第287話 卵とレタスと……

 まずは、もう一丁行くんだよ。

 うんうん、もうあやかんに関しては、滑らすことも、滑った後の立て直しも殆ど脊髄反射的にできてるから、その先が問題なんだよね。


 あやかん、ここからはさっきも言ったように、そんなにぎゅうっとハンドルを握りしめるんじゃなくて、ふんわり握ってやるか、軽く手を添えるような感じで回してやるんだよ。


 「でも、いきなり向きが変わったら危ないじゃん!」


 じゃぁ、訊くけどさ、ぎゅうっと握ってて、突然ハンドルがガクって切れちゃったら、あやかんは立て直せるの?


 「えっ?」


 そう言って、あやかんがハンドルを切るタイミングが遅れたところ、いつも通過するのと違うラインに外れた。

 そこには路面がうねって凍った箇所があって、そこに嵌まって、ハンドルがガクっと切れ込んだんだ。


 「あああーー!」


 あやかんは、握っていたハンドルごと手を持っていかれて、なす術なく車の行きたい方向を向いてスピンしちゃったんだよ。


 ホラ、あやかん、言ったとおりでしょ。


 「今のは、舞華っちが変な事言うから、ちょっと気を取られただけだい!」


 あやかんは強情だね。

 優子や柚月もそうなんだけど、負けず嫌いなのも程々にしておかないと、ただの頑固者になっちゃうよ。

 

 強く握るなっていうのは、今みたいな時の事も入ってるんだよ。

 今みたいにハンドル取られた時に、ぎゅうっと握ってると、ハンドルと一緒に手が取られてとんでもないことになってるでしょ。


 軽く握ってれば、あらぬ方にハンドルが回ってる時に、回転を押さえつつ持ち替えたり、逆に行きつくところまで車任せに回させてから最後に押さえるってことも出来るけど、今のあやかんの握り方じゃ、立て直しも出来ないまま手が回っちゃうでしょ。

 今のはこのレベルで済んだけど、もし、下手な事になってたら、あやかんの手首、折れちゃうからね。


 「ええっ!?」


 兄貴が昔、そーいんぐ? とか言って、ハンドルをクロスアームでなく、細かに送っていくテクニックを身につけようとした事があってさ、その時に持ち替えしないようにしながら運転してたんだよね。

 そしたらある日、大きめの石を踏んじゃってハンドルがガクって切れちゃった時に、手首の筋を痛めた事があったんだよ。


 「綾香、マイちゃんのお兄さんは、プロのレーサーだったんだよ。その人でも、そんなになっちゃうんだからさ!」


 燈梨ぃ、ウチの兄貴は、一応、そんな時期もあったけど、2年でクビになって、その後、どこのチームでも拾ってくれなかったダメレーサーなんだよぉ、そこら辺のスピード狂どもと何も変わらないんだよぉ。


 燈梨の言葉が効いたのか、あやかんは、シュンとした後で、急にキッとした表情になって、またスタート地点へと向かって行ったよ。

 なので、そこでレクチャーしてみたよ。


 ハンドルの握り方に関してはね、軽く握るんだよ。

 なんて表現した方が良いんだろ? 卵を握ってるようなって表現が一般的なんだろうけど、卵なんて握らないもんね。


 あやかん、料理はするんだっけ? 今はするんだね。

 レタスを扱うような感じの手の力の入り方をイメージするんだよ。

 レタスは、キャベツと違って、強く握ったり、押し付けたりすると潰れちゃうじゃん、だから、それなりにふんわり持つけど、ふんわりしすぎると落っこっちゃうでしょ、そういう感じだよ。


 「マイちゃん、それだね、それなら分かりやすいよ、ねぇ、綾香?」

 「うん」


 そうそう、そのくらいの力の入れ方だよ。

 軽く、だけど最後の所では手を放さない程度に力を入れてね。


 よし、それで走ってみる練習をしよう。

 あやかんに外周を2~3周してもらって、慣れて貰ったけど、あやかん的にも分かってきたんじゃね?

 その力加減の方が操作しやすいって事にさ。だから、途中からは、意識しなくてもその力加減でハンドルを動かすようになってきたんだ。


 その状況で、いざ、いってみよう!

 うんうん、そうだよ、そこで回り込んでからは、車の声を聴きながらハンドルを操作していって……それと視線は行きたい方向にね……よし。


 あやかん、これで上半身の動きはマスターできたと思うよ。

 ラストのレッスンは、遂に下半身の動きだね。

 さっき言った通り、ペダルって、それぞれ車のどこかと直結して、情報を伝達してる器官になるから、ここから上がってくる車の情報をきっちりと読み取ってあげて、その上で適切な指示を出してあげれば、車もしっかりと意思の通りに動いてくれるんだよ。


 それを踏まえた上で、あやかんも、今までの練習で少しは分かってると思うんだけどさ、その受け取った情報量がどのくらい理解できていて、自分でどう動いて欲しいかをきちんと伝えられれば、自分の思った通りの所で、車を止めることも出来るはずだよ。


 ちなみに、あやかんは、どの程度まで理解できた?


