第286話 実践とインフォメーション
じゃぁ、あやかん、最初は同じようにスライドさせながら覚えていくんだけど、覚えていて欲しいのは『アクセルは車を安定させるために踏む、そして、ブレーキから足を離すことも重要』って事ね。
「ええっ!? ブレーキから足離したら、止まれないじゃん!」
あやかん、確実に止めるためには、ブレーキから足を離すことも必要なんだよ。
さっきの逆ハンドルの件もそうなんだけど、必要だと思ってやってる事が、実は逆効果になってる事もあるんだよ。
確かに、ブレーキは車を止めるのに重要な装置なんだけど、踏みすぎるとタイヤをロックさせて、制動距離を長くしちゃうだけの諸刃の剣なんだよね。
ちなみにさっき燈梨と私が特訓してたのも、そういう事なんだよ。
あやかんもやったはずだよ。
「あぁ、あの要領でやれば良いのか……」
そう、でもね、真っ直ぐの所でブレーキの練習だけやったさっきと、走らせて滑ったのを立て直すっていう、瞬時にいくつもの事を同時にやっていく今の状況では、頭で分かっていても体が動くのかっていう問題だよ。
「ううっ……」
まずは、実戦でやってみるしかないけどね。
さぁ、あやかん、もう1度行くんだよ。
「あのさ、もう1回だけ舞華っちがやってくれない?」
え? 私がやっても、あやかんのためにならないよ。
替え玉受験しても、本人のためにならないからね。やっぱり、実力で試験には臨まないと……って、違うって? 私の動きを見て学びたいんだって?
しょうがないなぁ……じゃぁ、いくよ。
私はさっきまでと同様、スターレットで氷上に乗り出すと、アクセルコントロールで、車を振り出した。
あやかんね、既にこの滑らすことを意図的にできてる段階で、アクセルコントロールの第一段階は合格してるんだよ。
「えっ!?」
だから、これをブレーキに応用させていけば良いんだよ。
あやかんは、アクセルコントロールに関しては、ほぼ完成に近い所にいるんだよ。普通の人は、アクセルコントロールで、凍結路を自在にスライド走行なんてできないからね。
更に、あやかんは難しいと言われているFRの挙動の安定をアクセルコントロールで自在にできるじゃん。
「確かに……」
だから、それをブレーキに応用させればいいんだよ。
優しく踏んで、ペダルに伝わる車からのインフォメーションを、確実に踏力に還元して伝えてあげれば、どんな暴れ馬でも従順なウサギになってくれるってわけ、そう、ウサギ、ラビットだよ。
あれ? なんで燈梨が照れてるの? え? 気のせいだって?
ホラ、こうしてる間にもしっかりスピンして止めたでしょ。
さぁ、それを踏まえて盗んだ私の動きで止めてみようね。
「マイちゃん、綾香は、話に夢中になってて、きっと動き見てないと思うよ」
しまった! 僕とした事が、ついうっかり説明に夢中になってしまいました。
え? 僕って誰かって? ちょっとイメージしたキャラクターがいたんだけど、分かって貰えないんじゃぁ、仕方がないなぁ……。
あ~、お恥ずかしったらありゃしない!
