻いても坂が上れない時なんか、砂袋をいくつもトランクの中に入れたって!」


 さっすが優子、物知りだねぇ。

 それじゃぁ、早速砂袋の数なんだけどさ……


 「オイ、私が砂袋積む前提で話しするなよ!」


 なによ、折角私らが、今すぐお金が無くてもできる案を出してるのに、ケチつけようってわけ?

 そんなに砂袋が嫌なら、ダンベルでも良いけど、ダンベルをトランクに入れると、ゴロゴロ転がってうるさいと思うよ。


 「いや、他に車をイジってできる事とかさ……」


 なんだよ結衣は文句ばっかり言ってさ、そんなに言うんなら、結衣の車、バネカットでもする?

 サスペンションのコイルバネを何巻きかカットしちゃえば、強制的に車高が下がるよ。

 でもって、あれ、微妙なさじ加減が難しいから、同じにカットしたつもりでも左右で車高がズレちゃったなんて、よくある話だからね。だから、ズレても文句言わないでよ。

 それから言うまでもなく車検は通らないし、一度カットしたら元には戻せないからね。


 ようやく分かった?

 それじゃぁ、話をはじめるよ。

 


──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『砂袋を積むなんて事が、本当にあったの?』など、少しでも『!』と思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。


 次回は

 次々と飛び出す結衣の車への対策。

 まずは砂袋が決定?


 お楽しみに。

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