第288話 言いがかりと坂上がり
あやかんの冬道特訓はようやく終わって、次の日は燈梨を特訓したんだよ。
燈梨は冬道で自転車にも乗ったことが無かったらしいから苦労すると思ったんだけど、逆に余計な予備知識や経験がない分、言ったことを素直に吸収してくれるから、あやかんより教えやすかったんだ。
そして、昨日の夕方から寒波が吹きすさんだ今朝、道路は結構バリバリに凍ってたんだよ。
そんな中でも、私のR32は何も心配なくスイスイと学校まで来られたんだ。ホラ、何も知らない人だと、FRは坂を上れないとか思い込んでるじゃん、でもって、そんな事は無いのは、今までの話で充分分かったよね。
教室に入ると、他のグループの娘達も、私らが普通にやって来てるのを見て驚いてるのよね。
まぁ、柚月のは4WDだから余裕としても、優子は大丈夫だったんだね。
「冬に入る前に、デフオイル入れ替えたからね」
そうだよね、2WDでの冬場の生命線はLSDだからね。私は逆に冬場にLSDのない2WDなんて怖くて乗れないんだよね。
「分かる分かる、それは私も同じだよ」
悠梨もそう思うんだね。
悠梨のR33のLSDも結構効きが良いもんね。
……ところで、今日結衣は日直なの? いつもなら、とっくに来てるはずなのに姿が見えないね。
「今日は、違うはずだよ~、結衣は私の次だからね~」
あぁ、だからいつも柚菌が日直サボると結衣が怒るのか、次の日の自分にしわ寄せがいくからね。
「ユズキンって、言うなよ~!」
アンタなんて、人の役に立ってない菌なんだから、扱いはそれで良いのよ。
……それにしても結衣はどうしたんだろうね? 体調が悪いんなら誰かの所に連絡が行くはずなのにね。
「どこかの崖から落ちたんじゃない~?」
バカ野郎!
“バキッ”
「痛いなぁ~、なにするんだよぉ~!」
うっさい柚菌、縁起でもない事言ってるんじゃないよ! 日本には古来から言霊ってものがあるんだからね! そんな事言って、もしもの事があったら、アンタのせいになっちゃうんだからね!
「そうだよ、ユズはどうして、そういう不謹慎な事ばっかり言うの?」
優子にピシャっと言われて、柚月は黙ったよ。
結局、結衣はホームルームに間に合わなくて、1限か始まるギリギリの時間にやって来た。
どうしたんだろ?
1限が終わると、結衣がこちらにやって来た。
「大変なんだよー」
そうなの? 遅れて来たから何があったのかと思って心配してたんだよ、柚月以外。
それを聞いた結衣が、柚月をキッとした表情で見た。
「そんな事~、言ってないよ~!」
「いーや、そのバカにした表情が物語ってるんだよ!」
「言いがかりだよ~!」
「待てーー!」
あっ! 結衣、何が大変なのか言ってからやってよ……って、行っちゃったよ。
一体何があったんだろ?
仕方ないなぁ……この様子だと、次の授業まで戻ってこないね。
「これだと、ユズが屋上前の踊り場まで追い詰められて、やられるパターンだね」
しょうがない。喉が渇いたから購買まで行ってくるね。
飲み物を買って、教室に戻ろうとした先に、行く手を塞ぐように誰かが立っていた。
涼香だった。
「アンタのおかげで、車両通学取り消しになったじゃん! どうしてくれるのよ」
お気の毒さまだね。でもって、車両通学取り消しになったのは、事故起こした上に、あんなどこから持ってきたのか分からない古いスタッドレスなんか、ケチって履いてるからじゃん。人のせいにして絡むなんて、いくら友達いなくて話す相手がいないからって、みっともないよ。
「なんなの? その態度、感じ悪っ!」
自分から絡んでおいて、相手の反応にケチつけるなんて、さっすが人間が小っちゃ~い。
ヒートアップする涼香の様子と、空気感で、周囲がざわつき始めたが、私はお構いなしにさっさと教室に帰ろうとした。
しかし、そこに涼香が回り込んで私の肩を掴んで壁に押し付けようとした。
「ううっ!!」
次の瞬間、涼香が壁に押し付けられていた。
涼香と私の間に入ったのはななみんだった。
振り向くと、燈梨も心配そうな表情で立っていた。
「暴力は良くないっスよ! あと、あまり廊下で騒がれると、生徒会室に呼びますよ!」
ななみんはニヤリとしながら言った。
そうだ、ななみんは自動車部と生徒会の掛け持ちだったね。
涼香は、怯んだ後で、私に背中を向けて2歩歩いた後で振り返り
「調子乗ったって、アンタらの車なんて、坂すら上がれないじゃん!」
と悔し紛れに言ってきた。
アンタ、何言ってるの? 今日まで私らの車、普通に坂上がってるじゃん! 言うに事欠いてデタラメ言ってウケる!