まぁ、取り敢えず、今度は黙ってやるから見ててね。
まずは、いつものように2速で走っていって、同じあたりでアクセルを踏んで巻き込ませる。
いつも同じポイントでやらないのがミソなんだ。なんで?って、いつも同じポイントでやったら、そこだけ氷が解けて、変な癖がついちゃうでしょ。
車が回り出したら、ここを頂点にしたいなって思うポイントで、ロックする寸前までブレーキをガツンと踏み込むんだ。
すると、そこを頂点に車が内巻き込みをしようとするでしょ、そこをすかさずスピンで無くてコントロールに持ち込むんだ。
車が回り始めたら、ブレーキを抜いてアクセルを微妙に開けてやる。そうすると、ハンドル操作が回復してくるから、自分が止めたい位置に鼻先が来るように、アクセルで調整する。
ここでLSDがついてると、アクセルを踏むとグリップが回復して内側に安定して巻き込むんだけど、このスターレットは無しだから、内巻き込みの時は、アクセルオフから、ほんの少しだけ開けてやる程度で調整するんだ。
そして、外に逃がしたい時は、半分くらいまでアクセルを開けてやって調整するんだよ。
ホラ、綺麗に向けたいところで止まったでしょ。
コツはペダルで車をコントロールして、ハンドルはきっかけづくりと、いざという時の立て直しにのみ使って、アシストに回る事なんだよね。
だから、今の私の動きでも、スライドしてからは、きっとほとんどハンドルを動かしてないと思うんだよね。まぁ、今のだって体が覚えた通りにやっちゃってるから、覚えてないんだけどさ、きっとそうだよ。
さぁ、ここまで心の声だけで喋って一切黙ってたからね。
これであやかんも存分に私の動きを盗めたでしょ。早速やってみよっかぁ。
「うん……」
なんか表情が硬いけど、大丈夫だよ。今日は練習なんだから、ミスったって死にはしないから、本番までに体に覚え込ませちゃえば、きっと上手くできるよ、痛くしないからさ。
「マイちゃん、なんかその表現、えっちだよ」
ええっ!? そうだった? 燈梨にまでそんな目で見られちゃうと、私は立ち直れないかな。
よしよし、あやかんの表情も普段通りになったみたいだし、これでサクッと再開できるね。
よし、行ってみよー。
うんうん、滑らせるところまではいつも通り上手くいくんだ。
最初は特に手出し口出ししないで、あやかんのやりたいようにやらせてあげて、あやかんのスタイルを見極めたうえでアドバイスしようよ。
そこからの動きは、まだペダル操作っていうファクターを追加したばかりだから、そっちに意識が集中しちゃって、動きがぎこちないのは仕方ないところだよね。
一連の流れはそつなくこなせてるし、大きく破綻しているところは無いから、まずはこれを繰り返していって、慣れたところで癖を掴んでみよう。
取り敢えず3~4回やってみて、あやかんの動きにも慣れが出てきたよね。
それじゃぁ、慣れたところで、本格的な指導といこうか。
あやかん、基本の動きは出来上がってきたよ。
さっきまでと違って、凄く良くはなってきてるよ。
ただ、まだアクセル操作がちょっと雑、それと、ハンドルは掴むんじゃなくて添える感じで補助操作に徹する。
この2点を身につけて欲しいかな。
「アクセルが雑って?」
ブレーキやクラッチもそうなんだけど、車のペダルって、ちょっとゴリゴリした踏みしろがあるでしょ、あの部分が、アクセルならエンジンの動きと繋がってるタイヤの状態、ブレーキなら路面に触れてるタイヤからの感触、クラッチならミッション内部の状態をダイレクトに伝えてるんだよ。
つまりは、ドライバーに車の動きをダイレクトに伝えてる部位って、ハンドルと、あのペダルのゴリゴリした踏みしろって事になるんだよね。
その貴重なインフォメーションの手段を、ぞんざいに扱って、ポンポンって乱暴に踏み離ししてるなんて、正直勿体なくない?
それで車をコントロールした、なんて言ってても説得力無いよね、さっきも言ったように、それで上手くいったとしても結果論や時の運っていう言葉で片付けるべき話であって、あやかんがコントロールできたとは言えないよね。
「ううっ……」
あやかんが俯いちゃったよ。
でもね、これはあやかんの命にもかかわる事だし、せっかくここまでやった以上は完璧にマスターして貰った方が、良いと思うんだよ。
今の状態でも、恐らく危険回避としては、そこそこしっかりできると思うよ。少なくとも涼香みたいになる事だけは絶対ないだろうし、最悪の状態でも、スピンさせて、ガードレールにぶつけて止める事は出来ると思うんだ。
でも、せっかくここで私らと一緒に特訓したんだったら、ガードレールにぶつからなくても止まれるようにして帰って欲しいんだよね。
私が言うと、あやかんは
「だったら、どうすれば良いの?」
と訊いてきた。
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■あとがき■
お読み頂きありがとうございます。
『続きが気になるっ!』『ペダルの使い方について、少しわかって来たかも?』など、少しでも『!』と思いましたら
【♡・☆評価、ブックマーク】頂けますと、大変嬉しく思います。
よろしくお願いします。
次回は
冬道編、最終話です。
遂に綾香は最後の壁を超える……と思います。
お楽しみに。
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