 「ちんぷんかんぷんだよ……」


 素直でよろしい。

 そんなもんだと思うよ、いきなり言われて『6割は意思疎通できてます』なんて言われても、それ、自惚れか噓のどっちかに決まってるもん。


 でもさ、さっき、スカイラインで練習していく中で、最終的にはお尻が流れ出しても、コントロールできるようになったじゃん。

 

 「うん」

 

 あの時だって、アクセルのコントロールしたけど、それってどうやってアクセルの開度決めてたの?

 まさか、あやかんの足首には0.1度単位で角度がメモリーできる特殊能力が備わってる訳じゃないでしょ?


 「それは、アクセルに返ってくる、振動みたいので、これ以上踏むと暴れ出すタイヤの動きみたいなのが伝わってくるから、それの手前の動きを感じたら、戻してた」 


 それだよ! あやかん。

 それがさっきから言ってる『車からの情報を読み取る』って事なんだよ。


 「でも、正確な目安なんかないよ。私の勘だよ」


 それで良いんだよ。言い方はアレだけど、それが車を操る能力の差になってくるんだよ。

 あやかんは、あやかんなりの勘で限界点を決めて、そこまでに収まるようにコントロールをするんだ。


 ブレーキでも、クラッチでも、ただ踏んだだけでも、用は満たすよ。ただ、そういう人の運転する車って、乗ってて凄く不快じゃない? ガッツン、ガッツーンって感じで、ブレーキだって凄くカックンブレーキになるし、クラッチも半クラ無しで繋ぐから、凄くガクガクするし……。


 「確かに……」


 そこまで分かってるなら、そのタイミングを自分なりに掴む運転をすれば良いんだよ。

 今のハンドル操作もそうなんだけど、あやかんの今回の動きは総じて『硬い』んだよ、だから、必要な情報を聞き逃しちゃってるんだよ。


 「なるほど……」


 分かったらやってみるけど、今度はペダル操作も柔らかくね。

 ブレーキは特に優しくね、クラッチも、もう少しそぉーっと、アクセルも少しずつ踏んでいった方が、情報が得られやすいよ。

 力加減は、やっぱり卵に例えられるけど、卵なんて踏んだ事無いから、実感しづらいと思うんだよね。

 クラッチは、それで良いと思うんだよ。足首に生卵を置いていて、ガツンと動かすと、落っこっちゃう……そんな感じで。


 「うん……」


 それから、アクセルやブレーキは、そうだな……燈梨のおっぱ……いや、腕や足が下にあると思いながら、優しく慎重に操作するんだよ。

 乱暴に操作すると、燈梨が痛がっちゃうぞ~。


 「舞華っちさ、さっき燈梨のおっぱいって、言おうとしなかったか?」


 そんな事言ってないよ、ねぇ、燈梨?

 なんで、そんな真っ赤な顔してるの?

 

 そのアドバイスで、あやかんは分かったみたいで、アクセルやブレーキも上手くコントロールすることが出来るようになってきた。

 そうすると、狙った地点でのスピンをコントロールすることも出来るようになって、これであやかんの冬道の免許皆伝が出来たってわけだ。


 それを、後ろの席で見ていた燈梨が


 「これを、来週からみんなに教えていかなければならないの~? マジ大変だよ~!」


 と、後席で大の字に転がりながら言った。

 でも、ウチの部の娘らは、ほとんどバイクの経験があるから、感覚でイケると思うんだよねえ……。

 問題は、そう言ってる燈梨の特訓だよ。


 「え?」


 今日は、あやかんがカリキュラムを終了したから、明日は燈梨にマスターして貰わないとなぁ……。


 「私は、大丈夫だよ」


 そんな訳ないでしょ。

 燈梨は確かに車の運転歴は、あやかんよりあるけど、冬道は初めてじゃん!


 「よし、じゃぁ、明日は燈梨で決定だな~!」

 「私はいいよ~!」


 この感じで、週内は冬道特訓に明け暮れた。

 そのおかげか、その後数年間、自動車部から冬道での事故を出すことなく、過ごすことができた。


──────────────────────────────────────

 ■あとがき■

 お読み頂きありがとうございます。


 『続きが気になるっ!』『冬道の走り方のコツが、なんとなくだけど分かったかも?』など、少しでも『!』と思いましたら

 【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。

 よろしくお願いします。


 

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