と言うと
「そんな訳ないじゃん! 今朝、伊藤の車が坂のたもとで止まってるの、見たんだからねっ!」
と言い捨てて、さっさと向こうへと消えていった。
すると、向こう側から柚月と結衣がやって来て、すれ違いざまに柚月が
「園山っ! アンタ、マイに近づくなって、前に言ったハズだよね~!」
と、睨みながら言うと、黙って足早で立ち去って行った。
「マイ~、大丈夫だった~? あのバカに、なにかされなかった~?」
柚月が言いながら駆け寄ってきて、ななみんが
「あいつがマイ先輩に絡みながら、掴みかかろうとしたんで、自分が追い払ってやったっス!」
と言って胸を張った。
その間に、私は結衣に訊いた。
さっき、涼香が言ってたんだけど、結衣、今朝、坂上がれなかったって本当なの?
すると、結衣は、ちょっとバツの悪そうな表情になると
「あの時、バスに抜かれたから、涼香の奴に見られてたのか……そうだよ、学校前の坂に来たら、急にタイヤが空転して進まなくなったからさ、何度もやり直したんだけど上がれないからレッカー呼んでさ……」
と言った。
なるほど、今朝、結衣が遅れた理由も、さっき結衣が言った大変な事っていうのも、その事かぁ……。
なんにせよ、続きは昼休みに話そう。もう2限始まるし。
「うん……」
昼休みに部室でお昼にしながら、みんなと話した。
「それにしても、なんで結衣の車だけ坂を上がらなかったんだろ? 同じ車なのにね……」
優子が言ったけど、私は、それに対して、なんとなくある程度の理由が分かった気がするんだよね。
「それって、どういう理由?」
優子と結衣が同時に訊いてきた。
じゃぁ考えてみて、結衣が1人だけみんなと違う点、その中には4WDの柚月は含まれてないよ。
「なんで~、私は仲間外れなんだよ~」
言ったハズだよ、『4WDの』って、つまりはFRのみんなの話だよ。
しばらくみんな考え込んでみたが、答えは出ないようだった。
……でも、悠梨がふと思い出したように
「そう言えば、柚月と結衣以外は、みんなLSD交換したんじゃね?」
と言って、優子の表情も明るくなった。
そうなんだよ悠梨、LSDだよ。
しかし、そう言ったところ、結衣が言った。
「でも、私の車って、純正のLSDが入ってるはずだよね」
すると、燈梨も言った。
「そうだよ、私の車も純正LSDがついてるけど、普通に坂上がって来られたよ」
うん、2人の言う事は一理あるよ。
だけど、結衣の場合は、他に考えられる原因はないでしょ?
スタッドレスも新しいし、そのサイズも純正と同サイズだしね。
そう考えると、原因はLSDだと思うんだよね。
私の仮説に、2人は驚いていた。
──────────────────────────────────────
■あとがき■
お読み頂きありがとうございます。
『続きが気になるっ!』『坂道を上がれない事なんてあるの?』など、少しでも『!』と思いましたら
【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。
よろしくお願いします。
次回は
原因を絞り込んだ舞華たちは、今後の対策について話し合います。
お楽しみに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます